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さようなら

 


「はい、依頼の終了報告は完了だね♪
 えっと報酬の方は…。」
「ああ、報酬はいいです。
 もう依頼者の方からもらってますから。」
「あ、そう。 それならいいんだ♪」

温かい日の光にやわらかく照らされた小さな部屋の中。
軽く開けられた小窓からは静かにそよぐ風と一緒に、
街からの喧騒の声がざわざわと聞こえてくる中で、
俺は目の前でポンとハンコを押された紙を一枚受け取った。

部屋の中は真ん中に大きな木の机がでんと置かれていて、
机の上には重要そうな書類の束が詰まれていたり、
分厚い本がこれまた積み上げられるように置かれている。
ただそんな大切そうな書類の上にポフィンがちょこんと鎮座していたり、
分厚い本の横に子供のラクガキみたいなのが描かれた紙が散らばっている辺り、
あまり大事に扱っているようには見えなかった。

そんな突っ込みたくなるような机の向こう、
少し大きめな木の椅子にちょこんと腰かけ、
ポンポンと大きなハンコの様なものを書類に押す黄色いポペモンがいた。
「依頼書」と書かれた紙のいくつかにハンコを押し終わると、
ふーっと息を吹きかけて軽くハンコを乾かし、
くるくるとそれを丸めてから細い草のつるでシュルルっと結び、
再びはいっとこちらに手を伸ばして渡してくる。

「じゃあこれで依頼完了だね、お疲れ様♪」
「はい、すみません。
 わざわざ依頼完了の手続きまでやってもらっちゃって。」
「いいよいいよ、ちょうどすっごーく暇してたし♪」

ぺこりと頭を下げる俺に机の向こうの黄色いポケモンは満面の笑みを浮かべ、
ニコニコと俺の方を眺めている。
ふりふりと背丈よりも少し大きめなギザギザの尻尾を揺らし、
毛づくろいするように先端だけ黒色のとがった耳をくしくしとなでるその姿は、
どこからどうみても可愛らしいピカチュウであった。

にっこりと笑みを浮かべているそのピカチュウは、
見た目も小さな子供のように見え、
一見しただけではなんでこの部屋にいるのか不思議に思われるだろう。
だってこの部屋はこの冒険者ギルドの一番上にある…。

「う~ん、久しぶりにいっぱいハンコ押しちゃったから疲れたなぁ~!」
「久しぶりって…、むしろ普段何してるんですか?」
「ん、もちろんギルドや街の中をあちこち見て回ってるよ。
 見回りだってリーダーの大切な仕事なんだから♪」

そう、ここはギルドリーダーの部屋。
そして目の前にいる小さなピカチュウこそ俺達のギルドのリーダーであり、
このギルドの中で一番偉いポケモンであった。
その実力は一匹で凶悪なおたずねもののポケモンを打ち倒したとか、
誰も入ったことも無いような未開の地を数えきれないくらい探検してきたとか、
噂や伝説もろもろを数え上げればきりがないくらい凄い人だった。

とはいえパッと見た雰囲気は小さな子どもとなんら変わらなく、
その行動も長年このギルドに入隊している隊員にさえ予測のつかないことの方が多い。
目の前にあるように重要そうな書類の上にお菓子を乗っけていたり、
いないと思ったら突然天井から降ってきたり、
かと思えば自分の身長よりもはるかに大きな隊員同士の喧嘩を、
得意の電撃も無しにあっさり沈めてしまったり…。
正直噂以上に実力が測れないというのが俺の出した結論だった、
ちなみに他の団員も結構賛同者が多いらしい…。

そのピカチュウがぴょいんと椅子からとび上がり机の上に乗っかると、
書類の上にあったポフィンをひとつつまみ、
「はい」っと俺の方にぽーんと軽く放り投げる。
俺が慌ててそれをキャッチすると、
笑いかけながら「どうぞ♪」といって自分もパクッとポフィンをかじっていた。
少しためらってじっと手元のポフィンを見つめていた俺だったが、
「どうも」と静かに答えるとパクッと習うようにそれを少しかじる。
サクサクと美味しく焼けていて口の中にふんわりと甘い味が広がり、
その優しい味に少しだけ頬が緩んだ。

「それで…本当にいいの? ギルドをやめちゃうって話。」

ふいに机の上のピカチュウがそう話を切り出し、
俺はビクッと小さく身体を震わせて食べる手を止める。
机の上のピカチュウはいつの間にか机に腰掛けるように座り込み、
首を傾げて俺の返答を待っている。

「…はい、色々と考えたんですけど。」
「君の仲間達もそれでいいって?」
「 探検隊とかそういうの無しにして三人でどっか旅でもしてみようって。
 はは…、本当に急な話ですみません。」

手に持ったポフィンに視線を落としながら、
俺はすまなそうにもう一度頭を下げる。
リーダーはもぐもぐとポフィンを頬張りながら、
珍しく…本当に珍しく、
静かに…でも決して俺から目を外さないで聞いていた。

「ギルドのみんなにはお世話になったし、
 無理にやめる必要は無いだろうってリーダーも思ってると思うんですけど、
 でも…決めたことだから。」
「ふーん、そっか…。
 もう街に戻ってくる気も無いの?」
「たぶん…本当は三人であいさつに来た方がいいと思うんですけど…、
 ちょっと二人とも手が空けないらしくって…本当すみません!」
「ううん、いいよ。
 ちゃんと最後に挨拶に来てくれたんだもん。
 それでいい♪」

頭を下げながら言う俺に、
リーダーはにっこりと微笑みながら手についたポフィンのかけらを払った。
俺はそんないつもと変わらないリーダーの様子に少し笑みを返すと、
ごそごそとカバンに手を入れて中にあったものをころんと手の平で転がす。
それは俺とゴウカザルとリングマ、俺達三匹の探検バッジだった。

キラリと日の光を受けて光る思い出のバッジを、
静かにリーダーの机の上に置く。
今までどんな時でも持ち歩いていて、
探検隊になった時からずっと一緒だった大切なバッジだったけど、
ギルドをやめるのならばこいつとももうお別れだ。

机の上におかれたバッジに目を落としふぅっと息を吐くと、
俺は背を向けて部屋のドアの方へと歩いていく。

「ねぇ、忘れ物!」
「…え、うぉっ!」

背中にかかるリーダーの声に振りかえると、
弧を描きながら何かが俺の方に放り投げられ、
思わず手を差し出して受け止める。
チャリッと音を立てて手におさまったそれは、
たった今机に置いたばかりの俺達の探検バッジだった。

「あ、リーダーこれ…。」
「持っていっていいよ、
 そのバッジには色々と大切な思い出あるでしょ♪」
「う…ですけど…。」

俺は困ったように顔をしかめながらバッジを見つめる、
そりゃあ大切な思い出はたくさん…たくさん詰まっているバッジだ。
本音を言うのなら置いていきたくなんてない、
だけどそんな大切な思い出だって俺には……。

「思い出は消えないよ、
 君が忘れたって他の人が覚えていればきっと思い出せるから。」
「…え。」

少しだけ凛と響く真面目なリーダーの声に、
俺は思わずまだ机の上に座っているリーダーを見る。
そこにはやっぱりいつもと変わらないで、
にっこりと優しく笑いかけてくるリーダーの姿があった。

「ね、持っていきなよ♪ これは命令だよ!」
「………。」

俺はぎゅっと手に持ったバッジを握りしめると、
もう一度深く頭を下げてそのままリーダーの部屋を後にした。

ガチャリとギルドのエントランスにある大きな扉を開き、
まだ日の明るいギルドの外へとでた。
この街のギルドは大きな大木をくりぬくように作られていて、
大木に茂った葉がまぶしい日の光をやんわりと受けとめ、
心地いいぐらいに温かい陽気が外に広がっていた。

リーダーの部屋で聞いた時よりも街の喧騒は近くで聞こえてきていて、
がやがやと賑やかな通りの声がここにまで響いてきている。
俺は手に持ったバッジを自分のカバンの中にしまうと、
どこに行くとも考えず町はずれの方に向かって歩き出そうとした。

「ワルビル!」
「…?」

ふいに後ろの方から呼び止められて俺は足を止めて振りかえる。
見ると俺が出てきたばかりのギルドの入り口に、
ルカリオが息を切らせたように肩を上下させて立っていた。
俺を確認するとルカリオは地面を蹴って宙に飛びあがり、
俺のそばにスタッと着地する。

「な、なんだよルカリオ。
 そんなに息切らせてなんかあったのか?」
「はぁっ…はぁっ、何かあったじゃないよ!
 どういうことなのさ…探検隊をやめちゃうって。」

ああ、流石はいろんな情報が集まってくる冒険者ギルドだ。
俺達みたいな小さなチームが解散するなんて話すら、
あっという間にギルドでは知れ渡ってしまってるらしい。
ばつの悪そうにぽりぽりと頭をかく俺を、
ルカリオは流れる汗をぬぐいながら見上げるように見ていた。

良く見るとルカリオの体にはあちこちすり傷や切り傷がある。
こいつだって探検隊なんだから依頼かなにかを片付けた時の怪我なんだろうけど、
普段から体調管理とかをしっかりしているルカリオが、
治療もそこそこにしてるなんて珍しい…。

「ああ…うん、みんなで色々話し合ってな。
 探検隊やめて気楽な旅人家業ってのもいいんじゃないかって思ってさ。」
「だからって、いくらなんでも急すぎるでしょ!
 それに他のみんなにも何の相談も無くそんなこと決めちゃうなんて…。」
「わりぃわりぃ…!
 なんせ本当に突然決めちまったことだもんでな、
 リーダーにもおんなじようなこと言われちまったし…たはは♪」

俺はできるだけ楽観的に見えるように両手を頭の後ろで組みながら、
無理やり顔を笑顔にしてルカリオにこたえる。
真面目なルカリオのことだ、
変に落ち込んでるようなそぶりを見せたらさらに心配されかねない。

これ以上…大事な友達に心配なんてかけたくない。

「まあそう睨むなよ~、
 何も話さなかったのは悪いけど、
 別に二度と会えなくなるわけじゃないんだし!」
「…もう、本当に会えなくなるわけじゃないんだね?」
「あったりまえだろ、
 まあ旅人になるわけだから次いつ会えるかまでは分からな……っとと。」
「うわ、だ…大丈夫?」

安心させるように明るい声でルカリオに話しかけていたが、
ふいに立ちくらみのように視界が一瞬ブレ、
思わずそばにあった建物の壁に手を突く。
やべぇ、これじゃあ余計に心配させちまったかも…。
恐る恐る背後のルカリオの気配を探るが、
案の定心配そうに俺の様子をうかがっている。

おまけに少し頭の中までぼーっとしてきた…、
まるで眠気をこらえているときの様なうつろな感じになってきてるけど、
必死に意識を集中して眠気を振り払った。

「大丈夫ワルビル…? なんか少し具合悪そうだけど…。」
「へ…平気平気!
 言っただろ、今回のこと急に決めちまったからさ!
 今まで受けてた依頼の報告とかギルドの宿舎の手続きとか、
 色々やっててちょっと寝不足何だよ…♪」
「寝不足って…、そういえばゴウカザルやリングマは?
 二人は一緒じゃないの?」
「あ、ああ!
 今はもう先に街の外に行ってるんだけどな♪」
「………。」

ルカリオの言葉に内心ドキッとするが、
極力表情を変えないままそれにこたえる。
心配そうに見つめてくるルカリオの視線がチクチクと刺さり、
背中を向けたまま俺はぎりっと歯を食いしばった。

こんなに心配させてしまうのなら…、
ルカリオぐらいには本当のことを打ち明けた方がいいのかもしれない。
でもついつい口に出してしまいそうになる気持ちを、
俺は必死に抑え込んで耐える。
言ってしまえば、ルカリオや他のみんな…大切な友達を巻き込むことになる。
それだけは絶対に避けなくちゃいけない、そうあの時決めたんだ。

「それじゃあなルカリオ!
 色々話ししたいこともあるけどさ、
 急いでいかないとゴウカザルの奴にどやされちゃうんだ!」
「え、あ…ちょっと!」
「悪い! また旅先かどっかで会うことあったら話しようぜ!
 そんときはゆっくり話しに付き合うからさ!」
「ちょっ…ちょっと待ってよワルビル!!」

俺は強引に話を切り上げると、
手を振りながら大急ぎでその場を逃げるように走り、
通りから外れた路地裏の方に入る。

「待ってってばワルビル!」

ちらっと後ろを覗き見ると、
少し離れた所からルカリオが追いかけてくるのが見えた。
あの切り上げ方じゃ不審がらない方がおかしいけど、
今は追いつかれるわけにはいかなかった。
でも俺とルカリオじゃ断然ルカリオの方が足が速い、
なんとかしないとこのままじゃ確実に追いつかれちまう…。

俺はまるで泥棒みたいにくねくねと走り抜けるように路地を曲がり、
ルカリオの追撃を振り払おうとする。
あいつもおたずねものを相手にする探検隊だけあって必死に食い下がってきたけど、
それでも最初に距離を開けていたこともあって少しは引き離せたらしかった。

「このまま急いで逃げ…うぉっと!?」
「イツッ、てめぇ…!!
 どこ見て歩いてやがんだ!!」

後ろのルカリオに気を取られながら走っていると、
ドンっと思いっきりなにかにぶつかってよろけてしまった。
見るとどうやら前から歩いてきたガラの悪そうなポケモンが、
グルルっと不機嫌そうに俺のことを見下ろして睨みつけていた。

「あ、悪い! ちょっと気を取られてたもんで。」
「気を取られてたじゃねえよ!
 こちとらこれ以上ないくらいイライラしてるって時に、
 ぶつかってきといて謝るのはそれだけか…あぁん!」

まるで不良のようなドスの低い声を唸らせ、
ガラの悪いそのポケモンは俺のカバンをつかみ、
無理やり自分の近くに引き寄せてきた。

近づいて見上げるその顔は威圧するように俺を睨んでいるが、
なんだか妙に擦り傷を作っていたり、
俺をつかむ腕にも汗とかとは違う変にねとっとした汚れがあった。
こいつも喧嘩か何かでもしてきた後なのだろうか?
正直この急いでいる時に関わり合いになりたくないタイプの奴だ、
急がないとルカリオが追いついてきてしまうだろう。

「あぁっ、何人の顔じろじろ見てやがんだっ!
 詫び入れる気がないんだったらそうだな…このカバンでも頂いて…!」
「えっと…なんていうか上手く言えないんだけどさ…。」
「あぁ…? 何がだよ…?」

俺はカバンをつかんでくるそのポケモンの手に自分の手を重ねて、
ぐっと睨みつけるようにそいつを見る。
俺よりちょっと大きいぐらいで体つきもそこそこ、
たぶん「すぐに出せば」大丈夫だろう。

あんまりやりたくはないけど、緊急時なんだ…悪く思うなよな…!

