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腹ごなしの時間

 
”ぴちょん……ぴちょん……”

しんと静まり返った洞窟のような道に、
どこか遠くから水滴の落ちる音が空気を伝って響いてきている。

町の住人たちも滅多に降りてこない地下水道、
その薄暗い道を先ほどのヘルガーとバンギラスは歩いていた。

ヘル「ふぅ、やはり水場は好きにはなれないな…。」

ヘルガーはちょろちょろと流れる水を眺めながら、
鬱陶しそうに呟く。
ほのおタイプである彼にとって、
周囲が水に囲まれたこの場所は正直苦手な場所のひとつである。

ヘル「…お前はどうなんだ?」
  「たしかいわタイプも水がにがて…。」

”げっふぅぅ……!!”

バン「ん、なんか言ったか?」
ヘル「………いや、なんでもない…。」

振り向いたヘルガーの目に、
気持ち良さそうに大きくゲップをしているバンギラスの姿が映る。
丸々と膨れた大きなお腹をポンポンと叩いたり、
幸せそうに腹を撫でたりしながらのしのしと彼の後をついて歩いてきていた。

誰が想像できるだろうか、
この腹の中に『二匹』の別のポケモンが飲み込まれているということを…。

ヘル「まったく、」
  「あの小娘を逃がすなんてどういうつもりなんだ…。」

ヘルガーは不機嫌さを隠そうともせず、
バンギラスの方に話しかけた。

さきほど地下に降りてくる前に起こった戦い…、
三匹来たうちの二匹はこいつの『食事』になってもらったが、
一匹リーダー格のポケモンをこいつは逃がしてしまったのである。

いや、それだと少し違うかもしれない…。
逃げたというより逃がしたという方が正しいのだから…。

ヘル「あそこまで痛めつけていたんだ、」
  「お前ならさっさと食うことぐらいできたんじゃないのか。」
バン「ん…、まあいいだろ…♪」
ヘル「よくないから言っているんだ…。」

彼はそういいながら視線を先の方へ向ける。
見ると少し進んだ地下水道の壁の所に、
まるで店の裏口のような扉がこじんまりと取り付けられていた。
あそこが彼らのアジトの入口である。
 
ヘルガーは扉に向かって歩きながら、
先ほどの出来事を頭の中で整理していた…。




先ほどの探険隊の三匹との戦い、
ヘルガーは少し離れた位置から様子をうかがっていた。

どうみても圧倒的にバンギラスの方が優勢で、
あっという間に一匹、また一匹と、
ポケモン達が彼の喉をずるりと音を立てて飲み込まれていった。
彼はすぐに終わる勝負だと特に身構えもせず静かに眺める。
だが最後の一匹にバンギラスが近づき何かをぼそぼそと話していたと思うと、
そいつは脱兎のごとくその場から逃げ出してしまったのである。

慌てて彼は追いかけようとしたのだが、
走りだす彼をバンギラスがやんわりと止めたのであった。

ヘル「おい、あいつを早く追わないと…!」
バン「別にその必要はねえよ。」
ヘル「な、だからって。」
バン「いいからいいから、」
  「それよりさっさと帰ろうぜ…♪」

そういってこいつはニヤニヤと笑いながら、
さっさとマンホールを降りて行ってしまったのである…。

すでに走り去ってしまったそのポケモンを追いかけることもできず、
彼はただ呆然と立ち尽くすだけであった…。



そういったいきさつがあってか、
ヘルガーは先ほどから不機嫌そうにバンギラスと歩いていたのだが、
アジトの扉の前で立ち止まり彼の方に向き直る。

ヘル「ちゃんと答えろ、」
  「どうしてあそこであいつを逃がしたんだ。」
 
ぎろっと緑の巨体を睨みつけながらヘルガーは威嚇するような声で言う。
見る者によっては冷や汗すら凍りそうな冷たい眼差しを浮かべているが、
そんな彼の様子を見てもバンギラスはめんどくさそうにぽりぽりと頭をかく。

バン「…あ、別にいいだろ。」
  「アジトの入口見られたとかじゃねえんだし。」
ヘル「あたりまえだ…、」
  「それだったら逃がしているわけ無いだろう…。」
 
ふぅっと小さく息を吐きながらヘルガーは首を振る。
もしもアジトの入口を見られていたとのだったら、
たとえこいつが止めようと、
彼はあのポケモンを決して逃がしはしなかっただろう。

ヘル「俺が言いたいのは、」
  「なぜわざわざ倒せる相手を逃がしたのかってことだ…!」

彼が(一応)心配しているのは、
逃がした敵によるの復讐であった。

こういう仕事をしているからこそ、
復讐に燃える相手がどれほど手強く、
そしてどれほど戦いづらいか彼は身にしみて理解していた…。
たとえ再び襲いかかってきた相手を打ちのめしたとしても、
そこには空しさしか残らない…。
彼は痛いほどそんな場面に巡り合ってきている…。

ヘル「あんな中途半端に仲間を奪って逃がすとはな…、」
  「後で闇討ちされても知らんぞ。」
バン「あいつらがきてることに気がつかなかったお前に言えたことかよ…?」
ヘル「むぐっ…!」

おどかすように声を低くして話すが、
バンギラスのしれっとした一言に思わず口をつぐむ。
悔しいが接近に気が付けなかったのは彼の失態である…。

ヘル「…それは、まあ俺が悪かったが……。」
バン「へっ、まあいいじゃん。」
  「あいつを逃がしたのは、その方がおもしろそうだったからだよ。」
ヘル「……おもしろそう?」
バン「おう、おもしろそう♪」

