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微妙な空気…

洞窟の奥から吹いてくる冷たい風を顔に感じながら、
ワルビルは洞窟の床にあぐらをかいて座りこんでいた。
表情はぶすっと不機嫌そうに口を結び、
なぜか赤く腫れた頬を痛そうにさすっている…。

その隣にはリングマがぼーっとした様子で座り込み、
足元に小さな携帯用の松明を石で固定して立たせ、
たいまつの先端でオレンジ色の炎を揺らめかせて周囲の岩肌を照らしていた。

一見すると探索中の休憩に見える光景だったが、
二匹の表情はどこか暗く、重苦しい空気がその場に漂っていた。

「いてて…、お前本気で叩きすぎだろ、まだ痛みがひかないぞ…。
「………。」
「おーい……。
 その…悪かったよ、状況も…あと空気も悪くさせちまって…。」

沈黙に耐えられなかったのか、
ワルビルは空気を変えようと腫れた頬をさすりながらリングマに話しかけるが、
返ってくる無言に再びうつむくように頭を垂れ再び黙り込んでしまう。
こんな調子がずっと続いていたのだった…。



ゴウカザルとはぐれてからずいぶんと時間がたった…。
二匹で手分けして近くを探してみたものの彼の姿は無く、
どんなに大きな声で呼びかけても誰の返事も返ってこなかった。

本当はこうして休憩などしている場合ではないのだが、
疲労もたまってくるなかでそれでも探しに行こうと主張したワルビルを、
リングマが休んだ方がいいと強く止めたのである。

「……冷静にならなきゃ、見つかるものも見つからない。」

ひょっとすれば休んでいる間にゴウカザルが戻ってくるかもしれないし、
こっちまで倒れてしまったら元も子もないと、
入口からはそんなに離れていないこの場所で休憩しようと提案したのである。

「うっせい、休みたきゃそこで休んでてくれよ!」
「……ワルビルの方が疲れてる。」
「俺は平気だっての!
 いいから残ってろ、その間にちょっと見てくっかr…!?」

”バキィッ”と小気味のいい音が響き渡る。
制止の声を振り切って探しに行こうとしたワルビルを、
リングマは腕をつかんで背負い投げの様にして地面にたたきつけたのである。

肺の中の空気がゴボッと押し出され、
クラクラと世界が渦を巻くように回っていた。
そんな彼の頭上から「悪い」とリングマの声が耳に入ってくると、
頬に強い衝撃が走り、そのまま気を失ってしまったのである。


そんな安静とは程遠いといえる休息から彼が目を覚ましたのは、
ゴウカザルが居なくなってから二時間が経過した頃だった。

ヒリヒリと痛む頬をさすりながら、
ワルビルはちらっとリングマの方を横目で見る。
今のリングマは普段の彼と同じように、
しれっとした顔つきでまるで何事も無かったかのように落ち着いて座っていた。

「あいかわらず…何考えてるか分かんねえ奴だなぁ…。」

そうぼそりと呟くように囁いてみるが、リングマは眉一つ動かさない。
そんな会話の空回りを起きてからしばらくしていたが、
木か壁に話しかけているようなむなしさしか残らず、
ワルビルはもう何度目か分からないため息をついた。

そういえばリングマと二人っきりになるというのは、
今までにはあまりなかったことである。

というか、
ワルビルの記憶にはリングマが誰かと二人でいるという光景自体、
ほとんど見たことがなかった。
毎日の大抵はワルビルとゴウカザルとリングマでの三匹、
もしくは彼とゴウカザルの二匹でいることが多い。
彼とゴウカザルと二匹で口論してる時も、
依頼の内容や作戦を立てている時なんかも、
リングマはそばでその様子を傍観しているということのが多いのである。

誰かと二人で話をしているどころか、
誰かと二人で行動していること自体あまり見たことのない。
どちらかというと一匹でいるのが好きなのかなと、
そう思わざるを得ないのが彼らの仲間のリングマの性格だった。
もっとも例え二匹でいるところがあったとしても、
基本的に無口で考えを表に出すことが少ない奴であるから、
今のワルビル同様、お互い黙りこくるしかなさそうである。

といっても、
別に考えが分からないからと言って悪い奴というわけではない。
無口なだけでその気になれば普通に話もできるし、
ぶっきらぼうだけど頼りになる奴というのが、
ワルビルの中でのリングマの評価だった。

「はぁぁっ……、なあ、そろそろもう一度捜しに出てみないか?」

ワルビルはぽつりとそう漏らすように呟きながら、
リングマに返答を求める。
リングマに止めてもらい、たっぷり休んで頭も冷えてきたが、
それでもあのゴウカザルがこんなにも長く連絡をよこさないというのは、
どうしても気になるところだった。

普段のあいつなら例えチームが分断されようとも、
30分もあれば合流なり連絡なりしてくるはずである。
だからこそゴウカザルからの連絡がまったくないことに、
再びワルビルは焦りを見せ始めていた。

たいまつの炎がはぜる音だけが響く洞窟の中で、
ワルビルはぽつりぽつりとリングマに話しかけた。

「もうはぐれちまってからだいぶたつし…、
 あいつが連絡の一つもよこさないなんて変だと思わねえか…?」
「………。」
「もしもワープしたはずみで怪我とかしてるんなら、
 動きたくても動けねえかもしれないだろ…。
 それに…あいつとはぐれちまったのは…。」
「………。」
「だから…その…、俺のせいでて思っちまうと……。
 だーっ、もう!
 笑うなりなんなり反応しろよ…な…!?」

ワルビルが声を荒げて言ってもリングマからの反応が返ってこず、
彼はバッと立ち上がってリングマの方を睨むように見る。
…それでもリングマはピクリとも反応しない、というより…。

「………。」
「…おい。」
「………ZZZ。」

思わずガクッと崩れそうになる体を冷静に支え、プルプルと拳を震わせた。
反応がないから考えことでもしてるんじゃないかと思っていたが、
ただ単に寝ていただけのようである、しかも目を開けたまま…。

彼は震える拳をそのまま頭上に振り上げると、
ポカッとリングマの頭をはたいた。
先ほど彼がやられたようなパンチではなくある程度加減した拳だったが、
それでもその衝撃でリングマも目を覚ましたらしい。

「……痛い。」
「痛いじゃねえよ痛いじゃ!
 あ~ったく、本当に何考えてんのか分かんねえなお前!」

寝ぼけ眼でぽりぽりと頭をかいているリングマに、
ワルビルはプンプンと怒りながら声を上げる。
人が柄にもなく落ち込んで弱音すら吐いていたというのに、
隣でグースカと寝られていたとあっては、
話しかけてた自分がバカみたいであった。

「お前はあいつのこと心配じゃねえのかよ!」
「……心配に決まっている、もうずいぶんと連絡も無い。」
「本当にしてんのかよ…。
 心配してるやつがのんきに居眠りなんかできるかぁ?」
「……心配もしているが、大丈夫だと信じてもいる。」