「悪い、ちょっとその体借りるぞ。」
「はぁっ、何言って…っ…!!?」

一瞬訝しげに眉をひそめたそいつの顔は、
びくんとひきつったように目を見開いて怯んだように引くが、
俺は自由な方の手でそいつの顔を手のひらでつかみあげる。
そして次の瞬間俺の肌がしゅううっと一瞬で透き通ったピンク色へと変わり、
ガラの悪いポケモンの顔と首を自分の腹の方にぐいっと引き込んだ。

いや、腹の方にっていうのはちょっと違う、
むしろ奴の頭はすっぽりと俺の腹の中にずぶりと沈み込んでしまったのだ。

「……っぶぁ!!? がぶっ……ぐぇぇっ!!」

俺の腹の中に顔を突っ込んだままそいつが悲鳴のようにがぼがぼ声を上げ、
ジタバタと尻尾や足が揺さぶられているが
構うことなくそいつの体をずぶずぶと自分の中に沈めていく。
それと同時に俺の尻尾や背中も溶けるようにぐにゃりと歪み、
奴の剥き出しの背中にべちゃっと覆いかぶさると、
そのままぐにゅぐにゅとまとわりつくように取り込んでいった。

上半身を丸々取り込んだところで俺は完全に自分の体を液体へと変え、
ぐにょんぐにょんと奴のもがいていた足や尻尾なんかを丸ごと包み込む。
完全に奴の身体のすべてをピンク色の中に取り込んだまま、
ぐにゃぐにゃと揉みほぐしてから一呼吸置かせる。
最初は俺の中で腕とか足とかを突き出して暴れまくっていた奴だったが、
だんだんとその動きも鈍くなっていき、
やがてすぅ…っと動きが収まり静かになった。

次の瞬間には奴を取り込んだピンク色の液体はグニョンと一回震え、
ぎゅるるっと次々に足や手、尻尾や胴体と形を作って行き、
1分もしないうちにドスンと足をふみならして地面に降り立つと、
先ほどのガラの悪そうなポケモンだけが路地裏に立っていた。

ふぅっと一息ついていると後ろの路地から足音が聞こえ、
さっきまでワルビルを追いかけてきていたルカリオがこちらに向かって走ってきた。
気の緩んだように呆けていたそのポケモンは、
ワルビルがやってきたのを見つけるとキッと目を鋭くした。

「はぁはぁ…、あのすみません!」
「…あぁ? 俺になんかようか。」
「あの、今こっちの方にワルビルってポケモンが走ってきませんでしたか!
 目の周りが黒い、茶色のワニみたいなポケモンなんですけど。」
「見てねえなぁ、こっちには誰も来やしなかったぜ。」

ぜぇぜぇと息を切らしながら話すルカリオに、
ぎろっと見下ろすようにガラの悪いポケモンは睨みつけ、
つっけんどんに言い返した。
たったいまそのワルビルに呑み込まれたというのに、
そんなそぶりはちらりとも出さなかった。

「そうですか…、すみませんありがとうございます…!」
「お、おう…。」

彼の言葉を信じてルカリオはぺこっと頭を下げると、
タッとそのまま路地をかけて行ってしまった。
そして後にはぽつんと立ったままのガラの悪いポケモンだけが残され、
彼は去って行くポケモンの背中をじっと見つめている…。

「…ごめんな、ルカリオ。」

小さく残されたガラの悪いポケモンが呟く。

そしてごぽっと水を振った時のような音が小さく響き、
ガラの悪いポケモンの喉が丸く大きく膨れ上がり、
ぐぐぐっと口の方までせり上がりぷくっと頬を大きく膨らませた。
そしてぺっと吐き捨てるかのように勢いをつけて口の中の物を外に出すと、
彼の口からは彼と同じ姿をしたガラの悪いポケモンが地面へと吐き出された。
全身をねっとりとした唾液の様なものでぬらし、
ぐったりと気を失ったように崩れ落ちてはいるが、
小さくお腹が呼吸をするように隆起している。
どうやら命に別条はないようだった。

そのポケモンを同じ姿をしたポケモンが見降ろしている、
…としゅううっと一瞬立っていた方のポケモンが淡い光に包まれると、
光が消えた場所には先ほど彼を呑み込んだ張本人であるワルビルがそこに立っていた。

「ふぅ…やっぱり気分のいいもんじゃないよな。
 おっと、あんたも悪かったな。」

何事も無かったようにぽんぽんと体をはたくと、
ワルビルは倒れている彼に軽く礼を言い、
ルカリオが去って行った方向とは別の方向に歩いて行った。

しばらく路地を歩いたところで目の前に大きな壁が近づいてきた。
この街は周囲を城壁に囲まれているため、
普通なら大通りにある門からじゃないと街の外に出られないのである。
だがワルビルはぐっぐっと足に力を込めると力強く地面を蹴って跳躍し、
左右にある建物を三角飛びの要領で蹴りあげ、
反動をつけて城壁を飛び越えてしまった。

空中でくるっと一回転しながら城壁の上に飛び乗ると、
軽くあたりを見渡して外の街道に誰も歩いていないのを確認しつつ、
ぴょんと軽く勢いをつけて街の外へと降り立つ。
ある程度手入れされた街道の地面から土ぼこりがふわりと舞い、
サラサラと風に流れて再び地面へと落ちて行った。

「よっと…! さてと、あいつらどこに行ったかな…?」

ワルビルは肩にかけたカバンの位置を直すと、
そのままスタスタと街道を横切り、
街のそばにある開けた野原と森の方へと歩いていく。
良く見るとその森のそばにある茂みの中から、
何か小さい塊がまるでこっちの方を覗いているのが見えた。
ワルビルは軽く笑みを作りながらその茂みのある野原に近づき、
街道から見えないように森の中へと入って行く。

すると彼が茂みに近づいた途端、
ぴょんぴょんと茂みの中から紫色をした小さな塊が飛び出し、
彼の周りを慕うように跳ねまわり始めた。

「こらこら、もっと見つからないような場所にいろって言っただろ!」

ワルビルは地面で飛び回る生き物の一匹を抱えあげると、
両手でつかんだまま顔の高さまで持ち上げた。
きょとんとしたつぶらな瞳に落書きの様な口、
ぷにっとグミみたいな感触をしたそれは紛れもないメタモン達の集団であった。

ワルビルは彼を囲むように跳ねているメタモン達をしっしと森の奥に誘導すると、
腰に片手を当てながら街の方を指さす。

「ほらどうだ、あれが他のポケモンが住む街ってところだ。
 あの壁の向こうにはお前らが見たことも無いようなポケモンは一杯いるし、
 もっと見たことのない建物やなんかも色々あるんだ。」

まるで小さな子供に教えるような優しい口調で、
ワルビルは街の方を見ながらメタモン達に話しかける。
足元のメタモン達はあるものは不思議そうにしたり、
またあるものはキラキラと目を輝かせて街の方を見ていた。

ワルビルはそんなメタモン達の反応をにっと笑いながら見ていると、
すぅっと一呼吸入れて身体に力を込め、
それと同時に彼の体が淡い光に包まれる。
そして光が消ええると今度はワルビルの姿は、
さっきまで話をしていたルカリオの姿に変わっていた。

「ほらな、こんな風にいろんなポケモン達があそこで生活しているんだ。
 あそこだけじゃない、
 他の場所にはもっといっぱい俺達が知らないようなポケモン達が生活してる、
 もちろんいい奴も嫌な奴も、それにもっとこわーい奴なんかもな!」

ルカリオの姿、しかし声だけは元のワルビルのままでメタモン達に話しかけると、
彼らはとにかく興味深そうに街や【へんしん】したワルビルを見つめている。
そんな中ワルビルに抱かれたままのメタモンは最初は首をかしげていたが、
彼と同じようにうっすらと淡い光に包まれると、
見よう見まねで彼と同じルカリオの姿に【へんしん】をしていた。

見た目はともかく、
大きさがさっきと変っていないことに軽く吹き出すように笑いながら、
ワルビルは再び元の姿に戻りながら抱き上げていたメタモンを地面に降ろした。

「そしていろんな奴がいるのは俺たちだって同じだ、
 あんな暗い洞窟だって俺達の大事な住処なんだからな♪
 でもだからってずぅっとあそこに暮すことなんてない、
 いつかお前達が外に出たくなったんなら一杯自由に冒険してみろ!
 自分の力で見なきゃ、それは本当の強さなんて言えないんだからな!」

ぽふぽふとメタモン達の頭を優しく叩くと、
メタモン達は嬉しそうにとび跳ねながらワルビルの周りを跳ねまわった。
そんな中、一匹だけ隅っこの外れたところで跳ねまわらず、
ふてくされたようにワルビルを見上げているメタモンがいる。
彼はそんなメタモンに近づくと、ぷにっと指でその頬をつついた。

「それはお前にだって言ってるんだからな、
 他のポケモンを犠牲にしなくたって強くなる方法は一杯あるんだ。
 だから今度同じことをしやがったら…絶対に許さないぜ!」

ワルビルは最初はからかうように、
だけど最後は少しだけ脅すように力を込めてそのメタモンをつつく。
言われたメタモンは少しだけ怯えたように身体を震わせると、
逃げるように森の奥へと這って行ってしまった。

そんな彼に続くように他のメタモンも一匹、
また一匹と街を見送りながら森の方へとどんどん移動し始めた。
ほとんどのメタモン達が行ってしまった後で、
ワルビルは名残惜しそうに今出てきたばかりの街へと振りかえった。

あの事件があってからもう結構経つ…。

俺とゴウカザルとリングマ、
メタモンに取り込まれた俺達三匹だったけど、
結局元の姿に戻るなんてことはできなかった。
まあ俺はもとより二人よりも前に取り込まれちまってたし、
せめてあの二人だけでも助けられれば良かったんだけど…。

『バカか、お前一匹だけ残すなんてことするわけないだろ。』

静かに街を見ている俺の中で、
ゴウカザルの低い声が反響するように聞こえてくる。
そんなゴウカザルのと一緒に静かに俺達を眺めている気配、
声にはださいないけどリングマも静かに俺達のそばにいるんだろう。

俺はぎゅっと自分の胸に手を当てて、
自分の中にいる二人のをしっかりと感じていた。

「でも…本当に良かったのか…?
 あのときすぐにさっきの奴みたいに外に出してれば、
 もしかしたら二人とも助かったかもしれないんだぞ…。」
『何度も言わせるな。』

俺のためらったような声にすぐに反論するように、
リングマが静かに声をあげた。

あの日、
俺達を呑み込んだメタモンを倒したあの後に俺は奴を自分の中に取り込んだ。
あいつが言ってただろ?
取り込んで記憶が残ったままの俺を、
あいつが取り込み直して分離させてやるって。
メタモン同士ならそういうことができるのなら、
メタモンになっちまった俺にも同じことができるかもしれない。

そう思って俺はあいつの中に取り込まれたポケモン達を、
自分の中に取り込み直し、そして彼らの魂を解放してやったんだ。
具体的にどうやったかなんてのはよく分かっていない、
ただ何となく今の俺にはそれができると思ったからやった。
だからもう俺の中にはあの洞窟の犠牲者たちはいない、
ある二匹を除いて…。

そう、ゴウカザルとリングマだけは外に出されるのを拒んだ。
だから俺の中には確かに二人の意識はまだ少しだけ残っている、
なんど出た方がいいと言っても聞かないのだ。

『どうせ体の方はもう無理だったんだろ。
 まあそれでいいとまでは流石に言いきれんが俺達の不注意もあったんだ、
 お前が気にしすぎる必要はない。』
「でも…、
 もしかしたらこの先ずっと取り込まれたままになるかもしれないんだぞ?」
『構うもんか。
 お前の意識が完全に取り込まれて消えたとしても、
 お前がここにいるんなら俺達がいるのもここだ。』
『どうせだったら一緒がいい、そういうことだ。』