バンギラスの言葉にヘルガーは首をかしげる。
だが目の前にいる緑色のポケモンは、
ただニヤニヤと悪だくみをするような笑顔を浮かべているだけであった…。

バン「まあ心配すんなよ、」
  「もしまた来たら、その時は頭からぺろりと食ってやるからよ♪」
ヘル「どこから来るんだその妙な自信は……。」

へへんとにやけているバンギラスの表情を見て、
ヘルガーも少し呆れたように笑みを見せた。

まあとりたてて彼が心配するほどのことでもないだろう。
こいつがやられるところが想像できないし、
彼のように思い悩む様な性格のやつでも無いだろう……。

「ケケッ、仲良さそうに話しているねお二人さん!」

突然壁の中から聞こえてきた声に、
二匹の体がぴくっと反応する。
だが聞き覚えのあるその声に、
バンギラスははぁっとため息に似た息を吐いた…。

バン「立ち聞きか?」
  「趣味悪りぃなぁお前…。」

  「ケケッ、安心しろよ。」
  「話の内容まではきいてないからよ。」

ヘル「まあいいだろう、」
  「ゲンガー、……今戻った。」
 
二匹が扉のある壁の方を見つめると、
そこからぬぅっと紫色の影のようなものがニタニタと笑いながら出てくる。
丸呑み団の門番であるゲンガーというポケモンだった。

滅多に人の来ない場所ではあるものの、
たまに逃げ込んだ盗賊なんかがアジトに近づいてくることがある。
そんなやつらを捕え『食料』としてアジトに運ぶのが、
門番であるゲンガーの役目だった。

もっともその性格の悪さから、
かなりの数の団員たちに嫌われているのだが…。

ヘル「さて、早速で悪いが扉を開けてくれ。」
ゲン「ああいいぜ…、」
  「だがバンギラスの旦那はちょっと待ってもらおうか。」
バン「…ん?」

バンギラスが何食わぬ顔で入ろうとするのを、
ゲンガーは腕で遮って止める。
そして彼はちょいちょいとバンギラスの持っている布袋を指さした。

ゲン「バンの旦那、」
  「その大事そうに背負ってる荷物はなんだよ…?」
バン「………。」
ゲン「もしもそいつが仕事ついでに獲ってきた『食料』だったら、」
  「ここで俺様に預けてもらないと…。」
  「これも規則なんでなぁ…ケケケッ♪」

ゲンガーがニタニタと笑うが、
バンギラスの表情がみるみる不機嫌そうになっていく。

その様子を見てヘルガーは小さく舌打ちをする。
まあ彼はあの布袋の中身を知っているため、
こうなることくらいはある程度予想はしていた。

ゲン「ケケッほれどうしたよ、」
  「預けるならさっさとしな♪」

ゲンガーはニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべ、
舌なめずりをしながら手を出して荷物を要求している。
食料庫に放り込む前に味見でもする気なのだろうか…。

だがバンギラスの方はそんな彼の手を払うように、
自分の手の甲をしっしと振っている。

バン「悪りぃな、こいつはオレの物なんだ、」
  「お前に預ける気はねえよ。」
ゲン「ほぉ…、なら中身を一度見せてくれよ。」
  「荷物チェックの規則もしってるだろ……?」

ゲンガーは痛いところを突いてやったというような顔でケケッと笑い、
その様子にヘルガーはほぉっと目を細めた。

バンギラスがいくら渡すのを拒んだとしても、
荷物チェックという規則がある以上渡すしかないだろう…。
ゲンガーのずる賢さにヘルガーは内心呆れながらも感心していた。

ヘル(まあ仕方がないか…、)
  (こいつには悪いが袋の中のアレはあきらめた方が…。)

ヘルガーの方はぽつりぽつりとそんなことを考え始めていた。

だが二匹はまだ分かってはいなかった、
目の前にいるのがどういう性格の奴なのかを…。

バン「……はぁ、さっきの聞いてなかったのか…?」
ゲン「…ケッ?」

ふいにバンギラスが口を開き、
二匹は何気なくバンギラスの方を見る…。

その瞬間、
二匹の背筋にぞぞぞっと気味の悪い感触が走った。

バン「もう一度言うぜ、こいつはオレの『物』だ…。」
  「てめえに見せる気も渡す気もねえよ…。」

いつもの彼には似合わず静かに話しかけているが、
声にこもる気迫は普段の彼のものとは比較にならない。

まるで喉元に爪でも突きつけられているような錯覚をヘルガーは覚える…。

バン「それともオレから奪ってみるか…?」
  「いいぜやってみろよ…!」
ヘル(こいつ…本気か…!)

にぃぃっと楽しそうにバンギラスは笑っている、
それを見た二匹はヤバイと本能で感じ取っていた。

このバンギラスがその笑顔を浮かべるときは、
大抵戦いに飢えているときなのである……。
野放しにするには、
あまりに危険すぎる状態だった。

バン「そういえば幽霊は食ったことなかったなぁ…、」
  「ゴーストタイプってどんな味がするんだ…。」

ゴキゴキと腕を鳴らし、
バンギラスが今にも飛びかからんばかりにゲンガーを壁に追い詰めていく。
ぺろっと爪の先端をなぞるように舐める悪鬼のようなその姿は、
決して正面から見たくは無い光景である…。