不審そうに睨みながら話すワルビルに対して、
リングマはいつもと変わらない無表情で彼に話しかけてくる。
そんな無関心にも見えるリングマの態度にカチンときて、
ワルビルは乱暴に立ち上がると、
踏み荒らすようにずんずんと洞窟の奥の方へと歩き出そうとする。

「……どこへ行く?」
「もういい、お前はここにいろよ! 俺一人で探してくる!」

当たり散らすようにがーっと吠えて洞窟の奥の方を向くと、
その後ろから相変わらず抑揚のないリングマの声が響いてきた。

「……自分を責めるな、お前だけのせいじゃない。」
「べ…べ別に責めてなんかねえよ!
 俺はこれでも冷静だし、ただ単にあいつが怪我でもしてねえかと心配で…!」
「……冷静ならたいまつも持たずに行こうとはしない。」
「………!」

その指摘にドキッと自分の手元と洞窟の暗闇を見比べると、
ばつが悪そうにリングマの方へと振り返る。
彼はまだ座ったまままっすぐな目でワルビルの方を見つめ、
どっしりと構えるように腕を胸の前で組んでいた。

リングマは「ふぅ…」と軽く息を吐くと、
地面に刺していたたいまつを手に取りワルビルの方へと歩みよってくる。

「……ゴウカザルも心配、でもワルビルのことも心配だ。」
「別に……俺は心配されることなんか何も…。」
「……まいっていることぐらい仲間だから分かる。
 それもゴウカザルのことだけじゃない、この洞窟に入ってからずっとだ。」
「………。」

静かに話しかけてくるリングマの言葉に、
ワルビルはうっと怯んだように顔をそむける。

リングマの言っていることは図星だった。
自分のミスでゴウカザルを危険な目にあわせていること、
そしてその尻拭いにリングマを突き合わせていることが、
胸の奥をきゅうきゅうと締めあげているようであった。
そしてこの洞窟に入ってからずっと付きまとっている閉塞感、
それらすべてがワルビルの心をピリピリと疲弊させているようであった。

今まで楽天的で物忘れが激しく、
どちらかというと鈍感な性格だと思っていたが、
こんなにも繊細だったとは我ながら驚きである。

「……俺だってあの時何もできなかった、お互い様だ。」
「でも…むぐっ!?」
「……だから二人でゴウカザルを助ける、それが仲間だ。」
「むむむ……わひゃったから口をふかむなって…!!」

ぶはぁっとリングマが掴んでいた口を引きはがしぜぇぜぇと息を整えると、
ワルビルは照れくさそうに頭をかきながら笑みを浮かべる。
一人で勝手にイライラと焦っていたことに気が付き、
恥ずかしかったのである。

深く息を吸ってから「ぶはぁっ」と吐き出すと、
ワルビルはにっと笑いリングマに小さく「ありがとう」と呟く。
リングマの方も安心したように鼻を鳴らした。

「うっし、もう大丈夫だ。 早いとこゴウカザルの奴を探そうぜ!」
「……おう。」
「…ってもどこを探すべきかなぁ、
 この洞窟ゴウカザルどころか他のポケモンもいやしねえし…むぐっ!?」

腕を組んでつらつらとしゃべっていると、
再びリングマが彼の口をガシッと掴んで声をさえぎる。
何事かとリングマの方を見ると、しーっと指を口に当てていた。
「……何か聞こえる。」とリングマの囁くようなその声に、
ワルビルも暴れるのをやめてそっと耳を澄ます…。

静かに聞き耳を立てると確かに洞窟の奥の方から、
『ヒタヒタ…ヒタヒタ…』と何かの足音の様なものが聞こえてきた…。

野生のポケモンかもしれないと考え、
すぅっと臨戦態勢を二匹はとり洞窟の奥の方を睨みつける。
すると……。

「おーい、そっちに誰かいるのかー!」
「…この声!」

洞窟の奥から聞こえてくるその声にワルビルはピクっと尻尾を揺らす。
野生ポケモンの威嚇や唸るときのとは違う、しっかりとした理性ある声。
それだけでなく何度も聞き覚えのあるその声は、
間違いなく彼らの仲間のゴウカザルの声であった。

「おーいゴウカザル、こっちだー!!」
「その声…よかった、探したんだぞ。」

ワルビルが大きな声で呼びかけると足音が一瞬ぴたっと止まり、
そして再び音がし出すと徐々にこちらの方へと近づいてくる気配がした。
やがてワルビルの視界にもはっきりと分かるように、
ゴウカザルの姿が暗がりからこちらへと歩いてくるのが見えた。

足に怪我でもさせたのか、
ひょこひょこと体を揺らしながら歩いてきているが、
こちらを見つけて安心でもしたのか軽い笑みを見せ、
無事だと知らせるように手を振って合図をしている。

「おお~、良かったぁ…。
 本当に無事でよかったぜ、な、リング……どうした?」
「………。」
「変な奴だな…、まあいいや。
 ほれ、怪我してるみてえだし早く行ってやろうぜ!」

嬉しそうに笑みを見せながら走っていくワルビルに対し、
リングマはいぶかしげな眼でゴウカザルを見つめていた。
ようやく仲間が見つかったというのに、
嬉しそうなそぶりはほとんどなく、
何かを考えながら睨みつけているようにも見える…。

「…たく、大丈夫かよお前。
 怪我までしやがって…てか俺のせいか…本当にごめん!」
「いいさ気にするな、
 お前が原因の失敗談なら今に始まったことじゃないしな。」
「このやろ~…!」

いつもどおりに会話する二匹を、
リングマはいつも通り距離をとって黙って見つめている。
ゴウカザルが見つかってとても嬉しいはずのなのだが、
なにか腑に落ちないのである…。

確かに姿も形もそれにしぐさや声もゴウカザルそのものだ、
でもなぜだろう…、
なぜだかあのゴウカザルには違和感を感じてしまうのである…。
何かが違うはずなのに、
その違いが大きすぎて気づけないような何かが…。
リングマがうつむいて思考していたその時だった。

「とにかく俺の肩につかまれよ、
 その足じゃ歩くの大変だろ…ってのわぁ!」
「うおっと!?」

黙って考え事をしていたリングマの耳に、
”べしゃっ”と痛そうな転倒音が聞こえる。
顔をあげて二匹の方を見てみると、
どうやらワルビルが肩を貸そうとして足を滑らせてしまったらしい。

「いてて」と二匹で痛そうに体に着いた石粒を払い落しながら、
ゴウカザルはワルビルの鼻をぎゅっと強くつまんでいた。

「あのなぁ…助けてくれるのは本当に感謝したいところなんだがな、
 もうちょっと気をつけてやってくれ!」
「いででで…、悪かったって!
 足元暗くなっててよく見えなかったんだってば…!!」
「……! 離れろワルビル、そいつから離れるんだ!!」

悪びれるように手を合わせていたワルビルの耳に、
リングマの怒号の様な声が響き渡る。
驚いてリングマの方を見ると、
ぐっと腕を前に出して構え、今にも飛びかからんと戦闘態勢をとっている…。