俺の中の二人の声に少し沈黙した後、俺は小さく「ありがとう」と呟いた。
もうあんまり「俺」の意識も長くは持たない、
なんかの偶然で残ってた意識や記憶も、
もうそろそろ完全にこのメタモン取り込まれちまうんだろう。
それは凄く怖くもあるし不安もある、
でもだからこそ同じ不幸だけは起こさないよう、
残された時間でできる限りの後始末はつけたつもりだった。

すべての原因だったメタモンだけじゃない、
他の洞窟にすみついていたポケモン達に、
俺はできる限りこの世界やそこにいるポケモン達の姿を見せてきた。
何も知らないで一か所に潜んでいたんじゃ、
本当の意味で強くなれるなんてことは絶対にない。
自分達の力や能力で必死に生きる街や野生に生きるポケモン達の姿、
そんな姿をもっとメタモン達に教えてあげれば、
今回みたいな嫌な事件は起こらないだろうと信じてやってみたんだ。

ぐぐぐっと俺は大きく腕を伸ばして背伸びをする、
やるだけのことはやったという開放感で胸がスーッとしていて、
凄く気持ちのいい気分だった。
もしかしたら俺がやったことなんて何の意味も無いのかもしれない、
だけど何もやらないよりはやってみる。
それに俺にはどんな時でも一緒に仲間がいたんだ、
だからウジウジ泣きごとを言うのはもうやめた。
不安でも笑っている方が何となく俺らしかったから…。

ふわぁっ…と急にやってきた強い眠気に、
俺は目元をこすりながら体全体が軽くなるような浮遊感を覚えた。
どうやら…時間切れみたいだな。

『時間か、やっぱり怖いか…?』
「そりゃちょっとはな…だけど。」

俺の中で話しかけてくるゴウカザルに俺は小さく答えながら、
少しだけ森を出て野原の方に腰を下ろすと、
ごろんと草むの上で大の字に横になった。
漂ってくる土と草の森の匂い、
キラキラと森から伸びた木の枝の、
葉っぱ越しに降り注いでくる太陽の光がとても暖かくて、
とにかく凄く気持ちが良かった。

そしてそんな日向ぼっこのようなのどかな雰囲気の中で、
俺は笑顔を浮かべながら目を閉じる。

「みんなと一緒なら…怖くなんてないさ。」

誰もいない野原で横になる俺、
でもまるでゴウカザルとリングマもその横で一緒に寝転がっているような…。
そんな穏やかな気分だった。

そしてそのまま俺は大きく息を吸い込んで深呼吸のように吐くと、
そのまままどろむように意識を手放した…。

ぱちっと目を開ける…。
爽やかな日の光と草の匂いにとろんとまどろみながら、
彼はむくっと体を起こした。

目の前には幅の広い街道の地面と大きな石作りの壁、
そして背後に広がる森と見渡したところで、
彼がよく来る街の外だということに気がついた。
でもなんでこんなところにいるのだろうか、
何をしていたのか考えても思い出せず彼は首をかしげていた。

ふとチャリッと彼の足元で音がする。
見ると布でできた小さな肩かけカバンがそばに転がっていて、
その中にはなにかキラキラした綺麗なバッジがみっつ転がっていた。
何のバッジなのかは分からないけど、
彼はそれを手に取ってしげしげと見つめる。
きっと誰かの宝物なのだろう、
キラキラと真ん中で光る石がとても綺麗で見ているだけで楽しかった。

ふと誰かの呼ぶ声が聞こえる、
見ると彼の背後に広がる森の方で、
彼の仲間達がぴょんぴょんと跳ねて自分のことを呼んでいた。
なんで仲間達がこんなところにいるんだろう、
ますます良く分からなくって彼は首をかしげるばかりだった。
でもとび跳ねる仲間達はとても楽しそうで、
なんだかそれを見ているだけで自分も嬉しかった。

彼は紫色の自分の体をぴょんと持ち上げると、
自分の手元にあるバッジと転がったカバンを見つめた。
取っても綺麗なものだけどもしかしたら誰かの忘れものなのかもしれない、
それならこんな所に置いとくのは可哀そうだろう。
彼は丁寧にカバンの中にバッジをしまうと、
それをよいしょと自分の体に引っ掛け楽しそうに仲間達の所にかけていった。

チャリッとカバン揺れるたびにこすれあって音が鳴るみっつのバッジ。
他に何も入っていないからっぽなカバンの中で、
そのバッジだけはいつまでもいつまでもキラキラと輝いていた…。

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決着!
 

「うっぷ、流石にメタモンを取り込むってのは俺も初めてだな…。
 っというか一日に三匹…いや四匹?
 そんだけ取り込むってのもなかなかしんどいな…。」

自分の腹に浮かぶ黒い影が、
音も無くピンク色の中に同化し消えていくのを眺めながら、
メタモンはにんまりと笑みを浮かべて歩いている。

彼は今ピンク色のままワルビルの姿に自身の体を【へんしん】させ、
堂々とした足取りで洞窟の外を歩いていた。
もうすっかり日も暮れてしまい、
紺色に染まった夜空には大きな丸い月がぽっかりと浮いていた。

「それにしても本当に俺メタモンに生まれてよかったぜ…!
 やってきた奴を呑み込んでやるだけで力も頭も良くなるなんて、
 このまま続ければこんな辺境の洞窟だけじゃなくて、
 いつかどこかの街ごと呑み込んで王様とかにだってなれるかもな…ウシシ♪」

嫌らしく笑みを浮かべながら、
ワルビル達を取り込んだメタモンはお腹をさすった。
目を閉じれば今まで取り込んできたポケモン達の顔が浮かんでくる、
力の強いポケモン、頭のいいポケモン、空を飛べる奴に泳げる奴、
そんな色々な種類のポケモンを何十匹も取り込んだ自分に、
怖いものなんてもうないのかもしれない。
たとえいたとしても、隙を見てそいつも頂いてやればいいのだ。

力が強くなればだれにも負けないし、
頭がよくなればもっと効率のいい作戦やしかけだって作ることができる。
例えばあのワルビルを取り込んでしまった場所にだって、
いちいち洞窟の入口まで戻らなくてもいいよう、
きまった場所を叩けばすぐに外に出られる秘密の隠し扉が壁に隠してある。
ただのメタモンだったころには作ることも、
ましてや思いつくことだってできなかったものが今こうして作ることが出来るのだ。

こうやって様々な能力を持ったポケモン達を取り込んでいけば、
ただの野生ポケモンである彼がこの辺りを…、
いいやぜーんぶ支配することだって決して夢物語ではないのだろう。
メタモンはワルビルの姿で満足そうにお腹をなでると、
べろりとその太い舌べろで口の周りを舐めとった。

「へへっ、それにしても今日一日だけで結構な収穫だったよな♪
 あのワニをのっとり損ねたおっちょこちょいは後で出してやるにしても、
 三匹もいっぺんに取り込んでやれれば上出来さ♪」

今頃彼の体内では今日取り込んだ三匹が仲良く消化され、
彼自身の力として取り込まれているはずなのだ。
また一歩自分自身が強くなれたことに、
メタモンはにやにやと陶酔するように笑みを浮かべている。

歩き続けながら彼は考え込むように腕を組んだ。
たった今何匹も取り込みお腹も満腹なままだが、
もっと強くなるためには少しだって休んでいる時間はないのだ。
彼の力となり知識となる哀れな獲物を再びあの洞窟に誘い込むべく、
腹の中の犠牲者たちの住んでいた街に行き、
餌となる依頼書を張り出しに行かなくてはならない。

普段だったら彼自身がわざわざ洞窟の外に出向くことはないのだが、
いつも張り紙を出しに行っていたメタモンこそ、
あのワルビルを取り込んで奴であり、今はそいつも彼の体の中でお休み中。
他にも洞窟の中には何匹かメタモンが住みついてはいるが、
自分達のように他のポケモンを取り込んでいないただのメタモンであるそいつらは、
そもそも街自体に行ったことがないのである。

「ちぇっ…、
 こうなるんだったら出し惜しみせず他の奴にも教えときゃよかったなぁ。
 …いやいや、教えなかったからこそ俺一匹で思う存分強くなれたんだ。
 こんな美味しい方法教えて真似されたら、俺のボスの座も危ういもんな…うん。」

面倒くさいが仕方がない、
結局自分で行くしかないということで、
彼は街を目指して洞窟を出ていたのであった。

「う~ん、次の獲物はどいつにしようか……。」

歩きながら頭に指を当て、
取り込んだ三匹の記憶を探るために目を閉じる。

その仕草はまるで昔のことを思い出すような感じだが、
そこに思い浮かべられる記憶は彼の見てきたものではなく、
ついさっき取り込んでしまった三匹が体験してきた記憶だ。
思い返すように流れる記憶の中に、
なにやらこの三匹と仲良さそうに話すポケモンの姿が映っている。
荷物を抱え楽しそうに話す青い犬の様なポケモン、
どうやらお互いに知り合いらしく、
そいつが何者なのか取り込んだ者達の記憶から次々と引っ張り出すことができた…。

「……この青い犬みたいな奴がよさそうだな。
 他にも何匹か連れがいるみたいだしちょうどいいぜ♪」

次の獲物が決まったといわんばかりににっと笑みを浮かべると、
ワルビル姿のメタモンは森の中へガサガサと音を立てて入ってゆく。
この調子で歩けば夜になるころには街に着けるだろう、
そうしたらこのポケモンの姿のまま街をうろついてこの犬を探せばいい…。
人がよさそうな奴だし他の二匹が動けないとでも慌てて見せれば、
きっとすぐに釣れるはずだ…洞窟にさえ引きずり込めれば後は簡単だ。

「シシシッ♪」と悪そうに笑みを浮かべて、
いまにもスキップでもしそうなぐらい上機嫌で森の中を進んでいく。
もしも順調にいっていたら、
彼のたてた凶悪な作戦通りに話は進んでいただろう…だがその時、
急にその笑みが苦悶の表情へと陰った。

「…ん…? イデッ、イデデデデッ!!?」

突如彼のお腹に激しい激痛が走り、
腹痛にもだえるかのように体を前のめりに折り曲げ、
悲鳴を上げながら自分のお腹を押さえる。
ボコッボコボコとまるで何かが突きあげるように、
黒い影がお腹の中から浮かび上がり、
内部から彼のお腹を殴りつけるような痛みが走るのである。

そのあまりの痛みにメタモンはだらだらと汗を流しながらお腹を押さえつけ、
必死にその痛みを押し返そうとしている。

「グァッ…! イダダダッ…イタイイタイイタイッ!」

涙を流しながらお腹を押さえていたメタモンだったが、
そのお腹の部分がぐにょんと大きく膨れ上がると、
まるで粘土のように形を変えどんどん人型の様な姿へと変わってゆく…。

そしてその人型の何かは腕の様なものを伸ばしてメタモンの肩を押さえると、
ビタンッと勢いよく音を立てて地面にたたきつけた。
苦しそうに呻くメタモンがその物体を見上げると、
ピンク色だったその何かの形がぐにゃりと集まり、
見覚えのあるワルビルの姿へと変わっていった。

ワルビルの体は姿こそ前と同じ砂色の体のままだったが、
腕や足がところどころとろけたように形が崩れ、
まるで不完全な【へんしん】を見せられているような姿だった…。

「て…てめぇっ……!!」
「わりいな、二度も取り込まれるわけにはいかねえぜ…!」

自信のある笑みを浮かべ、
ワルビルはぐぐぐっとメタモンを地面に押し付ける。
メタモンの方も逃れようと体をよじるが、
必死に食いつくワルビルによって逃げられないでいた。

「くっそ、てめえなんででてこられて…!」
「難しいことじゃないさ、だって俺もメタモンなんだろ!」

ワルビルの姿のままのメタモンは、
必死に食らいつく本物の方を見て思い出したように苦虫を噛み潰す…。
そういえばこいつは曲がりなりにも彼と同じメタモンなのだ…、
ワルビルの部分を引きはがしてメタモンだけを取り出すことができるのなら、
こいつが自分の意思ででてくることだってできるのかもしれない…。
まさか自分と同じメタモンと戦うことなんてないと考えていたので、
思わぬ盲点であった…。

「どうやら考えが足りてなかったみたいだな、
 あんだけ自慢げにぺらぺら喋っておいてカッコ悪いぜ…♪」
「て…てめえっ…!」

だがメタモンの方は心の中でにやりと小さく笑みを浮かべる…。
確かにワルビルは彼の中から這い出してはきたが、
ただ這い出してきただけである。
別にこいつが急に強くなっているわけではないし、
自分のように他のポケモンを取り込んで強くなっているわけでもない。
ならばさっきまでのやり方と同じだ…。
もう一度ねじ伏せて今度こそ完全に飲み下してやればいい!