ゲン「わ…分かったよ!!」
  「いい…行っていいから!!!」

空気さえ締め付けるような圧迫感に耐えかねて、
さすがにゲンガーの方が折れた。

その言葉を聞くと、
今まで張り詰めていた殺気が嘘のように霧散し、
にやっとバンギラスが笑みを見せる。

バン「そうそう、」
  「そうやって素直に通せばいいんだよ♪」

そういうとバンギラスはずいっと冷汗を拭いているゲンガーを押しのけ、
扉の取っ手に手をかける。
そしてくいっと首だけをヘルガーの方に向けて口を開いた。

バン「んじゃ、オレ先に戻ってるわ!」
  「報告とか後よろしく♪」
ヘル「………はっ?」
  「お、おい!?」
バン「んじゃな~♪」

そういって扉の向こうに消えていく背中を見ながら、
ヘルガーはしてやられたというように額に前足をあてる…。

どうやらこの後の面倒くさい報告は、
全て彼一匹に押し付けられてしまったようだった…。

ヘル「あのやろう…。」

そういって彼は悔しそうに顔を歪める。

だがどこまでも普段通りのバンギラスの様子に、
どこか安心した表情を微かに見せていたことにここにいるだれも気がつかなかった…。

普段がああいった性格だったから見逃されているのだ…、
心を消された『捕食兵器』など少ないほうがいいのだから……。
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食事の時間

 
ニューラはびくっと震えながらも爪を突き出し構えるが、
隣にいたポチエナは完全に戦意を折られたらしく、
腰を地面につけガタガタと震えている。

ニュ「お…おい、しっかりしな!」
エナ「だ…だってあいつ……!」
  「仲間を…た……食べ……。」

その怯えきった姿にニューラも思わず恐怖に呑まれそうになるが、
バンギラスの腹の膨らみを見て覚悟を決めたように相手を睨む。
 
ニュ「くっ…、今食った奴を吐きだしなぁっ!」

心が折り切られる前に食われた仲間を助け出そうと、
意気を込めてニューラはバンギラスに飛びかかった。

彼女の爪が紫色の鋭い光に包まれる、
【シャドークロー】と呼ばれる技が彼女の爪を包み強化したのである。
もともとのタイプこそニューラのあくタイプとは違ったが、
技の発動や使いやすさから彼女はこの技を好んで使っていた。

とはいえこの程度の技では一撃でこの怪物を仕留めるのは難しいだろう…。
だがせめて腹に力強い一撃だけでも叩き込めれば、
倒すのは無理でも吐き出させることぐらいならば…と考えたのである。
相手の巨体から考えても、
素早い一撃を与えるだけなら彼女の方に分があるはずだった。

たんったんっと飛ぶように軽く地面を蹴り、
彼女の体が弾丸のように早さでバンギラスに近づく。

ニュ「喰らいな!!」

路地に響くような怒声をあげながら、
彼女の渾身の攻撃が青色の腹に見事に命中する。

一瞬爪の切っ先に手応えのようなものを感じた……が。

”ガギィンッ!!”

バン「よっと、あぶねえな。」
ニュ「…えっ?」

彼女の一撃はたしかにバンギラスの腹に命中した。

しかし彼女の深々と突き刺さるはずだった爪は、
まるで鋼鉄にでも突き刺したかのように腹に刺した瞬間に鈍い音を立て、
【シャドークロー】のオーラが簡単にへし折られて砕け散った…。
信じられないといった様子でニューラの目が丸くなる。

ニュ「な、馬鹿な…!?」

いくらバンギラスという種族が防御力の高い種族とはいえ、
こんな異質な硬度を持っているはずがない…。
じゃあこれは…?

バン「【まもる】ぐらい知っとくといいぜ嬢ちゃん!」
ニュ「ひ……ギャゥッ…!?」

にぃっと笑ったバンギラスの顔が見えたと思った瞬間に、
彼女の体は太い腕に殴りつけられその勢いのまま壁に激突する。

躊躇ないその一撃に壁に方が衝突の勢いのままいびつにへこみ、
みしっと体中が嫌な音を立て、ずるずると彼女は地面に倒れ込んだ。
倒れた彼女の上にパラパラと砂埃が落ちてきた…。

ニュ「ゲホッ…ゴホッ……!」

ニューラは苦しそうに呻いている、
線の細い彼女にとって今の力任せの一撃は致命傷に近かった…。

勝てる気がしない…。

これでもシルバーランクを誇る強さを持った彼女達だったが、
まったくもって手も足も出ない…。
直に攻撃を受けたからこそわかる、
バンギラスと自分達とのレベルの差…。
圧倒的なまでの力の差だった…。

絶望の淵に沈むニューラのもとへ、
バンギラスがゆっくりとした足取りで近づいていく。
これで最後かっと、
ニューラはぎゅっと目をつむった…。

エナ「…っあああ!」
  「姉御から離れろぉ!!」
 
ニューラに近づくバンギラスを見ると、
やけくそのような声を上げ、
残っていたポチエナがバンギラスの後ろから飛びかかる。

だが恐怖に呑まれ怯えきった彼に攻撃が、
ほぼ全力で向かった前の二匹よりも力を出せるわけがなかった…。

”ガシィッ!”
 
エナ「うあぁっ!?」
バン「なんだそっちから来たのかよ、」
  「わざわざ採りに行く手間が省けて助かったぜ…♪」

飛びかかったポチエナの頭を、
バンギラスは片手で受け止めてしまう。
必死にポチエナは体をよじるが、
彼の小さな体はバンギラスの大きな手にがっしりと掴まれて離れない。

エナ「ひ…ひぃぃっ…。」
バン「そう怯えんなよ、」
  「痛みのねえように食ってやるからよ♪」

ガタガタというポチエナの震えが手を通して直に伝わってくるが、
そんなことに哀れみを持った様子は微塵もない。

バンギラスの目は完全に獲物を捕えた捕食者の目だった。

”ハグゥッ!”