「な…なんだよ脅かすなって!
 ってかどうしたんだ、野生のポケモンでも出たのか?」
「……野生かどうかは知らない、
 だけどそいつ…ゴウカザルじゃない!」
「…へ。」

リングマの真剣な口調に、
ワルビルはそっと後ろに立っているゴウカザルの顔を見る。

普通ならリングマの行動に驚くか怒ってもいいはずなのに、
さっきまで普通に話していたのが嘘みたいに無表情で、
口を真一文字に結んでリングマの方を見ている。

「な…何言ってんだよリングマ…!
 だって…どう見たってゴウカザル…。」
「……うん、俺も見た目じゃ絶対に分からなかった。
 声も…姿も…しぐさだってゴウカザルそのものだと思う…だけど…。」

リングマの言葉にワルビルもじとっと嫌な汗が噴き出てくるのを感じる、
たいまつの明かりがゆらゆらと揺れて、
リングマの影が大きく揺らめいているのが余計に圧迫感を引き立てていて……。

そこでワルビルも違和感に感づいた
そう、足を滑らせた時に気づくべきだった。

『足元が暗くって足を滑らせた』だって…?
暗いわけないじゃないか、だって…だって彼のすぐそばには……。

「…この暗闇で、炎の光がまったく灯らないゴウカザルなんてありえない…!」
「ああ、ばれちゃったか…!」
「………!!」

リングマの言葉がいい終わるのと同時に、
ワルビルの背後にいたゴウカザルが口を開いた。
ワルビルがつばを飲み込み、
自分でも不思議なくらいゆっくりとした動作で後ろを振り向く。

『ゴウカザル』はそこにいた。
にぃぃっと邪悪な笑みを浮かべた顔と、
大きく炎を燃え盛らせた【ほのおのパンチ】をかまえて……。
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闇討ち

「……ん…んっ……。」

…微かに顔に吹き付けてくる冷たく湿った風に体を震わせ、
ゴウカザルは静かに目を開ける。
ぼんやりと霞んだ視界で最初に目に入ったのは、
岩にはりついて生えた苔とゴツゴツした小石が無数に転がった地面だった。

どれくらいの時間気を失っていたのかは分からないが、
どうやら自分はうつぶせで倒れていたらしく、
体温を地面に奪われた体は少し冷たくなり、
動かすと筋肉や骨が軋むように痛んだ。

「ここは……、いったい…。」

とりあえず立ち上がろうと手をついて体を起こし、
体についた砂や土ぼこりを落としながらあたりの様子をうかがう。
自分の頭や尻尾の炎で照らされた周囲は、
一面を灰色の岩壁に囲まれた洞窟の中らしく、
立ち上がれる程の高さはある広い空洞が、
彼の前後に向かって道のように伸びている。

そして少なくとも彼の視界の範囲内には、
ワルビルとリングマどちらの姿も見当たらなかった…。

「どうやら二人とはぐれてしまったみたいだな…、
 ここからどうするべきか。」

こんな風に仲間と分断されてしまうということは、
今までにもあったアクシデントである。
焦って合流しようと無暗やたらに動きまわれば、
野生ポケモンの不意打ちを食らったり、
他の罠に引っ掛かってしまうのがオチなのも知っている。
だからこそこういうときにはパニックになったりはせず、
まず落ち着くのだと彼は手を顎に当て、
どういう状況になってしまったのかということを考える。

彼がワープしてしまった原因…、
まあ元をただせば仲間のワルビルが何かに脅えてパニックになり、
彼を突き飛ばしてしまったのが原因なのだ。
何を見たのかも気になるところだがそれはひとまず置いておくと、
恐らく彼がワルビルに突き飛ばされたであろう場所に、
運悪く【ワープの罠】が埋まっていたのが一番の原因だろう…。

罠というのはこのダンジョンと呼ばれる場所において、
彼らのようにその中へと踏み込む冒険者の障害となるものである。
誰がこんな迷惑なものを仕掛けているのかは誰も知らない謎なのだが、
ひとたびその仕掛けにかかれば、
足元が突然爆発したり吹き飛ばされたり食糧が腐ったり…、
そしてゴウカザルの様に強制的にどこかへと飛ばされてしまったりする等、
野生のポケモンと同じくらい気をつけなければならないやっかいな代物だった。
彼の引っ掛かった【ワープの罠】は、
踏んでしまったポケモンを近場のどこか別の場所に飛ばしてしまう物だが、
階層を隔ててとかダンジョンの外までとかまでは飛ばされないので、
仲間たちともそんなに距離は離れてはいないと思うのだが…。

「せめてどちらが入り口かだけでも分かればいいんだが…。」

彼は自分の前後に伸びる道を交互に睨みつける。
どちらも同じような岩と暗闇に包まれた道で、
出口の光とかワルビルやリングマの声が聞こえてくると言ったものも無い。
どちらに進むかは完全にゴウカザルしだいである。

「ここであいつらが来るのを待つというのも手か…?
 …いや、こんな一本道じゃ野生ポケモンに見つかって襲われるのがオチだ。
 もしくは…。」

小声で呟きながら彼はそっと自分の腰辺りを探る、
そこには携帯用の掌サイズの小さなポーチが、太ももに巻く形でつけてあった。

探検用のバッグ自体は重量もありかさばるせいか
いつも力自慢のリングマが身につけているのだが、
ゴウカザルとワルビルも非常用の時に備え、
最低限のアイテムは身につけておくことにしていたのである。
ポーチの中を軽く探すと、そこから淡い青色に光る玉をひとつ取りだす。

「こいつを使って外に出るってのも手ではあるか…。」

彼の手にあったのは【あなぬけのたま】というふしぎだまの一つだった。
色々と不思議な力を持ったふしぎだまの中でも、
これは使ったチームの全員をダンジョンの外に脱出させてくれるという、
冒険者にとって無くてはならない道具の一つだった。
これを使えばたとえ今の彼のように離れ離れになっていたとしても、
全員を安全な場所まで連れ出してくれるので、
これを使うのも手ではある………ただし。

「依頼をどうするかが問題だな…。」

ゴウカザル達は全員の道具を合わせても、
【あなぬけのたま】は彼の持っているこれひとつしか持って来てはいなかった。
つまり彼の持っているこれを使って一度外に出てしまうと、
例え仲間と合流してから再び潜ろうと思っても、
今度は手短にダンジョンの外に出る手段が残っていないのである。
依頼によっては『おたずねもの退治』とか『道具収集』なんかだったら、
目標を達成さえすれば彼らの持つ探検バッジの力を使って外に出られるが、
彼らが今回受けている依頼は『洞窟の調査』…。
終了条件があいまいなこういう依頼の時は探検バッジも使えない…。

バッジもふしぎだまも使えないとなると、
ダンジョンの外に出るためには自力で入口まで戻るか、
あるいはダンジョンの最深部まで潜ればバッジの力を使うこともできるが、
ここまでの道のりでの疲労や持ち込んでいる装備、
それら様々なことを考慮してもどちらも得策とは言えない手段である。
そういった事情が彼にふしぎだまを使わせるのをためらわせていた…。