そう考えるとメタモンは即座に体をぐにゃりと【へんしん】させ、
その体を再びこいつの仲間の姿へ………変わらなかった…。
いやそれどころか、
何度やってもこいつの仲間にも他のポケモンへも、
【へんしん】させることができなかった。

「…っ!」
「どうした…どうやらお得意の技が使えないみたいだな…。」
「お…お前…何しやがった!?」

動揺するメタモンにワルビルはとんとんと自分の頭を小突くように叩く。

「なぁに、ちょっと頭使っただけさ。
 いや…どっちかっていうと口かな。」
「く…口?」
「いろんなポケモン達を取り込んで強くなったっていったって、
 そもそもメタモンなんだから使う技はひとつしかないんだよな…。
 それを封じさせてもらったのさ、俺が【いちゃもん】つけてな…!」

ピンク色のワルビルの姿のまま歯がいじめにされ、
メタモンはありえないとでもいうように目を丸くさせた。

【いちゃもん】、
相手に難癖をつけて一度使った技を連続で使用させることを禁止させる技。
通常いくつも技を持っているポケモンが相手ならねらいどころの難しい技だが、
元々のメタモンが使用できる技は【へんしん】ただひとつだけ…。
つまり今のメタモンは、
唯一使えるたったひとつの技を封じられてしまったということなのだった。

もちろん【へんしん】が使えないのでは、
他のポケモンの力を使うことも、
体の形を変えてこいつを取り込んでやることだってできないのだ…。

「くっそ、このやろ…ぐぇっ!」

力を封じられたことに動揺しながらも、
反撃しようとワルビル姿のメタモンは大きく口を開けて噛みつこうとするが、
組み伏されている状態からではスピードも威力もでず、
あっさりとワルビルに止められてしまう。

そして本物のワルビルはひゅんっと尻尾を振り上げると、
力強くメタモンにたたきつけバキィッと鈍い音が夜の森に響いた、

「我ながら自分と戦うってのも変な気分だけど、
 お前だけは絶対に許さねえからな…!」
「ぐぅっ…!」

ギロッと睨みつけてくるワルビルに少しひるみながらも、
メタモンはすぐに臨戦態勢をとるために構えの姿勢をとる。
【へんしん】はできなくなってしまったものの、
幸い相手と同じワルビルの姿にはなっている。
ならこいつの使える技を使わせてもらうだけだ。

メタモンは構えの姿勢を取りながら、
シャリシャリと自分の爪をこすりあわせて【つめとぎ】を行う。
自分のこうげきと命中力を上げる技で、
少しでも有利な状況を作った方がいいと考えたのである。

「人の得意技封じたぐらいでいい気になんなよな、
 今度こそボッコボコにして完全に取り込んでやるよ!」

バッと飛び上がるように地面を蹴り、
ワルビル姿のメタモンが本物めがけて【かみつく】を繰り出す。
ガチンッガチンッと牙同士が噛みあう音が響くが、
ワルビルの方はひょいひょいとその攻撃をすんででかわしてしまう。

かわされるたびに悔しそうに唸るメタモンを、
ワルビルはべーっと舌をだしてひょいっと距離をとった。

「ちっくしょう、避けんなよな!」
「ばーか! お前がウスノロすぎるだけだよ♪」
「ぬぎぎぎっ!」

挑発するようなワルビルの言葉に、
メタモンは頭から湯気でも出しそうなほどかーっとなり、
勢いに任せて殴りかかろうと飛びかかる。

だがワルビルはその飛びかかってきたメタモンの攻撃をすんででかわすと、
勢いよく振り上げた自分の尻尾を思いっきりメタモンの腹にたたきつける。
めきっと嫌な音がして苦悶の声を上げ、
メタモンはずるりと草むらの中に倒れ込んだ。

「がふっ…、げほっ…! イ…イデデ…!」

予想だにしないダメージにメタモンはただ苦しげに呻くことしかできず、
そんなメタモンをワルビルは再び馬乗りのように押さえつけ、
喉の奥から低い唸り声を鳴らしながら睨みつけいる。

「がふっ、な…なんで全然当たらんないんだよ…!」
「そりゃそうさ、技どころかくせとかまで俺と全く同じなんだ。
 さっきまでの不意打ちみたいなのならともかく、
 俺の技だって分かってるんなら、
 どうやれば当たらないかぐらい分かるに決まってんだろ。」
「なに…!」
「確かにお前が言った通りだよ。
 俺はあの二人に比べれば力も無いし、
 うまい作戦考えられるほど頭も良くねえ。」

そういいながらワルビルはぐっと拳に力を込めて丸くすると、
大きく振りかぶってぐぐぐっと力をためる。

今から何をされるか察したメタモンはひきつったように目を丸くすると、
必死に逃れようと体をよじって暴れるが、
ワルビルにがっしりと押さえつけられた体はビクともしないようである。

「だからこそ弱いなりに頭使ってやってるのさ、
 例えば尻尾攻撃に見せかけた【イカサマ】を使ったりとかな…!」
「【イカサマ】…!」
「そ、【イカサマ】…。
 使う方が弱ければ弱いほど威力が上がるっていう俺にピッタリな技さ、
 言ってて悲しくなるけどな…!」

自重気味に笑うワルビルだったが、
その目は強い光をたたえたまままっすぐにメタモンを見つめている。
その瞳に見つめられたメタモンはさっきまでの自信はどこにいったのか、
怯えるように身をすくませて微かに体を震わせている。

【イカサマ】、
ワルビルの言うとおり使い手の攻撃力よりも相手の方が強い時に、
その威力が上がるというトリッキーな技である。
だがいくら【つめとぎ】で力を上げたとはいえ、
たった一発まともに受けただけでここまでダメージがあるだろうか…?

「お前の体に一度取り込まれたときに感じたよ、
 俺達以外にも何匹も何匹もポケモン達を取り込みやがって…。」

その言葉にメタモンはぴくっとうつろな目でワルビルを見上げた。
もし…もしも自分の中に取り込んでいるポケモン達の力、
強いポケモン達の力に【イカサマ】の力が反応していたとしたら……。

「ひぃ…う…うわぁっ…!」
「一度だけ言うぞ、
 いますぐお前の中に取り込まれてるポケモン達を解放しろ…!
 じゃないとさっきの尻尾よりもきつい一撃を食らわせてやる。」
「ま…待ってくれよ…!
 そ……そんなこと言われたって!!」
「やっぱり…無理だっていうんだな…。」
「ひっ…! ゆ…許してくれよ…!」
「俺がここで許したって、取り込まれちまった奴らは元に戻らないんだろ…?」
「そ…それは……。」

そう、そんなこと言われたってメタモン自身にはどうすることもできなかった。
今まで取り込んできたポケモン達も、
そしてさっき取り込んだこいつの仲間だって、
もうとっくに消化されて彼の体に完全に取り込まれてしまっているのだ。

同じメタモンだったからこそ分離できたこいつならともかく、
すでに消化されてしまったものは、
どうやったってもとの形で出すことなんてできないのだ…。

メタモン自身にもどうするこてはできない、
それを感じ取ったワルビルはふぅぅっと息を静かに吐くと、
ギロリとメタモンの目を射すくめた。

「いいか、強くなりたいって考えるのは自由だ。
 だけど他のポケモンを犠牲にしなきゃ強くなれないっていうんなら、
 俺は絶対にそんな強さなんかいらない。」
「ひぃぃっ…!」
「この一撃はお前が取り込んだ奴らからのお返しだ、
 こいつでちったぁ反省するんだな!!」

そう大きな声でメタモンに一喝すると、
ワルビルの渾身のパンチが自分と同じ姿をしたメタモンの腹に振りおろされた。
そのあまりの衝撃に体をくの字に曲げたメタモンの口から、
「ぐぇっ」と声とも音ともとれるものが漏れると、
そのままぐったりと四肢を伸ばしたまま気を失い、
ぴくりとも動かなくなってしまった…。

後に残されたのは疲れたように荒く息を吐くワルビルだけで、
はぁはぁとやり切ったというように地面に手を突いていた…。

「ぜぇ…ぜぇ…。
 …ちくしょう……本当に少しは反省しろよな…。」

しゅううっと音を立てて元の姿に戻って行くメタモンを見ながら、
ワルビルは責めるような…だけども悲しそうな目でその光景を睨む。

ゴウカザルやリングマ、
それに他の取り込まれてしまったポケモン達の仇はとれたかもしれない…。
だけどいくらそんなことをしたって、
彼らの命までは戻ってこない…。
それに今回はこいつを止めることができたが、
本当に反省したか分からない以上いつこの力を悪用されるとも限らない…。

ワルビルは目を閉じて静かに深呼吸をする…。

「……仕方ないか、
 どうせもう…俺の方は手遅れなんだもんな……。」

ぐっと目を開けて何かを決心するかのように一度頷いた…。

「後始末…ちゃんとつけないとな…。」

そう静かに呟くと、
ワルビルは気を失ったメタモンに手を伸ばし、
その体を水をすくい上げるかのようにそっと抱き上げた。

※  ※  ※  ※

月の出る夜の森の中、
一匹の小柄な体のポケモンがぐわっと大きく口を開けると、
手に持っていた何かを口の中に滑り込ませ、そのままゴクンと呑み込んだ…。

苦しそうにゲホゲホと少しせき込みながらも、
呑み込んだ塊が喉を通り過ぎると、
小柄なポケモンは少しずつ呼吸を整えて、
お腹に手を当てながら集中するように動かなくなる。

やがてそのシルエットがまるで闇に溶けるようにぐにゃりと崩れ、
水のようにとろりと地面におちて水たまりのように広がると、
次第に森の中から動きがなくなり…そして静かになった…。


呑まれる恐怖

 

「うああ……あああ……。」
「その様子だと…本当に知らないみたいだな。」

ぶつんと見えていた光景が唐突に途切れると、
俺はどさりと崩れ落ちるように地面に座り込み、
見降ろすメタモンを茫然と見つめる…。
それに対してぽりぽりと頭を描くようなしぐさをしながら、
リングマの姿をしたメタモンはめんどくさそうに俺を見降ろす。
さっきまでのイライラとした様子はもう消えていたが、
反面俺のことをどうしようかと品定めするような目つきだ。

「言っただろ、俺達メタモンは取り込んだ奴の記憶も頂けるって。
 おんなじ原理で俺の見た光景をそのまんまお前に見せてやったんだ。」
「……。」
「そうそう、言っとくけどな…♪」

何も反応しない俺に対し、
メタモンはちっちっちと指を振って俺に詰め寄り、
その指でとんとんと俺の頭を軽く小突きながら、
ねっとりとしたからみつくような声で口を開く…。

「相手に自分の記憶を見せるなんてできんのは俺と同じメタモンにだけだ。
 普通のポケモンにはやったことねえし多分できねえ、
 お前に俺の記憶が見えたってことは……分かんだろ?」
「……。」
「お前がそのワニを取り込んでそいつの記憶と姿を頂いた、
 そしたらそいつには他にも仲間がいることが分かったわけだ。
 だからそのお仲間もまとめて頂いてやろうと思いついて、
 お前が連れてきたそいつらを俺が頂いてやった。
 …どうだ思いだしたか?」

信じられないことの連続で、
頭の中がどうにかなってしまいそうだった。

俺が…メタモン。
ゴウカザルやリングマを取り込んだこいつらと同じ…メタモン。
そんなはずはないと必死に頭の中で否定する、
だって俺は俺だ、メタモンなんかじゃ断じてない!
その証拠に偽物なんかじゃない、
ちゃんと今まで生きてきた思い出も何もかも覚えてる!
だってほら…、思いだしてみろよ…!
今朝だってゴウカザルやリングマと会って…、
そうだ、ルカリオにも会った!
ルカリオがなんか荷物持ってたり、
ゴウカザルやリングマに怒られたりもした!
ほら、大丈夫、全部覚えてる!
そうだよ、それにその前だって………その前だって……。

あれ…?

その前って何してたっけ…、
やだな、こんなときにど忘れなんかしてる場合じゃねえってのに…。
ルカリオと会う前に確か街をぶらぶら歩いていて…、
その前は…あれ…何してたっけ俺……?

思い返してみるまで気づかなかった。
自分の記憶がぷっつりと途切れていること…、
ルカリオと会ってその後みんなで話したその時までは思い出せる。
でもそれ以前のことがまるで霧でもかかったかのように思いだせなかった、
厳しかったギルド見習い時代のことも、
初めて探検した時のわくわくした気持ちのことも…。
何も…何もかもが霞んだようにでてこなくなっていた…。
なんで…なんでだよ…!