エナ「ひ、ひゃああああ…あうあっ…!!」

バンギラスはグイッとポチエナの体を持ち上げると、
そのまま彼の足に喰らいつく。

ぬちゃあっとした唾液にまみれた舌が彼の足に絡みつき、
にゅるにゅるとした口の中に徐々に沈められていった。
 
エナ「うわぁ…うわぁぁ……!」

ぐにーっと伸ばされたバンギラスの舌が彼の体を丁寧に舐めあげ、
ぬるぬるとした唾液が彼の体毛を徐々に湿らせる。
舌が足からお腹へと上って行くたびに彼の体が喉の奥に引き込まれ、
爪先がまるで宙ぶらりんになったかのようにぷらぷらと喉の奥で揺れている。
彼の体はほとんどバンギラスの顎で支えられているような状態になっていた…。

エナ「ひあ………あうう………!」
ニュ「や……やめ…ろ…。」

ニューラは歯を食いしばって立ち上がろうとするが、
全身に激痛が走り目の前がチカチカと明滅した。
一撃とはいえかなりのダメージを負ったのだ、
彼女にはもう戦える力はほとんど残っていなかった…。

ニューラが動かない手足を悔しそうに睨みつけるが、
そうしている間にも仲間の姿がゆっくりと口内に呑まれていく…。

ニュ「お願い……やめ……!」
エナ「あ…姉御……た…たすけっ……!」
 
それがポチエナの最後の言葉だった。

恐怖に染まり切った瞳をし、
ぼろぼろと涙をこぼしながら助けを求めるように彼女に伸ばしていたその手が、
バグンッという音とともに緑の口に遮断され見えなくなる。

そして……。

”グギュッ……ゴキュンッ!!”

という喉を鳴らす音とともに、
さっきと同じ光景が今度はニューラの目の前で起きた。
僅かな間だけ膨れあがった喉が彼女の鼻先をこすり、
腹のふくらみと同化し見えなくなっていく。

ニュ「あ……ああ……。」

ニューラの口がわなわなと震える、
彼女も知らないうちにぽろぽろと涙をこぼしていた。
それが恐怖によるものか、
それとも悲しみによるものなのかは彼女にさえ分からなかった…。

バン「っぷぅ、」
  「ん~、やっぱ味はさっきのやつとあんまし変わんねえか。」

ぺろぺろと指を舐めとりながら、
バンギラスは退屈そうに味の感想を呟いている。
最初からたいして期待はしていなかったのか、
まるでいたから食ってやったとでも言わんばかりの言い草だった。

ニューラはただその腹を見つめて呆然と座り込んでいる。
戦意を砕かれ恐怖に染まり切った彼女の姿は、
最初の挑発していた勝気そうな姿がまったく感じられないほど弱り切り、
まるで魂の抜けた人形のように虚ろな目をして座り込んでいた。

バン「おっと、まだてめえが残ってたんだったな…。」

バンギラスはニューラのそばに近寄ると、
彼女の顎を軽くつまみくいっと持ち上げる。

バン「てめえの仲間二匹分の礼だ、」
  「最後くらい選ばしてやるよ…。」
ニュ「………。」

バンギラスは静かな口調でニューラに話しかける。
脅す口調でもなければ諭すような口調でもない、
ただただ静かな口調で語りかけていた。

バン「オレに食われるのと他の奴に食われるの…どっちがいい?」

にぃっと笑みを浮かべながら言うその姿は、
どこか楽しんでいるようにさえ見えた…。



彼らから離れたところでヘルガーがごくりと唾を飲み込んでいた。
彼のいる位置からではバンギラスが何を言っているかまでは分からない。
だがその横顔が浮かべた邪悪な笑顔は、
見るものを戦慄させるのに十分な威力を秘めていた…。
 
ヘル「悪魔か…あいつは…。」
 
ふぅっとため息をつきながらヘルガーは呟く、
それほど彼にとってその光景は見慣れたものであったのだった…。

しばらくしてニューラの虚ろな瞳がゆっくりと持ち上がりバンギラスを見つめる。
そして彼にしか聞こえないほどの掠れた声で、静かに彼女の答えが囁かれた…。
 
「あたしは…生きたい…。」
狩りの時間

 
にぎやがで騒がしかった大通りとはうって変わり、
通行人もおらずひっそりと静まり返った裏通りは、
まるでここだけ町から切り離された別の空間のようだった。

お互い黙ったまま裏通りを歩いていたヘルガーとバンギラスだったが、
やがてどこかの建物の隙間にあるような路地までやってきた。
特に隠れ家的な店があるわけでもなく、
道の隅にはガラクタが積まれており、
見ただけで滅多に人の手が入らないことが分かるような場所だった。

ヘル「やっと着いたか…。」

ヘルガーは軽く首のまわりをこきこきと鳴らし、
疲れた様に軽く伸びをすると路地の奥へと歩いていく。

よく見ると路地の奥の真ん中にぽつんとマンホールがひとつ、
しかもわざわざ取っ手の付いたその蓋が設置されていた。
大きさもよく町中で見る様な物よりもひとまわりサイズが大きく、
巨体のバンギラスでも無理すれば入っていけそうな大きさだった。

何を隠そう、
このマンホールこそが彼らの目的地なのである。




『丸呑み団』
彼らが所属するチーム……というか組織である。

具体的には暴れまわる野生ポケモンや盗賊・おたずねものなんかを無償で討伐し、
その代わりに倒した相手をアジトへと持ち帰り、
そのまま肉食ポケモン達の『食料』となってもらう…。
いわば捕食者集団のあつまりのような組織である。