「今はまだ様子見が必要な段階だしな、
 こいつを使うのはどうしてもという緊急時になってからでも遅くない…
 しかし…本当に薄気味悪い洞窟だな。」

結局ゴウカザルは【あなぬけのたま】をポーチに戻すと、
前後に伸びる洞窟をじっと睨みつけるように眺める。
一様に暗闇に包まれた道を見つめているうちに、
彼はワルビルの言っていたことを思い出していた。
真っ暗な闇の中を見ているとまるで見つめ返されているようで、
おもわずぶるっと体を震わせる…。

「……幽霊とか…出ないだろうな…。
 いやいや、居るわけないだろ、別に墓場ってわけではないんだ!」

ぼそりと小さくつぶやくと、
すぐに言葉を取り消すようにぶんぶんと頭を振っている。
負けじとキッと洞窟の奥をまるで敵でも見つめるかのように見ると、
だんだんと動揺するように炎がゆらゆらと揺れ、
それにより自分の影や闇が踊るように動くと「…ヒッ。」と、
姿に似合わない小さな悲鳴を漏らした。


彼ら三匹の探検隊のリーダー役を一手に引き受け、
いざバトルになったら単体でも大物をしとめられるだけの実力を持ち、
シルバーランクに上り詰めるだけの経験も鍛錬もしてきた。
そんな一見怖いもの知らずに見えるゴウカザルにも、
実はずっと苦手なものが一つだけあった…。

『暗闇』…つまり暗い所である…。

彼の種族はその体の構造上進化する前から体に明るい炎を灯し、
それこそ完全な暗闇とは無縁な種族である。
だがそんな種族であろうとなかろうと、
彼は暗いところだけは昔からダメなのだ…。
街や野宿…寝るときの暗闇はなんとか大丈夫…、
それこそ星や月の光、一緒に寝泊まりをするワルビルやリングマもいるから、
なんとか我慢してこれたのだ。
だがこういう洞窟では自分の炎で照らしている部分はいいが、
照らしきれない暗闇の部分は暗いところが浮き彫りになり、
そんな暗闇の中から何かが見つめていたり、
何かが潜んでいたりという想像が働いてしまい苦手なのだ…。

昔…もうワルビルも覚えてはいないと思うが、
修業時代にもワルビルと修業仲間だったリザードが、
街で起こっていた人が消えるという噂話を話していたことがある。
その時は何とか取り繕い話を終わらさせてしまったが、
暗い夜の街で人が消えてしまうなんて話、
正直聞きたくなくてやめさせたという方が正確だ。
怖い話に関心がないなどと思われているようだが…、
とどのつまりそういう話は嫌い……いや、怖いのである…。

もちろんそんな話し、ワルビルにもリングマにも話したことは無い。
普段強気な態度をとっている奴が、
暗いとこがだめなんて話…とてもじゃないが仲間達になんか言えなかった…。
本当は依頼でこういう洞窟に入るのも好きでは無いのだが、
だからといって断ってばかりもいられない…。
いつも仲間と一緒に潜っていたからこそなんとかやってこれたのであり、
それが彼にとっての限界でもあった…。

だが今の彼の周りには誰もいない、
正真正銘ひとりぼっちで、周囲は暗闇に包まれた道しかないのだ…。
緊張したようにゴクリとつばを飲み込み、
彼は怖くて震えそうになる暗闇の中を一歩一歩慎重に歩きだした…。
一刻も早く仲間に会いたい、合流したいと願いながら…。


「とにかく少し移動してみて周囲の様子を……。」

そう自分に言い聞かせるように何度も何度も呟き、
真っ暗な洞窟の道を一人で歩いていた…その瞬間だった。

なにげなく足元に埋まっていた岩に足を乗せた途端、
その足がまるで沼にはまるかのごとくずぶっと沈み込んだのである。
当然彼は驚いた表情でがくんとバランスを崩し、
倒れそうになる体を足を前につのめらせることでとどめる。

「うぉっ…とと! 危なかった…、何だ今の………っ!?」

彼は自分の足元の方を見つめ、
そして再びぎょっと驚愕したようにその地面を見つめる。
確かに地面には冷たく硬い岩しかなかったはずだったが、
今彼の足元にあったのはまるで粘土のように平べったくなった岩で、
しかもそれがまるで液体のように波打ち彼の足を包み込んでいたのである。
もしも偶然通りがかった者が見ていたとしても、
彼の足が石の中に吸い込まれてしまっているようにしか見えなかった…。

しかもその石がまるで彼の体を引きずり込もうとしているかのように、
足が少しずつ少しずつ引っ張られるように沈んでいくのである。

”ずぶっ……ずぶ…ずぶ…。”
「ぬっ…、ぐっ!!?
 …くそっ、なんなんだよこれは!!」

自分の足が掴まっているこれがなんなのかは分からなかったが、
彼は必死の力を込めて足を上に引っ張る。
だがまるで石の中でそのまま固まっているかのようで、
全身の力を込めてひっぱってもうんともすんともできないでいた。

流石のゴウカザルも焦ったように自分の足に手を当て、
何度も何度も引き抜こうと力を込める…。
顔を真っ赤にさせ歯を食いしばりながら足を引き抜こうとするが、
あっという間に彼の膝小僧まで沈んできてしまっていく…。

「ぐぅぅっ…!
 くそ、こんなわけのわからん奴にやられてたまるか!!」

そう叫びゴウカザルは腕に力を集中させると、
その拳を覆うように炎が覆い隠し熱風が空気を焦がす。
彼の得意技である【ほのおのパンチ】という技で、
ほのおとかくとうのふたつのタイプを持つゴウカザルにとって、
とても扱いやすく威力も安定した必殺技だった。

「はぁっ!!!」

彼は大きく腕を振りかぶり狙いを定めると、
足元の岩に向かって【ほのおのパンチ】を叩きつけた。
岩は彼の拳の形にぐにゃりとめり込み、
まるで痛みでも感じているかのようにぶるぶるっと震えると、
彼の足の締め付けが緩む感触がする。

瞬時にそれを把握すると、
彼はとびすさるように無事な方の足を使って地面を蹴り、
岩の中から足を引き抜くと後ろ飛びでその岩から距離をとる。

「なんなんだこいつ、ポケモン……なのか…?」

ゴウカザルは警戒するように腕を前で構え、
いまだに波打つように脈打っている岩のような何かを睨みつける。
少なくとも彼の今まで見てきた野生ポケモンの中には、
こんな不気味な形状をしたポケモンは見たことがなかった。
岩の形をしているのならいわタイプのポケモンかもしれないが、
あんな液体のようになっている奴なんているのだろうか…?