「そんな…俺…俺は…。」

ガンガンと痛む頭を両手で抱え込み、
必死に自分の思い出を思い出そうと頭を振り絞る。
そんな俺を目の前にいるメタモンが射すくめるような眼で睨みつける。

「信じたくねえって感じだな…、
 でもお前がメタモンだっていうのは間違いないぜ。
 現にお前の匂い、
 この洞窟に入ったころよりもどんどん俺達に近くなってるしな。」
「………う…うう。」

メタモンになる。
ゴウカザルやリングマが呑みこまれた時のあの悲しみや、
今まで一緒に冒険してきた思い出も何もかもを失くして、
この暗い洞窟の中に潜んで獲物を待つだけのメタモンに…。

「嫌だ……。」
「ん…?」
「そんな、そんなの嫌だぁぁぁ!!!!」

俺は無我夢中でメタモンにつかみかかった。
戦略も考えも何もないままに、
気が付いたら叫びながら奴の胸倉に飛びかかっていた。

なりふり構わない俺の突進に流石のメタモンも一瞬ひるんだように引いたが、
すぐに俺の体を大きな腕で取り押さえると、
そのまま自分の腹に押し付けるようにして締めあげた。

「っ、驚かせんなよこの野郎…!」
「がっ…がぁぁあっ…!!」
「なんかの偶然で取り込まれたお前の方の記憶が残って、
 俺達の仲間だったことを思い出せないみたいだな…! 
 こんなのは初めてのことだが、
 安心しな…俺が何とかしてやるからよ…!」

メタモンはにぃぃっと笑みを浮かべて締めあげる腕に力を込めると、
俺の体に何か違和感が走った…。
押さえつけられる俺の体にはメタモンのプニプニした肌が触れているが、
その肌が急に普通の水のように弾力が弱まり、
そのせいか腹に感じる圧迫感が弱まっていくのだ…。
何が起こっているのかと俺は自分の腹の方を見降ろし、
そしてギョッと目を見開いた。

そこにあったのは、
俺の腹と腕がメタモンのピンク色をした腹の部分に押しあてられたまま、
ずぶずぶとその中に沈み込んでいる光景だった。
呑み込まれた部分が徐々にピンク色と同化していき、
体内に呑まれた体の部分の感覚がマヒするように痺れ、
じんわりと生温かい感触が体を包み込んでいくのを感じた…。

「あ…あぁ…うわぁああっ……!」
「そんなに怯えんなよ、取り込まれるのは二度目なんだろう…♪」

必死の形相で呑まれてい体を引き抜こうと腹や腕に力を込めるが、
吸いこまれていく体はぴくりとも動かない…。
もがいても暴れても逃れることはできず、
ただただ自分の体がメタモンの中に引きずり込まれ、
そのたびに体中の力がどんどん抜けていくのだ…。
ぐにゅぐにゅと柔らかいメタモンの体が蠢き、
腹だけでなく肩や足、
そして長い顎まで呑み込まれるのにはそう時間はかからなかった。
あっという間に全身を呑み込まれ、
ワルビルはメタモンの中にすっぽりと収まってしまう…。
無理やり閉じられた口も少しずつ強引にこじあけられ、
悲鳴すら吐き出させずそこからもメタモンの体が侵入していく。
柔らかく味のない塊が止まることなく喉を鳴らして胃袋に落ちていき、
むにゅむにゅと揉まれるような気味の悪い感触が体中をはいまわった。

最初はもがくようによじらせたいた体から徐々に力が抜けていき、
閉じようと力を入れていた顎もだらりと弛緩するようにゆるみ、
まるで水の中を漂っているかのような感覚に包まれた。

「ごぼっ……ごぼぼっ…!」
「へへっ、そう暴れてくれんなよ♪
 くすぐったくて仕方ねえぜ!」

息もできず体の動きがどんどん鈍くなってゆく…。
体内からメタモンの顔を見上げると、
リングマの姿のその顔はにんまりと笑みを浮かべていた。

「お前には一度俺の中でとろけてもらうぜ…♪
 安心しろよ、
 この邪魔なワニの部分だけ俺が取り込み直してやって、
 メタモンのお前はちゃんと出してやるからよ…♪」

そうメタモンはケケケと楽しそうに腹の中の俺に声をかけてくる。
ぼーっとする頭でその言葉を聞いていたが、
どうやら俺は完全にこいつに取り込まれてしまうということらしかった…。
抵抗しようにももう体のどこにも力が入らず、
頭の中がふわふわと不自然に優しいまどろみへと包まれていく……。

「ワニの方にとってもいいことじゃねえか、
 俺の中にお前の仲間も全部入ってるんだからよ…。
 それに、すぐに他の知り合いだって入れてやるぜ…♪
 お前の記憶から強そうな奴をかたっぱしから頂いてやるさ♪」
「……。」
「そんじゃああばよ、俺の中でのんびりととろけてな…♪」

意識を失う寸前最後に見えたのは、
液体の姿へと戻りにんまりと楽しそうに笑うメタモンの姿だった。
それを最後に俺の視界は完全にピンク色の液体に包まれ、
ふっ…と眠るように落ちていった…。

眠い…それになんだか気持ちいい…。

自分の体が少しずつ少しずつメタモンと同化していき、
自分の中の記憶も同時に溶けて思い出せなくなっていくのを感じる…。
そうだ…俺…こうやって一度無くなったんだ…。
ゴウカザルから受け取った一つの依頼、
ただ洞窟の中を見てくるだけだっていう簡単な依頼で、
すぐに終わるだろうと高をくくってこの洞窟にやってきた。
…そして俺は一匹のメタモンに追い詰められ…呑まれた…。

その後どうなったのか…詳しいことは今も覚えていない…。
でもなんかの偶然かは知らないけど俺の意識は完全には消えないで、
だけど何してたのかも分からなくなって街まで戻って…。

そうして…ゴウカザルとリングマに会っちまったんだ…。

あの時俺が街に戻らなければ、
少なくとも二人まで犠牲になることは無かった…。
俺一人だけやられていれば、ゴウカザルも…リングマも…、
きっと無事でいられたんだ。
それだけじゃない…。
この洞窟に来てからも結局俺のせいで、
俺の不注意のせいで二人とも取り込まれてしまったんだ…。
俺のせいで……俺の…。

そこまで考えたところでふいに俺は誰かに頭をゴツンと殴られた、
驚いて…顔をあげて…そして…そして…。

『ゴウカザル…リングマ…!』

そこにはしょうがない奴だと言った様子で腕を組むゴウカザルと、
いつものように真一文字に口を結んで俺を見降ろすリングマがいた…。
メタモンなんかに真似しきれない、
俺の記憶の中にある姿そのままで二人はちゃんとそこにいた。

『二人とも…なんで…!』

そこまで言いかけたところで理解した。
ここはもうメタモンの体内の中、
先に取り込まれていた二人がいない方がおかしかった。
今はしっかりとした姿で俺を見つめている二人だけど、
その姿が時々ぶれるようににじんでいる…。

恐らく俺の時とは違って、
もう二人とも完全にメタモンに取り込まれるまで時間がないのだろう…。
静かにたたずむ二人を見て、
俺はぎゅっと拳を握りしめて深々と頭を下げた。

『ごめん…二人とも…。』

俺は懺悔するように二人に向かって話しかける…。

『俺…俺…今まで二人と一緒にいた…本物のワルビルじゃない…。
 本当の俺はとっくに別のメタモンに呑まれて…、
 今ここにいる俺はそのメタモンの【へんしん】でできた…
 偶然記憶だけ残った偽物みたいなものなんだ…。』

二人は黙って俺の話を聞いている…。
いつも…いつだってそうだった、
俺が何か失敗とかして、
しどろもどろに謝っている時もこうやって静かに聞いていてくれてたんだ。
その思い出を覚えていることが、
今ここにいる自分の存在を確かなものにしてくれている気がして、
さっきまであんなに不安だった心が少しだけ落ち着いてくるのを感じる…。

『だけど…例え偽物じゃなかったとしても、
 二人を巻き込んで…こんな目にあわせちまったのは俺のせいだ。
 謝って許してもらえることでも…、
 もう…謝るのだって遅すぎるかもしれないけど…本当に…ごめん。』

俺の目からこぼれる涙がメタモンの体に溶けて消えていき、
俺はぐしぐしと目元をぬぐって涙を拭く。
最後に謝ることができたよかった、
二人にきちんと自分の言葉で謝れて本当に良かった。
そうふっきろうとして二人を見ようと顔を上げたところで…。

思いっきりゴウカザルに鼻ぐいぐいとを押されていた。

『イデ、イデデデデッ!』

その痛みにゴウカザルの手を振り払い、
何をするんだと声を荒げて言い返そうとすると、
ゴウカザルは不敵そうに笑みを見せながら俺を見ていた。
痛む鼻を押さえて不思議そうに見つめ返す俺に、
リングマがぽんぽんと肩を叩き、そしてやんわりと首を振った。
「気にするな。」
二人の表情がそう語りかけているように見えた。

そして二人ともニッと明るい笑みを見せながら、
すぅぅっとピンク色の世界に溶けるように消えていった。

『……ありがとうな、ゴウカザル、リングマ…。』

もう俺のそばに二人はいない、
だけど…決して消えてしまったわけじゃない。
俺はすぅぅっと深く息を吸い込むと、
キッと見据えるようにこのピンク色の世界を睨みつけた。

このままこうしていれば、
俺もすぐ二人と同じところに行けるのかもしれない。
わざわざ今更抵抗したって意味なんてないのかもしれない。
だけどこいつを…この凶悪なメタモンを野放しにしておけば、
きっとまた俺達みたいな犠牲者が出てきてしまう。
だから俺は…まだ消えちまうわけにはいかなかった…。

『二人とも…ちょっとだけ待っててくれよな。』

そう小さく力強く呟き…、
俺の意識は再び緩やかなまどろみの中から抜け出していった…。

垣間見た過去
 

どれくらいの時間がたったんだろうか…。
外の光の入らないこの洞窟の中では、
もう時間の感覚すらよく分からなくなっていた。
もう夕方ぐらいにはなったのかな…?
もしかしたら真夜中なのかも。
足は筋肉痛みたいに熱を持って痛むし、
喉もからからに乾いて舌がスポンジみたいになっている…。
でも疲れと緊張のせいか、腹だけは全然減ってこない…。
俺…まだ生きてるよな…?
………うん、まだなんとか生きてるらしい…。

足を投げ出して、
岩壁に背を預けるようにもたれかかりながら、
俺はぐったりと洞窟の中で座り込んでいた。
真っ暗な洞窟の中で俺の呼吸音だけが静かに反響するように響いている、
たいまつはリングマのバッグに残っているけどつける気にはならない。
こんな暗闇で明かりをともせば、
それこそあいつがすぐにここを見つけてしまうだろう。
もっともただの時間稼ぎにしかならないだろうが……。
ここは洞窟のどのあたりなんだろうか?
道順も確認せず滅茶苦茶に走ってきたから、
もう出口がどっちの方向なのかも分からない…。
袋小路みたいに行き止まりになったこの場所には、
誰かの探検バッグが中身をぶちまけられたように転がっている。
恐らくこのバッグの持ち主も、あいつにやられた犠牲者の一人なんだろう…。

俺はこの洞窟から出ることができるんだろうか、
それともこのバッグの人みたいに奴に呑まれるんだろうか…。
洞窟を下ったり登ったりした感触はほとんどなかったから、
壁伝いに歩けばどうにか出口まで戻れるかもしれない、
だけど……。

「リングマ……ゴウカザル……。」

喉の渇きのせいでかすれた声で大切な仲間の名前を呟く。
今あの二人がいてくれたらどんなに嬉しいか、
強さなんて抜きにしたってどんなに心が落ち着くか…。
でも…もう二人はいない。
ゴウカザルも…そしてリングマも…あいつに…。

ぐすっと目からこぼれてきた涙を指ですくい上げて、
漏れそうになる嗚咽を押し殺すように奥歯を食いしばる。
でもあふれ出てくる感情までは歯で食いしばったって止められなかった。
喧嘩したりはたかれたりしたこともあったけど、
本当に大切な…大切な仲間たちだったんだ。
なのに…こんな別れ方なんてあるかよ!
もっとたくさん話したり、たくさん冒険したり…。

「もっと…一緒にいたかったよぉ…。」

投げ出した足を抱えるように腕で覆い、
俺は顔を抱えた膝の間にうずめると、
ひっくひっくと泣きじゃくる子供のように喉を鳴らした。
…その時だった。

……ぺたっ…ぺたっ…ぺたっ……。

俺の押し殺した泣き声に混じって、
何かが近づいてくる音が聞こえてきた…。
その音にぴくっと身を震わせながら、
ゆっくりと顔をあげて洞窟の奥の暗闇をひきつった顔で凝視する。

遠くの方で聞こえていた足音が少しずつ少しずつぺたぺたと近づいてきて、
ぴたっとその足音がすぐ近くで止むと、
ぬぅっと岩壁の角から見知った顔が恐る恐るという様子でこちらを覗き込み、
俺の姿を見つけた…。

「よかった、ここにいたのか…!」

ふぅっと安堵の息を吐きながらこちらに姿を現すと、
そいつは俺の方に近づいてくる。
その表情は安心したと言わんばかりに静かな笑みを浮かべ、
俺に立ち上がれと差し出すように肉球のついた大きな手を差し伸べた。

「お前が無事で本当に良かった。
 あの後何とか隙を見て奴の体から這い出ることができたんだ、
 もちろんゴウカザルも一緒にな…!
 ゴウカザルの方は先に出口を確保しているはずだ。
 ほら、早く一緒にここから逃げ…。」
「…黙れ。」

笑顔のまま話しかけてきたそいつとは対照的に、
ギロッと睨みつけるように言う俺の様子に、
そいつはきょとんとした表情になる。
最初はなんでそんなことを言うか分からないと言った顔だったが、
すぐに「ああ…。」と合点がいったように笑顔に戻る。

「俺が偽物と思ってそんな怖い顔してるのか…。
 安心しろ、俺は間違いなくほんも……っ!?」
「それ以上…リングマの声でしゃべんじゃねえ!!」

ビュンッと奴の顔めがけて【どろかけ】の泥が放たれ、
すんでのところで顔をそらせ回避する。
ぎりりっと牙を鳴らしながらそいつを威嚇し、
俺はふーふーと興奮したように鼻息を鳴らす。

俺の言葉にそいつは一瞬無表情に俺の目を見返すが、
さっきのようにまたふぅっと息を吐いて…、
そしてにぃぃっとあの人を小馬鹿にするような笑みを浮かべた。

「どこで分かった?
 …つっても警戒してない方がおかしいか…♪」
「…俺の知ってるリングマはてめえみたいにぺらぺらしゃべることも、
 うわべだけ笑うなんてこともしねえよ…!
 それにあんな気味悪い足音もな…!」
「足音か…それは気にしたことなかったな、
 今度からは気をつけねえと。」

強く奴の顔を睨みつけながら、
俺はぎゅっと拳を握りしめて戦闘の構えをとる。
たいしてメタモンの方は余裕そうな表情で悠然とたたずみ、
リングマの姿のまま俺の方をにやにやと見ていた。