聞こえは悪いが表では同じ同族のポケモン達を喰らうということで蔑まれる肉食の者たちを、
組織の団員という形で受け入れることで彼らに居場所を与えているため、
一概には悪の組織とはいい難い集団ではある。
…というより表だって公表できるような組織でもないので、
旅人達はもちろん町の住民達だってそんな組織があるなんてそうそう知らないだろうし、
まして自分達の住む町の地下にそんなやつらのアジトがあるなんて夢にも思っていないだろう。

それに決して善意だけで動いているわけでもない…。

現に今回のヘルガーの任務はその組織から脱走したあるポケモンの捕獲であった。
おまけに捕獲とはいわれているが彼に仕事が回ってくる時点でほぼ生け捕りではない…。
彼への捕獲任務の場合、
それは対象を『餌』にするか『食料』として持ち帰るかのどちらかなのだから…。



とはいえ今回は彼にしては珍しく相手を採り逃してしまったのだが…。

ヘル「だがまさか、本当に逃げ切られるとはな…。」

彼は少し悔しそうに口元を歪める。
身勝手な理由もしくは組織の負になるものが脱走した場合捕えるのが彼の主な仕事だが、
当然「戻れ」といって素直に戻るものはほとんどいなく、大抵は『餌』か他団員の『食料』として消えてもらう…。
非情なようだが仕方ないと彼も割り切ってはいた。

ところが普段なら町の外、早ければ地下からさえ出す前に仕留めてしまうのだが、
今回の相手は彼にしては珍しく採り逃し、
おまけにその逃亡の痕跡まで見事に消されてしまい追跡できなくなってしまったのだ…。

ヘル「さすがに、逃げたのがあいつでは一筋縄ではいかないか…。」

相手は彼と同じく『丸呑み団』の中でも上位の団員であり、
すばしっこさでは彼よりも上のようだった。
直接の戦闘なら彼の方に分があると読んでいたのだが、
完全に逃げに徹されついにはその逃亡を許してしまったのである…。

ヘル「カメールのやつ…、」
  「バトルは苦手だとか前に言ってたが…どこがだ…。」

ヘルガーは忌々しそうに逃がした相手の名前を呟いた。
彼の他にも数名の団員に手伝わせ総出で脱走者を捕えに行ったのに、
結果は惨敗である…。
さすがは上位になれるだけの実力は持っていたというところだろうか…。

ヘル「…まあいい、とりあえず一度戻って報告を……ん?」
 
すぅっとマンホールの取っ手に手をかけながら、
ふともう一人の団員が珍しく静かなことに気がついた。
くるっと後ろを向くとバンギラスがマンホールとは逆の方向を向いて立っており、
彼らのあるいてきた道の方向をじっと見つめている…。
 
ヘル「なんだ…どうかしたのか…?」
バン「ああ、ちょっとな…♪」
 
ヘルガーが声をかけるとバンギラスは振り向かずに返事を返してくる、
心なしかその声は少し楽しそうに聞こえた。
 
バン「おい、そろそろ隠れてねえで出てきたらどうだ!」
 
急にバンギラスは大きな声をあげる。
その様子に眉をひそめるヘルガーだったがバンギラスは彼にかまわず同じ方向を睨んでいる…。
 
……すると。
 
「ほぅ、どうやらバレていたみたいだねぇ…!」
 
という挑発的な女の声とともに、
一匹のニューラが路地の角から姿を現した。
しかもその後ろからバッと二匹のポチエナも飛び出してきて、
まるで彼女を守る忠臣のように左右に構える。

どうみても通りすがりなどという気配ではない…、
恐らくおたずねもの目当ての探険隊か旅人だろう。
 
ヘル「…なっ!?」
 
普段冷静なヘルガーの顔が驚愕のものに変わった。
いくら考え事をしていたとはいえこれだけ接近されるまで気が付けなかったとは…、
自分のその失態に思わず舌打ちをした。
 
ニュ「あんだだろ、この手配書に乗ってるおたずねもののバンギラスってのは!」
 
ニューラはびしっとバンギラスに向けて鋭い爪をつきつけると、
反対の手に持っていた手配書を広げこちらに見せてくる。
その手配書には明らかに隣にいるバンギラスの顔がでかでかと描かれていた。
 
ニュ「驚いたよ、まさかランク星5の大物がこんなに早く見つかるとはね!」
  「念のため追けてみた買いがあったよ。」
ポチ「おぅおぅっ!」
  「痛い目見たくなかったらおとなしく俺たちにつかまりな!」
 
目を細め勝気そうな声を出すニューラの隣で片方のポチエナが血気盛んに声を上げる、
どうやら話の流れから見てもこのバンギラスだけが狙いのようだが…。
 
ヘル(どうするかな…。)
 
彼一人さっさと逃げてもいいのだが、
いかんせん正面が三匹でふさがれている以上逃げ場は後ろのマンホールしかない。
アジトへ繋がる入口のことを外部に漏らすのはどう考えても得策ではない…。
 
それならバンギラスと協力して、
二匹でこいつらを片付けたほうが明らかに面倒が少ないだろう。

幸いここは人通りの少ない裏路地である、
ちょっとやそっとの騒ぎでは気付かれないだろうし、
『狩る』のにも適している場所である…。
 
ヘル(仕方ない、さっさと片付けて…できれば手土産にでもするか…。)
 