何とか状況を分析しようと頭の中でそう考えていると、
その岩のような形状した何かは彼の方をまるで狙うように身をすくめ、
びょいんと宙に飛びあがり彼めがけて突っ込んできた。

「何か知らんが…、邪魔だっ!」

飛びかかってきたその岩に視線を固定したまま、
彼は再び【ほのおのパンチ】の構えをとり拳に炎をまとわせてゆく。
得体のしれない物体ではあったが、
仕掛けてきているのはなんてことの無い【たいあたり】のようである。

おまけに一直線に伸びたこの洞窟の道では、
戦いなれている彼ならば攻撃方向も軌道もあっさりと読めてしまえた。
さきほどの【ほのおのパンチ】も効いたようだし、
ならば彼の鋭い拳で迎撃すれば戦える相手だと判断したのである。
ゴウカザルは飛びかかってくる岩に狙いをつけ、
ためらうことなくその拳を岩めがけて打ち込んだ。
暗闇や化け物が怖いだなんて言ってはいられない、
渾身の力を込めたパンチであった。

…だが、その攻撃を選択したことが彼の運命を決めてしまった…。

”ぐにゃぁぁ!”
「…なっ、うぶぅっ…!!?」

ゴウカザルの拳は確かにその岩のような物体にめり込んだ。
だがその瞬間に岩はまるで風呂敷のように彼の腕を包み込み、
あっという間に肩を通り越してそのまま伸びてくると、
彼の顔にべちゃりと張り付いてきたのである。

ひんやりと冷いグミのようにプヨプヨとした質感が顔中を包み、
それが確実にただの岩ではないということを彼に教えていた。
突然起こった予期せぬ事態に目を見開き、
顔にへばりついたその物体を引きはがそうと、
包まれていない方の腕でそれをつかみ引っ張る。
だがその腕もぐにょんとゴムのように伸びた物体にあっさりと包み込まれ、
彼の両腕はあっさりと拘束され、
まるで頭を抱えた格好のように腕を振り上げた。

「ん~っ!! ん、んぶぅぅっ!!?」

事態の飲み込めない彼の上半身を徐々に取り込みながら、
ぶるんと全体を波打ち震わせると、
岩そのものだった見た目がまるでグミのように柔らかく蠢き、
ピンク色をした液体の様なものと変化してゆく…。
そうしてあっという間に彼の上半身を包むすべての部分がピンク色に染まり、
その表面にまるで点と線で作られただけの落書きの様な顔が浮かび上がり、
にたにたと笑みを浮かべながら彼の眼を見つめた。

そこまで来てようやく彼にもこの気味の悪い物体の正体が分かった…。
こいつはメタモンという種族のポケモンで、
その能力は戦っている相手の姿をそっくりそのままマネるという物であった。
普段は今彼を包み込んでいるようなピンク色のプヨプヨした姿なのだが、
体を自由自在に他のポケモンに変化させ、
おまけにそいつが使える技までマネしてしまうというポケモンである。
彼の住む街やその周辺の地域では見かけられない種族のため、
彼自身もこうしてその姿を見るのは初めてだったが、
まさかこんな洞窟の奥で遭遇するとは夢にも思わなかった…。

「んんっ、むぐぅっ!!」

だがそんな珍しいポケモンに感心している余裕は無い、
何の意図で彼の体をこうして拘束しているのかは分からないが、
このまま掴まり続けているのはマズイというぐらいは分かった。
必死に両腕を揺さぶりへばりつくメタモンを振り払おうともがくが、
もがけばもがくほど逆に彼の体をピッチリと張り付いたメタモンが包み込み、
まるで膜を張るかのようにピンク色の液体が彼の体を侵食してゆく…。
顔にへばりついた部分が彼の口と鼻をふさいでしまっているため、
満足に呼吸をすることもできず、
だんだんと息苦しくなって頭がクラクラとしてきていた。

とにかく彼の物理技ではなんのダメージも与えられないのだ。
口さえ開くことができれば【ほのおのうず】のような、
少しは効果的な技が使えるかもしれないが、
口を封じられた今それすらも叶わない…。
締め付ける力自体は大したことのないメタモンでも、
どんなに力を入れても伸びてしまうだけでは、脱出のしようがなかった…。

「んんん……っ、んん……ん…っ……。」

取り込まれてしまった上半身に続き、
腹…腰…足と体全身をむにゅむにゅとメタモンに飲み込まれていき、
最初は力強かった抵抗も徐々に動きが鈍くなってくる。

彼は必死に腕や足をもがかせたり、
掌を開いたり閉じたりして脱出を図ろうとするが、
止まることなく彼を取り込んでゆくメタモンの体に、
思考すらも侵食されるように薄れてきた…。

『く…、何とかして逃げねえと……、
 でもなんだ……すごく………眠い……。
 …駄目だ、眠るな……寝たら……もう……っ。』

すでに全身を拘束され指一本も動かせない状態の中、
ゴウカザルは襲ってくる睡魔に必死に抗うものの、
その瞳は徐々に瞼が下がり閉じてゆく…。

そうして彼が弱ってきたのをめざとく感じ取ったのか、
メタモンがゴウカザルの全身をその体内に包み込み終わると、
とうとう残った彼の顔もぐにょんと伸びて一飲みにしてしまう。
まるでゼリーの中に漂よう果物みたいに、
ゴウカザルの体がメタモンの中でゆらゆらと漂っている。
口はだらりと開き目は虚ろで、
頭や尻尾の炎がピンク色のメタモンの体内で透けるように輝き、
まだゴウカザルの意識があるように時折炎が揺らめく。

だが最初ははっきりと映っていた彼のシルエットが、
まるでメタモンの中に溶けるようにぼやけてくると、
徐々に彼の炎の明かりで照らされていた洞窟内にぼんやりとした暗闇が戻り、
オレンジがかった炎の明かりが小さくなっていった…。

『リン…グ……ワル…ビ………。』
”………ゴクンッ。”

そう頭の中ではぐれた仲間達の名前を呟くと、
彼の意識はすぅぅっとまどろみの中に消えていき、
そして同時にメタモンの中に漂っていた彼の姿も、
まるで最初からいなかったかのように嚥下音を残し消えてしまったのであった…。


一片の光も無い暗闇に戻った洞窟の中、
ゴウカザルを飲み込んだメタモンは満足そうに笑みを浮かべると、
ぎゅるんと体をぞうきんのようにねじって縮めこみ、
その体を最初の岩に化けていた時ぐらいの大きさに戻していく。

体内には最初から何もいないかのように、
メタモンはあっさりともとの小ぶりなサイズに戻ると、
間髪いれずに目をつむりながら体を震わせ、
再びむくむくと何かの形をとるように体を大きくしていった。
むにゅむにゅ……むにゅむにゅと音を静かに鳴り響かせ、
メタモンは静かにその目を開けると、
「にぃっ…」と小さく笑みを見せ、
何かのもとへ行くようにぺたぺたと暗闇の中を歩いて行った。