そっくり…いや瓜二つといっていいぐらい、
目の前に立つメタモンはリングマの姿を写し取っていた。
大柄なその体つきや、
ちょっと特徴のある目の形もいつも俺達と一緒にいたリングマと同じ…。
だけど漂わせてる雰囲気や今の奴の表情からは、
あの頼りになる仲間の影など微塵も感じられなかった。

背後から不意を突かれないようじりじりと壁を背にしながら、
メタモンに向かって声を荒げる…。

「…返せよ!
 リングマもゴウカザルも…今すぐ二人を返せよ!!」
「それが無理なことぐらい分かってんだろう、
 …っていうかいつまでやるんだこんなことを…よっ!」
「……!?」

メタモンは俺に話しかけながら少し体勢を低くすると、
その姿を素早くぐにゃりとゴウカザルに変え、
俺に向かってタックルするように飛びかかってきた。

一瞬にして距離を詰められて反応の遅れた俺に、
奴の肘鉄がメキッと音を立てて俺の腹に食い込み、
「がはっ…!」と痛みと呻き声が混じったような音が俺の口から洩れる。

あまりの痛みに腹を押さえ逃げようと横に飛ぼうとするが、
それも先に読んだかのように奴はくるんと回転するように俺の側面に回り、
一瞬形が崩れてぐにゃんとリングマの姿に戻ると、
力を込めたパンチが俺の下あごに容赦なく叩きこまれた。
受け身もなにもあったものではなく壁にたたきつけられ、
バキィッと嫌な音が洞窟の中にこだまし、
俺の体はずるっと壁に沿って落ちてうつぶせに倒れ込んだ。

口の中を切ったらしく鉄みたいな嫌な味がこみ上げてきて、
リングマの姿のメタモンがその大きな足で、
俺の背中をぐいっと踏みつぶしていた。

歯が立たない悔しさにぎりりっと牙をきしらせるが、
そもそもこいつに勝てる理由がなかった…。
俺と他の二匹…リングマ・ゴウカザルとの決定的な能力の違い、
悔しいけどそれはバトルの能力だった。

野生ポケモンであれおたずねもののポケモンであれ、
問答無用で叩きつぶしてきた二匹とは違い、
元々俺は直接戦うなんてことよりは、
洞窟の中の探索や仕掛けを解いたりする方が得意だった。
ダンジョンの道なりや内部の構造を、
種族がら他の二匹よりは発達した目と耳で調べ、
戦闘以外で二匹をサポートするのが俺の仕事。
もちろん全く戦えないということは無いが、
スピードならゴウカザル、パワーならリングマと、
残念ながらどっちも二匹に比べたら悲しいくらいに敵わなかった。

その二匹が勝てずにやられてしまった相手…。
さらに物理攻撃まで効かず、
今まで取り込んだ犠牲者たちの力まで使えるあっては、
どうやったって俺に勝てる要素は全く残っていなかった。

「ぐふっ……げほっげほっ!」

熱を持ったように強く痛む腹と顎を両手でかばうように押さえ、
俺は四つん這いにはいつくばったまま悔しくてただただ地面を見つめる…。

近くにいるメタモンの気配にぎりっと睨むように顔を上げ、
さっきと同じように奴の顔めがけて【どろかけ】を放つが、
見透かされていたかのように奴はひょいっとそれをよけてしまう。
そしてそのまま奴は俺の首をつかむように体ごと持ちあげ、
ビタンッと音を立てて壁に押し付けられた。

「かっ…はっ…!」
「たくっ、ちっとはおとなしくしろよな。」

力なく四肢をだらりと垂らしている俺を、
リングマの姿のメタモンは睨みつけるように俺を射すくめる。
唯一の遠距離攻撃の【どろかけ】も、
宙にいるこの状況ではもう放つことはできなかった。
…いや、それ以前に奴に直接つかまれてしまっているこの状況。
いつそのまま奴の体内に取り込まれてもおかしくないこの状況では、
完全に俺の詰みなのだろう…。

メタモンのその目に「お前には何もできない」と言われているような気がして、
知らずに俺の目からまたぽろぽろと涙がこぼれていた…。

「ちくしょう……ちくしょう……!」
「…あのなぁ、本当にいつまでこれ続ける気なんだ?」
「……え…?」
「…もうあいつらいなくなったんだし、
 いつまでこれを続けるのかって聞いてんだよ…!」

『何のことをいったるんだこいつ…?』
言葉の意味が分からず俺は訝しむようにメタモンを見る。
メタモンはリングマの声と姿のままイライラとした表情で俺の顔を睨みつけ、
少し語気を荒くしていた。

「…な…なにをいって…?」
「…はぁ?
 お前なぁ、忘れっぽい奴だと思ってたけどどこまですっとぼけてんだよ…。
 作戦どおり獲物も頂けたのに、
 一人で勝手にこんなところまで来たと思ったらさぁ…。」
「…だ…だから作戦ってなんだよ…!
 それに、今日初めて会ったお前に忘れっぽいとか言われたく…ぐぁっ!?」

意味が分からず困惑する俺にかまわず、
メタモンはやれやれと言った様子で首を振りながら口を開いてくる。
だがいくら言われても俺はこんな奴と会ったことも、
ましてや作戦だなんだって建てたことだってない。

だがこちらも声を荒げて否定したところで、
メタモンの腕が再び強く俺の体を壁に押し付けてきた。
ギリリッと嫌な音を立ててしまってくるメタモンの腕に、
宙ぶらりんな足をバタバタと動かして逃れようとするが、
そんな俺を疑るような目つきでメタモンが顔を近づけてくる。

「……おい、お前本気でそんなことを言ってるのか?
 初めて会うも何もそんなわけあるわけないじゃねえか。」
「な…なんで俺がお前と会ってなくちゃいけないんだよ…!」
「なんでってお前……。」

「俺と同じメタモンじゃねえか。」

当たり前だろとでも言わんばかりのメタモンの言葉に、
俺は石のように硬直したまま目を見開き奴の顔を見つめる。
今こいつはなんて言った?

俺が……メタモン…?

訳のわからないその言葉に意味も分からず動揺する俺に、
奴はむっとしたような表情で口を開く。

「何不思議そうにしてんだよ、
 お前があいつらをここまで連れてきたんだろ?
 そういう作戦だったじゃねえか。」
「俺が…ゴウカザルとリングマを…?」
「…一週間前に今お前が変身してるそいつを取り込んで、
 そいつが街に他の仲間がいるって記憶を持ってたから
 利用してやろうって作戦だっただろうが。
 何言ってんだお前。」
「…う…嘘だ! そんな…でたらめ……っ!?」

混乱したように声を上げる俺を地面に落とし、
メタモンはいよいよ勘ぐるような目つきで俺の顔を覗き込んでいる。

しばらくそうしていると、
メタモンは軽く力を抜いたようにすぅぅっと元のピンク色に戻り、
見た目的にはピンク色のリングマの姿になった。
そしてリングマの形の大きな手を倒れている俺の頭に伸ばすと、
ぷにっとするその手のひらを俺の額に当ててきた。

その瞬間、
エスパーポケモンの技でも食らった時みたいに一瞬頭が強く揺さぶられ、
チカチカとした光の中に何かの光景が見えてきた…。

「うぎゃぁぁぁ…!!! た…助け……あぐっ……うぁぁぁ…!!!」

真っ暗な世界の中でどこか聞きなれた声の悲鳴のようなものが響き、
視界の端に誰かが転倒するように転がった。
誰だろうと近づいてみようとしてみるが、
俺の体はピクリとも動こうとしない。
うまく例えが見つからないが、
まるで夢の中でどんなに動こうとしても体の自由がきかず、
見ている映像だけが勝手に進んでいってしまうのと似ていた…。

たいまつの明かりだろうか、
オレンジ色の炎の揺らめきが跳ねるように地面に転がりほのかに周囲を照らす。
あたりの地面には細かな道具もぶちまけられるように散乱しており、
地面に転がる小型の探検バッグが、
いまいるこの袋小路の場所に落ちていたものと一緒のようであった…。

その誰かはうつぶせに倒れたままもがいていたが、
必死に立ち上がろうとしたその時、
そいつの体にピンク色をした液体が大量に覆いかぶさってきた。
それはここまで何度も見てきたメタモンの攻撃と同じだった。
液体の形をしていたメタモンは触手のように体をうねうねと変形させ、
そいつの体を何重にも巻きつけるかのように呑み込んでいく。
肩や腹にまとわりついたそれを引きはがそうと、
そいつは腕を振り回しブンブンと体をふるっていたが、
あっという間にわずかに自由だった腕も足もメタモンの中に取り込まれ、
まるで高い高いのように宙高く持ち上げられた。

「ひぃ……く…来るなぁ……ぐぅっ…ごぼっ…ごぼぼっ!!」

涙交じりの声で悲痛に叫ぶ獲物を、
いたぶるかのようにピンク色の触手がにょろにょろと蠢いていると、
ギュウッと一斉に残ったそいつの顔に覆いかぶさり、
絶叫が途中で溺れたようにくぐもった声に変わった。
全身をメタモンのピンク色の体に取り込まれた被食者は、
それでも必死にもこもこと体内で四肢をばたつかせるが、
その影が徐々に徐々に溶けるように薄くなってゆく…。

「ぶぁっ…あがっぐぅぅっ…がああああああぁぁっ………っ……。」

メタモンの体内からあがくような最後の断末魔が響きわたると、
「ゴクン…」という音とともにその姿がメタモンの中にかき消えた。
いままで起きていた騒ぎが嘘のように静まり返り、
シュルンと小さくまとまったメタモンは音も無く地面に落ちると、
もこもこと蠢き姿を形成し始める…。

あっというまに液体だったメタモンの姿が立体的に変化し、
足…腹…腕と生き物の体の形をとっていくと、
ヒョロっとした二足歩行のポケモンの姿に【へんしん】した。

姿を変えたそいつはしばらくきょろきょろとあたりを見回すと、
何かを発見したように首を上げ、
ぺたぺたと足音を立ててこちらに近づいてきた。

そしてトントンとノックするように俺の体…、
正確には俺の視界がある辺りのお腹の辺りを叩く。
すると俺の視界はゆっくりとと回るように横へと転がり、
洞窟の中にうっすらと光が差し込んできた。

外の光…朝日か昼の光かは分からない、
どうやら俺がいる場所の裏はそのまま外へとつながっているらしい…。

だがそれを純粋に喜ぶことは今の俺にはできなかった。
なぜならそうやって照らされたそのメタモンの姿は…。

静かな笑みを浮かべたワルビルの姿だった。


犠牲者二匹目・・・

ゴウカザルの姿をした何かが笑みを浮かべたのと同時に、
そいつは力任せに【ほのおのパンチ】を繰り出し、
”ぶんっ”と風を切る音とともにワルビルの頬を殴りつけた。

受け身もとることができずに直撃を受けた体は、
勢いよく自分と反対の方向に吹き飛ぶと、
大きな音を立てて壁に叩きつけられる。
叩きつけられたワルビルの口からごぼっと空気の塊が洩れ、
崩れる落ちるように体が壁をつたい地面に落ちた。

「がはっ…う…げぇっ…!?」
「……くらえっ!!」

ワルビルの口からうめくような声が聞こえてくる。
ダメージは追っているみたいだが何とか無事なようだ…。

それを確認すると同時に、
俺は近くに転がる大岩に両手をかけ、
「ふんっ」と力を込めると【かいりき】の技によってその大岩を持ち上げる。

「……ワルビル、行くぞ!」

そう大きな声を上げながら、
倒れているワルビルの方を見ているゴウカザルに向かって、
”ぶんっ”と風を切り容赦なく大岩を投げつけた。
ワルビルの方は痛みで顔をしかめていたが、
必死に転がるように体を回転させてなんとかゴウカザルから離れる。

無事に逃げられたことに安堵しながら、
確実にダメージは与えられたと確信し、
飛んでいく大岩を見て自分は小さく笑みを浮かべた。
…だがゴウカザルの姿をしたそいつは、
勢いよく飛んできた大岩にちらりと目を向けると、
ワルビルを殴りつけた拳をそのまま素早く横に薙ぎ払い、
裏拳の要領で飛んできた岩を粉々に砕いてしまった。

「……っ!」
「なっ…!?」

砕かれた岩の破片に目をむき絶句し、
自分と同じぐらいワルビルも目を見開いて驚いていた。

ほとんど俺の身長と変わらないぐらいの大きさのあった岩が、
腕一本で…しかも背後からの不意打ち攻撃を軽々と払いのけられてしまうなんて、
普通に考えたらありえないことであった。

だけど、俺達が驚いているのはそのせいだけでは無い。

「……いまの動きは。」
「ゴウカザルの動きと……似てる…?」

ごくっとつばを飲み込みながら呟く自分に対して、
ワルビルは痛めた体をかばうようにして起き上がりながら、
二匹で挟むようにゴウカザルの姿をしたそいつを警戒しながら囲む。

見た目は自分なんかよりももっと華奢で、
見比べればどちらかというとヒョロっとした体形のゴウカザルだったけど、
流石はかくとうタイプというべきか、
単純な力比べでは自分と五分五分の力を持っていた。
もちろん純粋なパワーでは劣っているといつも言っていたけど、
動くものを捕らえる動体視力や素早いフットワークを生かしたその攻撃力は、
飛びかかってきた敵を一撃で昏倒させるぐらい強力で、
とても自分にもワルビルにもマネできなかいと思っている。

でもこいつはそんなゴウカザルの、
攻撃のタイミングや構えのしぐさそのちょっとした動きのクセなんかまで同じで、
さっき気がついた炎の違和感がなければ、
分からなかったかもしれないというほどだった。
偽物だと気づいた今でも、気持ち悪いくらい本人とそっくりなのである。

ちっくしょ…てめぇ……、ゴウカザルに何をしやがった!」
「ゴウカザル…? ああ、こいつのことかい。」

構えた拳をぎゅっと握りしめて、、
ワルビルが歯をギリリッと軋らせながらゴウカザルの姿をした敵を睨みつけ、
吠えるように声を荒げると。
ゴウカザルの姿をしたそいつはにやにやと小馬鹿にするような笑みを浮かべ、
腰に手を当ててしゃべった。

その声も聞きなれた低く張りのあるゴウカザルの声だが、
自分の知っている彼はこんな人を嘲るような顔はしないし、
ましてや何の脈絡も無く仲間に攻撃をしてくるようなポケモンでもない…。
だからこそこいつがニセモノであることは間違いないなく、
そこには確信すら持っている……だが…。
それなら本物のゴウカザルはどこに…?