冷静にそんなことをつらつらと考えながら、
ヘルガーは攻撃態勢を取ろうとぐっと前足に力を込める。

…が。
 
バン「わりぃ、ちょっとこれ預かっててくれ。」
 
ボスっという鈍い音とともに、
力を込めていたヘルガーの目の前に見慣れた布袋が無造作に落とされる。
先ほどまでバンギラスが背負っていた荷物だった。
 
ヘル「…!」
バン「ここはオレに任せておきなって…♪」
 
いぶかしげな表情をしているヘルガーの頭上から、
とても楽しそうにしているバンギラスの声が響いてくる。

チラッと目線だけあげて彼の顔を見ると、
ぺろっと口元を舐め端からすくいきれなかった唾液が口元を伝って垂れている…。
どうやら任せても大丈夫の様である。
 
ヘル「……早くしろよ、」
  「さっさとアジトに戻って休みたいんだからな…。」
バン「あいよっ!」
 
それを聞くとバンギラスは嬉しそうにのしのしと前に歩み出る。
彼は三匹に囲まれる形で立つと軽く手首をぽきぽきと揉みほぐし、
そしてちょいちょいと挑発するように手首をくいくいっと曲げる。
 
バン「おらどうしたよ、わざわざ出てきてやったんだぜ!」
  「かかってくるなら早くしろよな!」
ニュ「……っ?」
 
ニューラはそんなバンギラスの様子にぴくっと耳を震わせる、
今まで彼女が感じたことの無い、
寒気に似た不気味さをこのポケモンから感じたのである…。
 
ニュ「な…なんだ、こいつ…。」
バン「おらおら、どうしたよ?」
  「オレを捕まえるんじゃなかったのかい。お譲ちゃん!」
ポチ「な…なんだと!」
 
バンギラスの小馬鹿にしたような声に、
先ほどのポチエナが声を荒げている。
どうやら血が上りやすい性格らしくふーっと牙をむいて威嚇をしていた。
 
ポチ「姉御を馬鹿にするんじゃない!!」
バン「姉御ねぇ…、」
  「とりあえずチビには用ねぇからお前は帰ってもいいんだぜ。」
ポチ「なっ…チビって…!」
 
バンギラスはポチエナの方を見ると、
まるで追い払わんばかりにしっしと手を振っている。
どう見ても挑発しているのだが、
ポチエナの方は顔を真っ赤にして怒り今にも飛びかかりそうだった。
 
バン「ほれ、オレは今歩き通しと腹ペコでちぃっと気がたってんだからさ、
  「家来ごっこでもなんでもお家で勝手にやっててくれよ、おチビちゃん♪」
ポチ「ぐぅっ、舐めるなぁぁぁ!!」
ニュ「やめな、ポチエナ!!」
 
バンギラスの言葉についにポチエナは怒ったのか、
ニューラの静止の声を振り切りバンギラスに飛びかかる。

彼はぐわっと大きく口を開けると、
勢いそのままにバンギラスの尻尾に喰らいついた!
 
”ガブッ!!”
 
ポチエナはふーっふーっと肩を上下させて荒く呼吸をし、
ぎりりっと力を込めて尻尾を噛みしめる。

だが…。
 
バン「弱えな、それで全力か…?」
ポチ「…ふぐっ!?」
 
彼の頭上からバンギラスの低い声が聞こえてくる。
見ると彼の攻撃がまるで効いているそぶりが見えず、
飽きた玩具でも見つめるかのような冷めた目つきで彼を見ている。

その目を見るとポチエナの背中にぞくっと戦慄が走った…。
 
ポチ「ふぐっ…う…っ。」
バン「いいか、【かみつく】ってのはなぁっ!!」
 
そう言いながらバンギラスは力任せにぶぅんっと尻尾を振り上げる、
あまりの遠心力にポチエナの牙が尻尾から外れ、
彼の体は中に投げ出されてしまった。
 
ポチ「ぎゃうっ…!?」
 
吹き飛ばされくるんと空中で一回転したポチエナだったが、
当然飛行タイプではない彼は宙に投げ出されたらそのまま落ちてくることになる。
受け身も満足にとれぬまま、
ひゅーんっと加速の勢いをつけてポチエナの体が地面めがけて落ちてくる。
 
それを見るなりバンギラスはぐあっと大口を開けたかと思うと……。
 
”バグゥッ!!!”
 
…っと落下するポチエナの体に頭からかぶりついた。
 
バン「こういうのを言うんだよ…。」

ポチエナにかぶりついたまま彼は不敵な声でぽつりと呟いた。
一口で彼の体の上半身が口の中に収まり、
緑の口からはみ出した足と尻尾がたらんと下がっている。
 
ポチ「へ………ひ…ひぎゃぁぁぁぁぁっぁ!!!」
 
しばらく呆けたようにしていたポチエナだったが、
何が起こったのか理解すると悲痛な叫び声をあげてバタバタと暴れる。
蠢くたびに軟らかい舌べろやたまった唾液がぐちゅぐちゅぴちゃぴちゃと音を立て、
彼のふさふさした毛並みをべっとりと汚していくのだが、
それにも構わず彼は暴れ続ける。
 
だがどんなに暴れようがもがこうが、
バンギラスの固く閉ざされた顎はびくともしていない…。
 
ポチ「うあ、うむぅぅうむぁぁあああ……!!」
 
前足で必死にぬらつく舌を押しのけ、
何とか口の中から這い出ようと踏ん張るポチエナだったが、
その努力も空しく徐々に彼の体が喉の奥へと引きずり込まれていく。
口の中で彼が動くたびに、
頬がぐにぐにと内側から押され不気味に蠢くが、
バンギラスは構わずにくちゃくちゃと彼の体を咀嚼し続けている。
 
そのあまりの衝撃的な光景に、
ニューラともう一匹のポチエナは驚愕と恐怖の混じったような表情を浮かべていた。
目の前で仲間の体がちゅるちゅるとバンギラスの口の中にすすられていき、
足首の近くまで飲み込まれ鮮明に聞こえていた悲鳴もだんだんくぐもったただの音へと変わっていく。

二匹とも急いでポチエナを助けなくてはと頭では分かっているのだが、
両者ともその光景に足がマヒしたかのように動けない…。
 
ニュ「な…な……。」
エナ「ひ…ひぃっ……!」
 
二匹がひきつったような声を上げるが、
それと同時に……。
 
”ングッ………ゴックン!”
 