まぎれもない『ゴウカザル』の姿で……。
かみかくしの洞窟


「あれだな、その洞窟は…。」

そう小さく呟きながらゴウカザルはは歩く速度を速め、
少しだけ木々の開けた広場の中へと入っていく。
そんな彼に続くようにワルビル、リングマと広場の中に入ってくると、
目の前に広がる光景に後の二匹も小さく息を漏らした。

まるで湿地帯のようにじめじめしていた森の中とはうって変わり、
開けたこの広場には爽やかな風がそよそよと草を揺らし、
所々にはかわいらしい花をつけた小さな草むらが青々と群生している。、
そしてそんなのどかな風景の広がる広場の真ん中には、
まるで地面から岩が小山のように盛り上がってできた洞窟が鎮座していた。
岩肌のあちこちに苔が生えており、
暗く開いた洞窟が地の底へと向かって広がっている。
洞窟の口のそばには見上げるほどの大きな岩がごろごろと転がっており、
ここだけ森や広場の雰囲気とは違う妙にちぐはぐとした光景だった。

「さて、さっそく調査に向かうとするか…。」
「てかさ、ちょっと待てや!」
「…ん。」

涼しい顔をして依頼書と洞窟を見比べているゴウカザルに対し、
ワルビルはぜーぜーと口から舌をはみ出させながら腕を振り上げていた。
汗もだらだらと流れて息も荒く、
体のあちこちに木の葉や声だとともに擦り傷がつき、
ひとめ見ただけでずいぶんと疲労していることが見て取れる。
後ろにいるリングマも、
表情こそ街を出た時からほとんど変わってはいないが、
あちこちに葉っぱをくっつけ、頭にはクモの巣を張り付けていた。

「なんだ?」
「なんだじゃねえよなんだじゃ!
 なんでこんな滅茶苦茶に遠い場所にわざわざ歩きで来なきゃならねえんだよ!」
「仕方がないだろう、
 この辺は森が密集していて運び屋の鳥ポケモン達が使えなかったんだ。
 それに、これくらい大した距離じゃないだろ。」
「大した距離だ! 街道沿いの小さな村ふたつも通り越したんだぞ!」

ぷんすかと腕を振り回して叫ぶワルビルだったが、
リングマにぽんぽんと肩を叩かれふてくされながらも腕を降ろす。
そんな二匹のやり取りを見ながらも、
ゴウカザルは洞窟の奥を睨みつけるように目を細めていた。

ここに来るまでの森も木々が密集し、
無理やり獣道を進むしか手がなかったほど人の手が入っていない森だったが、
この洞窟もその例にもれず、
少なくとも松明なんかの照明が設置されている様子は無かった。
洞窟の中はしんと静まり返った静寂と暗闇が続いており、
微かにカビ臭いホコリの匂いが洞窟の中から漂ってくる。

「で、なんていったっけ? この依頼の洞窟の名前。」
「『かみかくしの洞窟』だ。」
「そうそう、それそれ!
 …ていうか、今更ながら変な名前の洞窟だよなぁ…。」

ワルビルはごそごそと探検バックから木で作られた水筒を取り出すと、
軽く口に含ませるように中身を飲んでからリングマに水筒を手渡す。
そしてゴウカザルのそばまで歩いてくると、
彼と同じように洞窟の中を覗き込んだ。

ダンジョンの名前というと彼も色々な場所を知っているが、
大体その多くは地元に住むポケモン達や、
探索した探検隊たちによってつけられたものである。
ほとんどの場合はそのダンジョンの特徴にちなんだ名前をつけたり、
周辺の環境やダンジョンのある場所から名前をつけられることが多い。
だが『かみかくし』とはずいぶんと聞きなれない単語である…。

「この依頼書によるとどうもそのダンジョンに探索に出かけた奴らは、
 必ず『一人』になって出てくるらしい…。」
「…は、どういう意味だ?」
「例えば四人組のチームを組んで探索に入った探検隊なんかがいたとすると、
 出てくるときにはなぜか一人になって出てくる。
 三人組だろうが6人組だろうがな、
 他の奴がどこに行ったのかは誰にもわからないってわけだ。」
「うへ~…、気持ち悪い洞窟だな…。」
「そうか…?」

ゴウカザルは興味なさそうに依頼書を流すように読みながら、
ひょいっとワルビルの方に手渡す。
どうやらこの依頼書を渡されてから何回も読み返しているらしく、
ところどころチェックがついたり線がひっぱたりされていた。

依頼書事態は他の依頼の時のものとほとんど変わらず、
依頼の難易度を示すところにも大きく『B』と書いてある。
Bランクはギルドが取り扱う依頼の中では、
ちょうどギルド卒業のチームがそつなくこなせるようになったかな~、
ぐらいのレベルの依頼につけられるものだった。

それこそ直接ギルドに加入していない旅人やフリーのチームでも、
面倒くさい手続きとか申請書とか無しでも受けられるレベルのランクだ。
まあただ見てくればいいという調査系の依頼で、
Bランクというのは少々見なれないものだったが、
特に注意書きとかも書いてないし気にすることは無いだろう。
…たぶん。

「……で? 依頼人は俺らにどうしてほしいんだ?」
「とりあえずはそのダンジョンの発見…まあこれはもう果たしたか。
 その後はダンジョンの中を軽く調査してほしいんだとさ。
 …というか、少しは依頼内容を覚えておけよ。 元々はお前の依頼だろ…。」
「なはは…っ、面目ない…。」
「……たくっ。 …リングマ、水筒を貸してくれ。」
「…。(ヒョイッ」
「ん、ありがと。」

むすっとした表情でワルビルを睨みつけるゴウカザルに、
彼はぽりぽりと恥ずかしそうに頭の後ろをかく。
我ながらキレイサッパリ依頼の内容なんかを忘れていたため、
こればっかりは反論のしようがなかったのであった。

ゴウカザルはふぅっと一息をつくと、
彼らの背後を警戒していたリングマから水筒をもらい、
くいっと軽く傾けて中の水を少しだけ口に含んだ。

「でもさ、そんな変な噂のある依頼なんで受けたんだよ?
 …てか、んな危なそうなの俺一人に行かせようとしてたのか…!」
「どうせただの噂だろ、
 俺はお前と違って街のバーとかギルドの資料室なんかによく顔を出すが、
 こんなダンジョンの名前聞いたこともない。
 おおかた、作り話が好きなポケモンの作ったガセネタじゃないか?
 危険なダンジョンだとギルドが知っていたらBランクなんてつけないだろ。
 それに、こんな内容なのに報酬はなかなかだったからな。」
「このやろ~…。」

ワルビルが口をへの字に曲げながらそう言うと、
ゴウカザルは警戒をしつつも洞窟の中を覗き込み、
何も反応がないことを確認すると、
怖がる様子もなくさっさと中に入って行ってしまう。