そう考えながらゴウカザルの姿をした敵を睨みつけていたが、
相手はそんな自分のことを見下すような笑みを浮かべながら、
ポンポンと自分のお腹を叩いた。

「もらったよ、本物のこいつはね…♪」
「え……、もらっ…た…?」
「そう、 操ってるとかそんなんじゃない…体丸ごと頂いちゃったのさ。
 オレの【へんしん】の素材にね…。」

そうゴウカザルの姿をした何かが楽しそうにお腹をさすっていると、
ふいにその体がトロッと形を崩すように蠢き始め、
茶色と白を基調とした彼の体全体が薄いピンク色をした液体へと変わっていく…。
むにゅむにゅと音を立ててゴウカザルが変わっていくその悪夢のような光景に、
ワルビルは戦慄するように口をわなわなと震わせ、
自分も背その気味の悪さに眉間にしわを寄せた…。

ようやく液体の動きが落ち着いてくるとそこにはもうゴウカザルの姿は無く、
ピンク色の巨大な液体がもごもごと洞窟の床と壁を侵食し、
その中心あたりにまるで点と線で描いたラクガキの様な顔が浮かび上がると、
にぃっとほくそ笑むような笑みを浮かべていた。

「こ…こいつは…!」
「……メタモン。
 他のポケモンや物そっくりに姿を変える…へんしんポケモン…!」

ゴウカザルの姿に化けていた相手の正体が分かり、
俺もワルビルも後ずさるように少しメタモンから距離をとる。
だがメタモンの方が行動が早かった。

メタモンはにゅうっと自分の体からうねうね動く触手のようなものを二本伸ばすと、
”ビュンッ”と振りまわすように俺達の方に素早く伸ばし、
自分の足とワルビルの首にぎゅるんと巻きつけてくる。

「うぐっ…!!」
「がっ…!?」

巻きつけられた触手に地面へと叩き伏せられて、
衝撃と痛みに思わず呻き声が漏れた。
ワルビルの方も腹から地面に叩きつけられたらしく、
さっきのダメージもあってか苦しそうにお腹を押さえている。

こいつの種族…メタモンはこの辺では見かけないポケモンではあるが、
【へんしん】することでいろんなポケモンに化けたり、
その力を使うことができるということは以前聞いたことがあった。
だが【へんしん】してなくてもこんなに強いとは正直予想外である。

クラクラする頭で顔を見上げてメタモンの方を見てみると、
奴はあのにやにやと笑った顔のまま見下すように俺達を見ている。

「そっくりだっただろ?
 頭の炎まではマネしきれなかったけど、
 あんた達完全に俺のことを仲間だと信じてたもんなぁ♪」
「げほっ…、ぐぅっ……!」
「あんたらも隙を見て呑み込んでやろうと思ってたけど、
 まさかこんな早くにばれちゃうとは思ってもみなかったぜ。
 とぼけた顔して鋭いじゃんあんた…♪」

姿は本来の物に戻ったものの、
いまだにゴウカザルの声でねちねちと話しかけてくる。

”ギリギリッ”と足に巻かれた触手が強く締まっていき、
そのまま宙づりのようにぶらーんと逆さに持ち上げられる。
我ながら自分の体重は相当な重量だと思うのだが、
それを苦とも思わず軽々と持ち上げていることに、
歯を食いしばりながらメタモンの顔を睨みつけた。

「へへへ、さぁってと…。
 今度はどっちから頂いてやろうかな…♪」
「……ぐっ、俺達を呑み込んでどうするつもりだ…!」
「さっき言っただろう、【へんしん】の素材にするって…♪
 そもそもオレ達の縄張りに勝手に入ってきたんだ、
 あんたらに文句言う筋合いはないぜ。」
「な…縄張り…?」

ぶらんぶらんと自分の体を揺らしながら話すメタモンが、
少し真剣そうな表情に変わる。

「そ、ここはオレ達メタモンの縄張りさ。
 もうずーっと昔っからな。」
「……嘘をつくな、
 この辺にメタモンが生息してるなんて…聞いたこともない…!
 だいたいこの洞窟だって今までに何人も人が入ってるって…。」
「人が消えちまうんだろ?
 『かみかくしの洞窟』なんて騒いでさ…。」
「……!」

メタモンの顔が得意そうに笑うのを俺は驚いた眼で見つめ返す。
こいつは野生のポケモンの中では知能がある方らしいが、
だからって街やギルドで噂になっていたことを、
野生のこいつが知るはずはない。
なんでこいつがそのことを…?

俺の驚いた表情にメタモンは楽しそうに笑い声をあげた。

「はははっ、どうしてオレがその噂を知ってるのかって顔だな♪
 全部知ってるぜ?
 この洞窟に入った奴が一人残して消えちまうってのも、
 この洞窟が『かみかくしの洞窟』って言われてるのも。
 …だって、俺達が考えた噂なんだからよ♪」
「……な、なんだと!?」

信じられない話に俺もワルビルも目を見開いて驚愕する、
この洞窟の噂が…こいつの作った話だと…?

「最初の一匹は、たまたま迷い込んできた奴を頂いただけさ。
 オレ達メタモンは丸ごと取り込んだ相手の能力もそうだが、
 言葉づかいや性格…そして記憶なんかもそっくりそのまま取り込めるんだ。
 どうやら最初に取り込んだ奴はお前らの住む街から来たらしくってさ、
 そのことが分かった時にぴーんと思いついたんだ。
 上手く利用すれば、大量の獲物を苦労せずに誘いこめるんじゃないかってね…♪」

手品の種を楽しそうに明かす子供のように、
メタモンはクックと笑いながら宙づりの俺に話しかけてくる。

その声は最初はゴウカザルの声そのものだったが、
次第に聞いたことも無い誰かの声が不協和音のように混ざり合う。
しかもそれは一人や二人の声では無い…、
若い声もりりしそうな声も…メスポケモンから子供の様な声もあり、
その気味悪さに自分はぞっと身をすくめる…。

「俺が取り込んだそいつの姿であんた達の街に言って、
 ここのことを不思議なことが起きる洞窟だって言いふらしたら、
 一週間もしないうちに何人かわざわざ話しにつられてきてくれたよ。
 あの時の奴らの最後の顔なんて見てて滑稽だったぜ、
 み~んな混ざり合って俺の中でひとつにしてやったけどな♪
 ま、もう影も形も無いけど。」

ケッケッケと笑いながら話すメタモンに、
自分は腹の立つものでも見るかのように歯を食いしばり睨みつけた。

正直、あまり怒るとかそういう感情に疎いと思っていたが、
ここまで話を聞いていて気分の悪いポケモンは初めてだった。
探検隊という冒険家業をやっていれば、
それなりの悪事を働くポケモン達と何度か関わり合いがあったが、
その中でもだんとつにこいつの話は聞いていてイライラしてくる。

ワルビルの方も同じ気分らしく、
地面に押さえつけられながらもメタモンを睨みつけていた。

「……お前は、
 そうやって何の罪も無いポケモン達をとりこんできたっていうのか…!」
「てっめぇ…いくら野生のポケモンだからって、
 やっていいことにも限度があるだろ…!!
 ……うぉっ…がぁぁっ!?」

俺の言葉に合わせるように声を荒げるワルビルを、
メタモンは触手ごと持ち上げて再び壁に叩きつけた。
しかも今度はそのまま降ろそうとせず、
首を縛りつけた触手でぐいぐいと壁の方に押し込んでいき、
ワルビルの体が石の壁に押し付けられるように圧迫されていく。
締め付ける”ギリギリッ”という音が響き、
ワルビルがやられる姿に耐えられず、
俺は必死に逆さづりのままもがくが、
メタモンは嫌らしく笑いながら俺の顔を覗き込んできた。

「……ぐっ、くそっ!
 離せ、今すぐワルビルを離すんだ!!」
「慌てんなよ、どうせあんたの仲間はもう手遅れなんだ。
 大人しくしてれば、苦しくないように俺の力にしてやるぜ?」
「ふざけるなっ…!!」
「ふざけてなんかねえけどな、ほらよっと!」

そう言いながらすぅぅっとメタモンは軽く息を吸い込むと、
リングマを吊り下げている触手がどんどん熱くなっていき、
しゅうしゅうと音を上げてまるで炎に縛られているかのようになってゆく…。

あまりの熱さと痛みに口から苦悶の声が漏れると、
メタモンはそれを見てにやっと一瞬笑みを見せた。
その笑みに反応する間もなく、
今度は本物の炎が触手から燃え上がり、俺の体を焦がすかのように焼いた。

それがゴウカザルの【かえんぐるま】の炎だということに気づくが、
縛られたままでは抵抗も何もすることはできず、
ただただ燃え盛るような痛みが体中を蹂躙していった。

「ぐがっ…ああぁぁぁぁっ…!?」
「リングマッ!!」

たいまつの明かり以外に真っ暗な洞窟の中が紅蓮の炎で照らし出され、
遠くに見えるワルビルの顔が悲壮な顔に映し出される。
ひとしきり俺の体を焼いた炎はぶすぶすと音を立てながら静かに消えると、
俺を縛っていた触手の力が抜け、
体は自重に任せてずるりと地面へ落とされた。

体中がじんじんとやけどの傷で痛み、
まさにズタズタという状態がぴったりな姿だなと我ながら思った…。

「ケケッ、あんたはそこで少し寝てろよ。
 オレはとりあえずあっちに用があるからよ…♪」

かすれる意識の中でメタモンの声が聞こえてくると、
俺はピクっと耳を動かし引きずるように顔をあげてメタモン方を見る。

奴はダメージを負った俺の方から離れ、
いつのまにかゴウカザルの姿に戻りワルビルの方へと近づいていく。
ワルビルの拘束は解かれて俺と同じく地面に突っ伏しているが、
その体はぐったりと力がなく自分と同じく意識がもうろうとしているらしい…。
そんな彼をたたみかけるかのように、
敵の腕は再び拳に炎が宿り始めている。

恐らく敵はワルビルにとどめを刺し、
あいつの方から取り込んでしまう気なのだろう……。

『仲間がやられる』、
そう考えると自分の全身の毛が”ざわっ”と逆立つのを感じた…。


彼にとって一番苦手なこと、
それは自分の目の前で誰かが傷つくことだった。
そしてそれは別に怪我をするとか襲われるとか、
肉体的なことだけでは無かった。

彼は誰かと一緒にわいわい騒ぐよりは、
一人で仲間達の賑やかな様子を見ている方が好きである。
なぜって?
離れたところで見ていれば、
傷つくような出来事が起こりそうなときに止めに入れるからである。
彼の仲間、ワルビルもゴウカザルもよく二人で話しこんでいるが、
ちょっとしたことで口論になることが多かった。
あくまで口喧嘩というぐらいのレベルではあったが、
例え本気じゃない喧嘩だったとしても、
何かのきっかけで大喧嘩に発展するかもしれない。
もしかしたら暴力に発展して、怪我をしてしまうかもしれない。
そして…もしも仲直りできなかったら…?
そうやって大切な友人達の仲が壊れてしまうことが恐かった。

もっともそんな心配は早い段階で杞憂に終わった。
なんだかんだ言っても二匹はとても仲が良く、
ワルビルはゴウカザルのことを心配してるし、
それはゴウカザルにしても同じことだった。
二人ともお互いを信頼しているからこそ、
軽口を叩きあいお互い遠慮のない言葉をぶつけていたのだった。
いわばじゃれているのとそんなに変わらないのである。

そしてそんな二人とも自分のことまで目を向けてくれた。
離れて見ているだけの自分に時折声をかけ、
じゃれあいの中に混ぜてくれる。
無口でぶっきらぼうで分かんない奴だなと背中を叩かれながらも、
上下ではなく対等の存在として…仲間として接してきてくれた。
だから自分は一歩距離を置いたところでいつも仲間を見守り続け、
なにかあったら身を呈して止めるつもりだった。
自分が傷つくことは耐えられる…、
でも仲間が傷つくのを見ることだけは絶対に嫌だ…。
だから何があっても自分の目の前にいる仲間だけは守ろうと、
そう心に誓っていた。
…誓っていたはずだった。

だからこそ、
今の状況は自分自身の誓いを微塵に砕かれたのと同じだった。
守ると決めた仲間のゴウカザルをこんな奴に奪い取られ、
さらにもう一人の仲間であるワルビルさえ、
奴の毒牙にかかろうとしている…。