…という大きな音を立てて、
バンギラスがポチエナの体を容赦なく嚥下した。
彼の喉が一瞬突き出すようにもこっと膨れ上がったかと思うと、
あっという間に静かに引っ込みその塊が腹の方へと移動し見えなくなった。
 
バン「ん~…、微妙だな…。」
  「まずくはねえんだがやっぱ小さすぎるから腹にたまんねえや。」
 
べろっと口の周りを舐めとり、
腕でごしごしと拭きながらバンギラスはじろりと残りの二匹を見る。

怯えた表情の二匹を見ながら、
バンギラスはにぃぃっと笑みを浮かべた。
 
バン「で、次はどっちが食われたいんだ…!」

二匹の時間


がやがやと騒がしい喧騒の響き渡る町の大通り。

一人でぶらぶらと歩いている者、
友人と仲良く露店を除いている者、
購入したものを嬉しそうに眺めている者。
様々なポケモン達がこの通りを行き交っていた。

この辺りの土地では数少ない大きな町であるここは、
街道の整備も整っているためか、
毎日多くの旅人や商人が出入りし、
朝早くから夜遅くまでとても活気づいている町だった。


そんな賑やかな大通りを、
人ごみに紛れながら二匹のポケモン達が歩いていた。


片方は濃い緑色をした鎧のような体つきでのしのしと地面を踏みしめるように歩き、
もう一人は黒い中型犬ぐらいの大きさですたすたと道を歩いていた。
二匹はそれぞれ『バンギラス』『ヘルガー』と呼ばれるポケモンであり、
どちらもきゃいきゃいと楽しそうに騒いでいるポケモン達の中ではひどく浮いているように見えた。

バン「……ち、邪魔だなぁ。」
ヘル「……まぁ、確かにな…。」

ひょいひょいとヘルガーの方が人ごみの間をうまくすり抜けて進んでいく中、
バンギラスの方は窮屈そうにしながら歩いている。

よく見るとバンギラスは片手に太い木の棒を担ぐように持っており、
その先端には何かが入ったように膨らんだ布袋が静かにゆらゆらと揺れていた。

バン「あ~、」
  「いつもながらこの時間のこの通りはうぜえくらい混みやがるなぁ…!」
ヘル「文句を言わずにきりきり歩け、」
  「じゃないとアジトに帰る前に日が暮れるぞ。」

ヘルガーがちらりと後ろを振り向くと、
バンギラスの方は忌々しそうに人ごみを睨みつけながら、
大きな体で押しのけるように進んできていた。

この町の生活の拠点である居住区とは違い、
旅人や商人達が最も集まるここ商店区は店や露店があちこちに建ち並び、
街の住人達から立ち寄った旅の者達までありとあらゆる人々が訪れる区域である。
その為、日中の真昼間…。
つまりは今彼らがここにいる時間帯はもっともこの区域が賑やかになる時間帯であり、
バンギラスのような大きな図体のポケモンはこうして歩くことさえ困難を極めるのだった…。

ヘル「だいたいだな、」
  「お前が町に入る直前に木の実を採りに森なんかに入るからこんな時間になったんだろうが…。」
バン「しゃあねえだろ、」
  「色々やることがあったんだからよ!」
ヘル「やることって…おっと、失礼!」

バンギラスの言葉に返そうと思ったとたん、
前を歩いてくる巨体のポケモンにぶつかりそうになりとっさにヘルガーは相手をかわす。

彼だってバンギラスほどではないが混み合っていれば当然動きにくいし、
今みたいに自分よりも大きなあいてに踏みつぶされようものなら最悪致命傷になりかねない。
だからこそ早めに町に入りたかったのだが…。

ヘル「…まぁ、今更嘆いても仕方ないか。」
  「しかし今日はいつも以上に混んでいるな…。」

ふぅっと小さく息を吐き、ヘルガーはぐるっと人ごみを見渡してみる。
道行く道に並ぶ建物から見える店には、
綺麗な小物や美味そうなパンや果物が所狭しと並べられており、
旅人のような格好をした者たちが珍しそうに商品を眺めているのが見える。

町よりも村や集落といった細々としたものが多いこの地方では、
この町のような大きな都市はほとんどない。
まぁ俗に言う田舎から出てきた旅人たちにとって、
ここは珍しいものの宝庫のような場所なのである。

ヘル(…普段なら適当に二・三匹見つくろって『狩る』んだが…。)

ヘルガーは通り過ぎる商店をちらりと横目でのぞき見る。
中では赤と白の毛並みをしたポケモンが、
知り合いらしきポケモンと店の物を眺めて楽しそうに談笑しているのが見える。
彼が手際よくやれれば5分とかからずに二匹を捕えることができるだろう。
だが…。

ヘル(まぁ、今日はこいつもいるし…。)
  (誰にもバレずにというのは難しいか……。)