クールというかぶっきらぼうというか、
ゴウカザルはあまりこういった噂話には興味を示さないのである。
ずいぶん前のギルドの修業時代のころ、
ワルビルと修業仲間のリザードが街で噂になってた怪談を話していた時も、
話しにほとんど興味を示さないどころか、
「旅人のポケモンがいきなり街中で消えるとかありえないだろう、
 おおかた誰も起きてない真夜中や朝早くに出発したんだろう。
 そんなことぐらいでいちいち騒ぎ立てんな。」
ぐらいに言ってきたぐらいなのである。
今回の依頼の内容も、ゴウカザルにしたらあんまり興味のないことなんだろう。

だがワルビルはこの洞窟からは何か気味悪いような…、
変な雰囲気を感じるのである。
それに…。

「なあ、やっぱり足跡の奴もここに入ったんだと思うか?」
「足跡って…、ここまでたどってきた足跡か?」
「そうそう、こいつ。」

そういって足元を指すワルビルの指の先には、
一人分のポケモンの足跡が森から洞窟の中に続いて付いていた。
大きさ的にはちょうどワルビルと同じくらいの足跡で、
森の中でこれを見つけた彼らは、
もしかしたら自分たちと同じ洞窟を捜しに来たポケモンの物かもしれない、
と算段をつけて跡をたどってきたのである。

足跡は洞窟の中に続いていたが、
石作りの洞窟の中では足跡がつかないため、
入り口を進んで少ししたところで途絶えてしまっていた。

「こいつも依頼かなんかでここに来たのかな?」
「それかこの信憑性の薄い噂を信じてやってきた奴じゃないのか、
 森の中をずいぶんと蛇行していたし、
 最初っからこの洞窟の位置を知っているとは言い難い足取りだったぞ。」
「…。(コクコク」

ゴウカザルの言うとおり、
確かに最終的にはこの洞窟にたどり着けたから良かったものの、
その道程は同じ場所を何度か往来していたり、
木の根っこに躓いて転んだあとがあったりと、
非常に頼りないものだったのである。
おかげでそれを辿ってきた一行もあちこち生傷がついてしまったし、
やはり彼らと同じで、
この土地に詳しくないものが来ていたと考えるのが自然だろう。

だがこの足跡、ついたのはごく最近の新しいもののようだが、
その割には洞窟から『出てきた』ときの足跡が付いていなかった。
だとするとこの足跡の主もまた、
もしかしたら『かみかくし』とやらにあってしまったのではないかと、
ワルビルは複雑な表情で背筋を震わせる。

「ほら、とりあえず中に入るぞ。」
「…え、っちょ、え!?」

そんなワルビルの気持ちを知ってか知らずか、
ゴウカザルは手招きをするように二人を呼び寄せると、
スタスタと同口の奥へと歩き出していってしまう。
その種族の特徴である頭と尻尾の炎が真っ暗な洞窟の中を橙に照らし出し、
影をゆらゆらと揺らしながら彼はくるっとこちらへ振りかえる。

「…どうした?」
「どうしたじゃねえよ、いきなりこんな気味悪い洞窟に飛び込む奴があるか!
 なんかこう…作戦とか立てなくていいのか?」
「俺たちがするのは洞窟の調査の依頼だ、
 作戦も何も中に入らなきゃ何もできないだろう…。」

ゴウカザルは腰に手を当てながらワルビルに話しかけ、
洞窟の奥を親指でクイッと指した。

「とりあえず中に入って拠点にできそうなポイントを探す、
 それからなるべく深入りしないように調査を開始して、
 もしも野生ポケモンに遭遇したらチームの連携攻撃で短時間に仕留める。
 いつもこの系統の依頼の時はそうしていただろう。」
「いや、…っまあ、そりゃあそうだけどさ…。」
「それとも何か、
 まさかそんなチームの作戦まで忘れた―とか言うんじゃないだろうな…。」
「い…いくらなんでもそこまで忘れてねえよ…!
 ただ…なんていうかさ。」

そう言いながらワルビルは気味悪そうに入口から洞窟の中を覗き見ている。
リングマの方は最初こそ警戒するように中を覗き込んでいたが、
それでも多少の警戒をしつつ洞窟の中に入って行ってしまう。
そんな様子のワルビルを見て、
ゴウカザルは少しイライラとしたように腕組をしながら口を開く。

「どうしたんだ、何か思うところでもあったのか。」
「いや…なんていうんだろう…、
 ざわざわするっていうか…ぞわぞわするっていうか…。
 そんなのない?」
「は?」
「………?」

考え込むような顔をして呟いたワルビルの声に、
仲間達二匹は不思議そうに首をかしげている。
二匹ともに微妙な反応をされてワルビルももどかしそうに頬をかくが、
それ以外にいまいち上手い例えが出てこないのだからしょうがないのである。

そんな様子のワルビルをほくそ笑むように見上げながら、
ゴウカザルはからかうような調子で口を開いた。

「なんなんだ、そのよく分からない表現は…。
 要するにビビっているとかそういう話なのか。」
「ビ…ビビってなんかねえって!ただそんな変な感じがするだけで!」
「………プフッ。」
「こ…こんにゃろー!
 リングマまで笑ってんじゃねえよ!!」
「ほら早くしろ、ただでさえ帰りも徒歩なんだからな…!
 とっとと終わらせて、せめて村の宿が取れる時間までにはここを出るぞ。」

腕を振り回してぎゃーぎゃーと叫んでいるワルビルを見て、
ふぅっとため息のように息を吐きながら、
ゴウカザルはそのまま洞窟の奥へと歩き出していく。
リングマもワルビルとゴウカザルを静かに見比べながらも、
ノシノシとゴウカザルへと付いて歩いて行ってしまった。
二匹ともゆっくりとした足取りだったが、
ゴウカザルの炎の明かりはどんどん洞窟の奥へと小さくなっていく。

後にはむなしく腕を振り上げたままのワルビルが残されたが、
彼はふてくされたように腕を降ろしぶつぶつ小言を漏らし、
足元に転がっていた小石をヤケクソのように蹴りあげた。

「ちぇ…、何だよ!
 人がせっかく注意を呼び掛けてやったてのによ、
 いきなり足元からぐわぁっとか不意打ちされても知らねえかんな~っだ!」
”ぶにゅっ”
「………ん?」

べーっと遠くを歩いていくゴウカザルに舌を出しながら、
それでも二匹を追いかけようと一歩足を踏み出すと、
ふと足元に何かをふんづけたような違和感を感じた…。
岩場しかない洞窟にしてはやけに不釣り合いなほどに柔らかく、
おまけになんだかひんやりしていてとにかく気味が悪かった。
まさかと思うが……野生のポケモンのフンとかじゃ…。

「うひっ…!? なんか変なもの踏んじまっ……たって…え?」

おもわずぞぞぞっと背筋を震わせながらワルビルは自分の足元を見る、
そしてその光景に彼は一瞬キョトンとしたように目が点になる…。

彼の足元には一抱えほどの小ぶりな岩が転がっていた、
いや、転がっているというよりは半分地面に埋まっているような感じだろう。
それ自体は別に珍しくもなんともない、どこにでもあるような岩なのだが…。
彼の踏んでいる岩はまるで粘土のように踏んだ形にぐにゃりと歪んでいた、
それも岩の質感や見た目そのままに形だけが歪んでいるのである。