嫌だ…、もう仲間がいなくなるのなんて嫌だ…。
絶対にワルビルを…仲間を助けたい…、
たとえ自分がどうなったとしても……。

それが掠れる意識でリングマが立てた新たな誓いだった…。


「……ぐっ、がああああぁぁぁぁっ!!」

吠え声をあげ痛みを振り払うように立ち上がり、
俺は全力で突進するようにゴウカザルの姿をしたメタモンに飛びかかる。
体中にやけどの激痛が走り、
ダメージを負った体がみしみしと嫌な音を立てるが、
それにもかまわずメタモンに向かって突撃する。

まさかこのダメージで立ち上がってくるとは思っていなかったようで、
メタモンは一瞬ひるんだように身をすくめたが、
すぐに体勢を立て直し俺に向かって炎をまとった拳で殴りかかってくる。
”ドゴッ”と嫌な音が俺のお腹に響くが、
俺はそのままメタモンの体をわしづかみにし大きく頭上に持ち上げる。

予想外続きの自分の行動に、
ゴウカザルの姿をしたメタモンは苦悶と驚きの入り混じった声を上げる…。

「ぐっ、まだこんな力が…。」
「だああああぁぁぁぁっ!!」

持ち上げられ抵抗する間もなく、
俺はメタモンの体を容赦なく力いっぱい地面へと叩きつけた。

自分の体に備わっているとくせい…【こんじょう】、
どくやマヒ…そしてやけどといった体が異常にむしばまれているときに、
自らの攻撃力を底上げするという力。
そしてその力を発動させた上での【からげんき】、
こいつも俺が異常状態にあるときに攻撃力を上げる技だった。
どちらも状態以上の時に攻撃力を上げる半面、
それは体にで大きな負担をかけるという諸刃の剣だった。
だがやけどをおって攻撃力が落ちている今、
受けたダメージを倍返し以上で返せるこの技ならば、
確実にしとめられるはずだった。

ゴウカザルの姿で「ごほっ」と苦しそうな声を上げるがなか、
俺は全部の力を振り絞り、
たたみかけるように自分の足をメタモンの腹めがけて振り上げる。

「な…やめ…!?」
「これで…とどめだぁっ!!!」

悲鳴すら上げさせる間もなく、
俺は自分の大きな足をゴウカザルの姿をしたメタモンに振りおろした。

……その瞬間、一瞬メタモンが笑みを浮かべたことにも気付かずに…。


「う…ぐっ……?」

じんじんという痛みが全身に走り、ゆっくりと俺は目を開ける。
目を開けて最初に視界に入ってきたのは、
冷たく灰色に広がる岩だらけの地面…、
どうやら俺は洞窟の床に倒れているらしい…。

『……なんで倒れてるんだっけ…?
 そうだ確か…メタモンにゴウカザルがやられたって言われて…、
 そのメタモンが俺とリングマにも攻撃してきて……。
 俺メタモンの奴に壁に貼り付けにまでされて……、
 そっからどうなったんだっけ?』

ぼんやりとした思考で思い出すように考えながら、
俺はゆっくりと上体を起こそうとする。
頭がひどく痛く、耳元ではガンガンと耳鳴りのような音が響き、
最悪の体調状態だということは調べなくても分かった…。
口からはひゅーひゅーと空気の漏れる音しか出せないが、
独白のように自分の中で言葉を紡ぎ状況を思い出そうとする…。

『……あれ、そういえばリングマはどうなったんだ?
 確か俺が気を失う前に…あいつもメタモンに焼き尽くされて…。
 俺なんかと比べ物にならないくらいダメージを受けてたはずだ…!
 というかこんなぼーっとしてる場合じゃないだろ…、
 リングマもそうだけどあのメタモンだってすぐ横にいるんだぞ?
 ゴウカザルを取り返すにしても一度退くにしても、
 早くリングマと合流しねえと…。』

痛む頭を必死に押さえつけながら俺はよろよろと軽く体を起こし、
背中を壁で支えて何とか座るような体制になる。
吐きそうになるぐらい気分が悪く、胃の中が揺れるように体中が重い…。

ふと気がつくと俺の近くにリングマの持っていた探検バッグが転がっていた。
かろうじてバッグのひもに手をかけ、
引きずるように自分の所へと手繰り寄せると、
カバンの中をごそごそと探り一つのアイテムをとりだす。
青くみずみずしい色をしたオレンの実が俺の手のひらに収まり、
俺はしゃくしゃくとその実をかじって喉に流し込んだ。
いろんな味が混ざった爽やかなオレンの味が喉を滑り落ちて、
少しだけど体力が戻ったのを体が感じる。

「リ……リングマ……、どこだ……どこにいるんだよ……!」

オレンのおかげで体力もわずかに回復し、
今のうちにリングマの場所を探ろうと彼に呼び掛ける。
ぜーぜーと声がかすれて大した声量も出せなかったが、
近くにいるはずの仲間に向けて必死に声を絞り出した。

リングマの性格を考えるなら、
あいつが一人で逃げちまうなんてことは無いはずだ。
きっと近くにいる、そう信じて声を上げる。

「リング…マ…!」
「ワル…ビ…ル…。」

ふと自分の声に重なるように、リングマの声が聞こえた。
彼と同じく苦しそうなぜーぜー声だったが、
声がするということは近くにいるはずである。
俺は必死に首だけを動かして、リングマの位置を探る。
たいまつの炎も消えてしまい、
薄暗い闇の中に戻ってしまった洞窟の中だが、
それでも必死に目をこじ開けて仲間の姿を探した。

少しの間リングマの姿を探して視線をさまよわせていると、
視界の隅にリングマの茶色く太い腕が地面に倒れているのが見えた…。

「リングマ…! 大丈夫か…動けねえのか…?」
「ワルビ……。」
「いいから、ちょっと待ってろ…!
 まだオレンも残ってる、
 すぐ回復すればとりあえずここから離れる体力くらいは回復する…!」
「だ…めだ……こっちへ来るな……。」

苦しそうなリングマの声に不思議に思いながらも、
壁に伝うようにしながら立ち上がり、
ふらつく足でリングマの方に近づいていく…。

リングマの腕は時折ピクピクと動き、
少しずつ暗闇の中に引きずられるように引っ張られているようでもある…。
でも俺は何が起こってるのかも考えずに仲間の方に近づいていき…。
そしてその光景に声を失った…。

「へっへっへ……、どうやらお前も気がついたみたいだな…!」

確かにリングマはそこにいた。
だがリングマの体…正確には胴から下ぐらいからは、
ゴウカザルの姿をしたメタモンの腹の中に突き刺さっていた。

いや、突き刺さっているとは違う。
リングマの上半身はばんざいのように俺に向かって手を伸ばしながら、
引きずり込まれないように手じかな岩や地面へとしがみついて抵抗している。
呑み込まれた下半身の方はメタモンの腹の中にすっぽりと入りこみ、
もこもこ…ぐにゃぐにゃと内側から蹴飛ばしているかのように暴れていた。

普通に考えて、
細身のゴウカザルの姿に巨体のリングマの体など入り切るわけがないのに、
反対側に突き出ているということも無い。
まるで大きな袋の中にしまいこんでいるかのように、
リングマの体はずぶずぶとメタモンの体内の中へとしまわれ、
抵抗むなしく引きさがれた腕がガリガリと地面をひっかいていた。

「うあ…うあああああ……! リ…リングマ!!」

俺は何とかリングマを助け出そうと地面をひっかく腕に近づき、
その手をつかんでひきずりだそうとするが、
リングマの腕がそれを乱暴に払った。

「うぁっ…なにすんだリングマ、ふざけてる場合じゃ!」
「……逃げろ、ワルビル…!!
 俺は無理だ…俺が時間を稼ぐから……お前だけでも逃げろ!」
「な…何言って…。」

知らず知らずに俺は体を震わせながら苦笑いのように表情が歪む、
聞きたくない…信じたくない…、
今リングマは何を言った?
逃げろ? 俺一人で?
そんなこと……できるわけが……。

見ればリングマの見えている上半身もひどい状態だった…。
短い茶色の毛並みはあちこちが焦げたように黒ずみ、
数えきれないぐらいの火ぶくれができていた。
自分が気絶している間にリングマがどれだけ無理をしたのか、
その傷を見るだけで明らかだった…。

「ふざけないでくれよ…なぁ…一緒に逃げ…。」
「…………。」
「なぁ…てめえ…!
 今すぐリングマを離しやがれよぉ…!!」

何も言わないリングマにしびれを切らし、
俺はいまだリングマの体を呑み込んでいくメタモンに目を向け、
拳を固めて飛びかかろうとするが、
リングマ自身の手が俺の脚をつかみ”ぶんっ”と投げ飛ばした。

無理な体勢の上に片腕だけだというのに、
信じられないくらい強い力で俺は足をもつれさせながら転倒する。

「がはっ…!」
「……だめなんだワルビル……、
 こいつに…直接触れるような技は効かない…。」
「……え…。」
「殴ったり蹴ったり…それにお前の噛みついたりする攻撃だって無理だ。
 触れれば…お前もこいつに取り込まれてしまう…。
 俺と…同じように…。」

叩きつけられた痛みに顔をゆがませながら、
リングマの悲痛な声が俺の耳に届く。
ぐにゅぐにゅと無機質な液体の音が洞窟の中に響き、
そのたびにリングマの声が少しずつ力が抜けるように小さくなっていき、
まるで眠気をこらえるようにさえ聞こえた。

顔を上げるとすでに上半身も胸のあたりまで呑み込まれてしまったリングマが、
俺の方を見ながら拳をぎゅっと握りしめている…。
そして不覚をとったと言わんばかりの様子で、
リングマを呑み込みながらゴウカザルの姿をしたメタモンは口を開く。

「正直焦ったぜ…、こいつ信じられねえぐらい馬鹿力だったからな…。
 とっさに攻撃ごと呑み込む作戦を思いついてなかったら、
 俺の方がやられちまってたかもな…!」

憎々しげに話すメタモンの顔は、
危険を回避してまだ警戒しているような、
そんな焦燥した表情になっている。

自分が気を失っている間にリングマがどんな攻撃をしたのかは分からないが、
恐らくメタモンとしてもぎりぎりの賭けだったのだろう…。
だが直接触れられないってことは、
リングマも…そして俺にもこいつに対しての有効手段がないってことだ…。

俺達三匹は近距離、とくに物理技に秀でた種族のチームで構成している。
それでも遠距離が得意だったのはゴウカザル、
次がリングマってぐらいだった…。
俺はというと毛ほどの遠距離技なんてもっちゃあいない…、
それはつまり俺にはメタモンに対抗する手段がないこと。
そしてそれは…俺には仲間達を助けることができないということだった…。

ずるるっと足腰の力が抜け、
俺はその場に崩れ落ちるように座り込む。
そんな俺を見ていままで悔やむ世に顔を伏せていたリングマが、
別人のように牙をむいて俺に吠えた。

「何をしているんだ……早く逃げろ!!」
「いいや逃げんなよ、お前にも用はあるんだからな…♪」
「うるさい、お前は黙っていろ!!
 ワルビル…いいんだ、俺達にかまわず逃げるんだ!!」

ぽろぽろと流れる涙越しに、
リングマが必死に叫んでいるのが聞こえた。
普段無口な癖しやがって…一番しゃべったのがこんな状況の時って…。
なんで…こんな…。

「たのむ…ワルビル……。」

わなわなと体を震わせながら、
声も無く泣いてた俺に静かな声でリングマが話しかけてくる。
見るともう肩の所まで体が呑み込まれてしまい、
わずかに出た片腕でかき分けるようにメタモンの体をぬぐいながら、
不思議と穏やかな顔で俺の方を見ていた。

分かっているのだろう、
自分はもう…助からないんだということが。

「たのむ…逃げてくれ…。
 俺はもう…目の前で仲間がやられるところを見たくない…。」
「…………。」
「俺も…きっとこいつの中のゴウカザルだって同じだ…。
 仲間を失うところなんて…絶対に見たくなんかないんだ…。」
「…………。」
「だから頼む…俺達の分まで……。」

むにゅむにゅというメタモンの不気味な音が響き、
リングマの体が徐々に奴の中に吸い込まれていく…。
もう首まで吸い込まれていたが、
真剣な表情で俺を見つめ逃げろと促していた…。

俺は無言でぐいっと片腕で目にたまった涙をぬぐい取ると、
痛みも無視して探検バッグを持って立ち上がり、
メタモンと…満足そうに笑うリングマの姿を一瞥すると洞窟の奥へと走り出した。
たいまつもつけず、暗い洞窟の中をただただ必死でかけ抜け、
リングマ達からどんどんと離れていく。

そして……遠くで「キュポンッ…」と、
何かが吸い込まれたような音が聞こえたのを何度も頭から振り払い、 
再び曇りだす視界を必死に腕でぬぐいながら、
無言で真っ暗な洞窟の中を走り抜けていった。
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★ プロフィール
HN:
森クマ
性別:
男性
自己紹介:
展示するのも恥ずかしい物しか置いていませんが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
(・ω・)

諸注意:
初めてきてくれた方は、
カテゴリーの『はじめに』からの
『注意書き』の説明を見ていないと
色々と後悔する可能性大です。
(・ω・´)

イラスト・小説のリクエストは
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更新日 2014年  1月17日
  少ないけどとりあえず新規イラストに変更
  一枚オリキャライラストなので苦手な方注意

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