と考えながら彼はバンギラスを見上げる。
不機嫌そうに人ごみを眺めているバンギラスだったが、
不意に視線を外さないままその口が開く。

バン「…なぁ、いっそここで暴れちまうのはどうだ?」

げんなりとしたような声で呟いているバンギラスだが、
視線だけは人ごみに固定したまま離れていない…。

バン「ちぃっと暴れればすぐにこいつら散ってくだろうし、」
  「うまくいけば『食料』も取れるかもしれないぜ……なぁどう思う?」
ヘル「自分から大騒ぎを起こす犯罪者がどこにいるんだ…、」
  「おとなしく歩け馬鹿。」
バン「ちぇっ…!」

ヘルガーは軽く頭痛を覚える額を押さえながら、
それでも呻くようにバンギラスの提案を一蹴した。

まあ彼が今日他のポケモン達を襲わないだいたいの理由がこれである。
このバンギラスと一緒という条件で、
町中に静かに『捕える』なんてことが不可能に近いことぐらいとっくに分かっている。
まあ今のやり取りはこの通りに来るたびにバンギラスが愚痴っているし、
ほとんど口癖のようなものなのである。
ただ厄介なのが……。

ヘル(こいつの場合、)
  (本気で言ってるんだよな…今の…。)

残念そうに悪態をついているバンギラスだったが、
その目は飢えた獣のようにギラギラと妖しく光っている…。
まるで戦いを欲している狂戦士のような、
そういう危なっかしい気配をヘルガーは感じていた。

グギュルルルルルルルッ………!

ヘル「……っん?」
バン「だ~~、」
  「暴れられねえと知ったら余計に腹減ったぜ…。」
ヘル「なんかおかしくないか、その空腹の根拠…。」

間の抜けた腹の虫の音が緑色のお腹から鳴り響き、
先ほどまであったギラギラした狂戦士のような気配があっさりと霧散する…。

ヘル(まったく…、)
  (戦うことと食うこと以外考えてないのかこいつは…。)

はふぅっと息を吐くと彼はぴょんと人ごみを飛び越え、
大通りから外れた通りの入り口からそっとその中に入る。
後ろから慌てたようなバンギラスの声が聞こえるが、
距離も離れていないし見失うことは無いだろう…。

ヘル「まったくさっさと一人で戻ればよかったな、」
  「…まあ放っておいて奴に暴れられるのも問題だが…。」

ヘルガーは路地の入口からじっとバンギラスの方を見る。

緑色の巨体はむすっとした表情のままヘルガのいる路地の方を睨んでいたが、
向こうもはぁっとため息をつくとゆっくりと歩き出した。

ぶんぶんと担いでいた木の棒を振り、
進行方向のポケモン達を無理やりどけている。
周りのポケモン達は迷惑そうにバンギラスの方を睨むが、
彼がぎろっと睨みつけるとひぃっとおびえた様な声を上げ道を譲る。

まるでヤクザのような道の開け方だったが、
これでもあのバンギラスからすればおとなしい方なのだろう…。
むしろあれくらいだったら遠目には可愛らしくさえ見えてしまう。

ヘル「…ぷっ。」
バン「おい、てめえ勝手に人を置いていって何笑ってやがるんだよ!」
ヘル「いや、悪い悪い…!」
  「お前の様子があまりに滑稽だったもんでな…!」
バン「…ケッ。」
ヘル「悪かったって、」
  「ほら、そんなことはもういいからさっさと行くぞ。」

不満そうな表情のままやっと辿り着いたバンギラスだったが、
彼の顔を見て可笑しそうに笑っているヘルガーの姿にさらに不機嫌な顔になる。
ヘルガーはそんな彼を軽くなだめると、
路地の奥に向かってすたすたと歩き出していった。

そんなヘルガーの後を、
バンギラスもぶつぶつと文句を言いながら歩きだ……。

バン「………ん。」

ふと一瞬バンギラスは踏み出そうとしていた足を止め、
何かの気配に感づいた野生動物のように顔を上げる。

バン「……へっ、気のせいか。」

軽く肩をすくめるようにすると、
バンギラスはそのまま路地の奥へと歩き出し始める。

そんな彼の様子をいくつかの影がじっと大通りから見つめていた…。

「行ったようだね…。」

影達の一匹が口を開く。
その手には一枚の紙切れが握りしめられ、
そこには大きくバンギラスの顔が描かれていた。

「せっかく見つけた大物の獲物だ、」
「あんた達逃がすんじゃないよ!」

「はい、姉御!」

リーダー格のようなポケモンがバッと路地に入り走っていくと、
その後ろを部下のような二匹のポケモン達が追いかけるように走って行く。

影達はまるで追跡でもするかのように、
そのまま彼らはバンギラス達の歩いて行った先を気配を殺しながら追いかけて行った。

だが彼らも気が付いていなかった、
彼らの追いかけている獲物が立ち去る間際にうっすらと笑いを浮かべていたことに……。

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★ プロフィール
HN:
森クマ
性別:
男性
自己紹介:
展示するのも恥ずかしい物しか置いていませんが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
(・ω・)

諸注意:
初めてきてくれた方は、
カテゴリーの『はじめに』からの
『注意書き』の説明を見ていないと
色々と後悔する可能性大です。
(・ω・´)

イラスト・小説のリクエストは
平時は受け付けておりません。
リクエスト企画など立ち上げる際は、
記事にてアナウンスいたしますので、
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更新日 2014年  1月17日
  少ないけどとりあえず新規イラストに変更
  一枚オリキャライラストなので苦手な方注意

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