「ひっ……!」

おもわず足をどけて引きつった表情でその岩を見ていると、
ゆっくりとその岩は形を失い水たまりのように平べったくなっていき…。
そして何か目の様なものがきょろっと彼の方を恨みがましく見つめていた。
石の形状をしたポケモンというとイシツブテとかイワークとかを思いつくが、
そのどちらとも違う異様な姿と感触に、
ワルビルは硬直したように目を見開きその物体を見つめている。

「う…うわあああ…!」

ワルビルがその物体を見つめ続けていると、
岩の色や質感をしたまま液体の様な”それ”が彼の顔まで蛇のように伸びあがり、
彼のことを探るように顔の周りをにょろにょろと蠢いた…。

岩の見た目だけを無視すればメノクラゲの足みたいな動きのそれだったが、
その蛇の様な何かが彼の顔へと近づいてきて、
まるで獲物を捕らえるかのようにゆっくりと巻きついてこようとする…。
そして彼の顔を一周するように蛇上の物の先端がゆっくりと彼の方に近づくと、
”べろっ”とまるでピンク色の小さな舌べろの様なものが岩の先端から突き出し、
彼の頬を優しく一舐めした…。

「…っんぎゃああああぁぁぁぁ!!!」

自分でも信じられないぐらいの叫び声をあげて、
そのピンク色をしたにょろにょろを振り払うと、
ワルビルは猛然とその場から走りだし仲間達のところへと駆けだした。
小石を蹴飛ばし、地面から突き出した石に躓きそうになりながらも、
彼はパニックになったように声を上げながら走り続ける。
すぐに先を歩いていた仲間達の所へと追いつき、
ワルビルはまるで飛びつくようにリングマの背中に抱きついた。
まるで小さな子供が震えて母親を抱きしめている様子に似ているが、
彼はガチガチと歯を震わせながら恐怖におののくように背中に掴まっていた。

ワルビルの尋常ではない様子に、
先ほどまでは落ち着いた表情をしていたゴウカザルやリングマも、
驚いたように震える彼を見つめている。

「…ひっ…く、っ…ああぁ…!!」
「な…なんだ、どうした!?」
「………!?」

とにかく事情を聴きだそうとゴウカザルはワルビルのそばに近寄ると、
その肩をつかんで顔を自分の方へと向かせる。
だがワルビルの方は何かへの恐怖が抜け切れていないのか、
目の焦点が合わずカタカタと体を小刻みに震わせたいた。

「どうした、何を見たんだ! まずは落ち着くんだ!!」
「う…うあ…! い…いし…、地面の石が……!!」
「地面の石…?」
「いしが…化け物みたいに……何か…ほっぺに触って…、
 ドロッとしてて……それで…それで……うわああぁっ!」
「……っ!?」

それは一瞬の出来事だった。

自分の体験した先ほどのありえないような事態に、取り乱していたワルビル。
その彼の視線の先には、
先ほどの蛇の様な何かが鎌首をあげてこちらを見降ろしていたのだった。
ゴウカザルが心配して彼を落ち着かせようとその肩に手を伸ばすが、
恐怖に支配されていた彼は思わずその胸を突き飛ばしてしまった。
普段なら多少痛いだけですみ、
その後ゴウカザルが悪態をつきながらもワルビルを落ちつけ、
警戒してその蛇な様なものへ反撃をしたか、
危険を感じ依頼をリタイアしたかのどちらかだっただろう。

だがワルビルに突き飛ばされ一瞬だけゴウカザルが後ずさり、
すぐに体勢を立て直そうと彼は足を踏ん張る…その瞬間だった。
彼の足元でカチッっと何かのスイッチのような音が響くと、
ゴウカザルの体のまわりに小さな光の粒子が集まり、
彼の体がまるで光に溶けるように消え始める…。

「………あ。」
「………ぐっ!?」
「………!」

三人とも何が起きたのか理解する暇もなく、
ワルビルとリングマが驚いたように見つめる中で、
ゴウカザルの体はひゅんと音を立てて消えてしまった…。

明かりをなくして闇に包まれていく洞窟の中、
彼の立っていた足元には、
冷たく鈍い銀色に輝いた『ワープのわな』だけが静かに鎮座していた……。
 
型物と忘れん坊と無口

「うぎゃぁぁぁ…!!! た…助け……あぐっ……うぁぁぁ…!!!」

街のポケモン達の手が入っていないような暗い洞窟の奥。
無機質な岩肌に包まれた壁や地面が洞窟の中に広がり、
洞窟の中を小さくて赤い光がほのかに岩肌を照らし出していた…。
そのちらちらと揺れる明かりは地面に落ちた松明の炎の明かりのようであり、
冒険者用のこじんまりと小さく作られた松明は、
持ち主の手を離れてころころと地面の上を転がっている。

付近にはほかにも細かな道具が散乱するように落ちており、
旅慣れた冒険者が見れば襲われた跡だということがすぐに分かっただろう。
そんな松明の明かりに照らし出された持ち主のポケモンの姿が、
まるで影絵のように洞窟の壁に映し出され、
苦しそうな声をあげてもがいていた。

「ひぃ……く…来るなぁ……ぐぅっ…ごぼっ…ごぼぼっ!!」

くぐもった水におぼれたようにもがく音、
地面や岩をひっかくようなガリガリという音、
そしてそれに混じって絶叫と嗚咽が混じった悲鳴の叫びが、
洞窟の中をこだまのように響きわたっていた…。

影絵のポケモンの姿には、
まるで蛇や触手の様な細長いものが腕や足に何重に巻きつかれ、
顔にもまるで覆いかぶさるようにもこもことした何かが包み込んでいる。
捕えられている方は体を宙に持ち上げられながらも、
必死にその何かをはぎとろうともがいたり足をばたつかせたりするが、
次第にその体が触手に呑みこまれていくように形を失っていく。

「ぶぁっ…あがっぐぅぅっ…がああああああぁぁっ………っ……。」

しばらくするともがき苦しんでいた声がぷつりと突然に途切れ、
ジュッっという音ともに松明の明かりがふっと消える。

そして何事もなかったかのように、
洞窟の中はしんとした静寂に包まれていった、
まるで叫び声の主がそっくりそのまま消えてしまったかのように…。

『…………。』

ふと、静まり返った洞窟の奥から小さな足音が聞こえてきた。
手に松明をかかげているわけでもないのに、
外の光が入ってこない真っ暗な道を、
躓くことも滑ることもなく足音を立てながら歩いてくる。

暗くてよくわからないが、おそらく何かのポケモンなのだろう。
やがて「それ」は行き止まりの様な一角まで来ると、
こんこんとまるでドアをノックするかのようにその壁を叩いた。

…すると、
まるでそれに応えたかのように壁は横へと転がるように開いていき、
やがて十分な広さにまで開ききると「それ」はひょいと隙間の外へ出た。
どうやら壁だと思っていたものは大きな丸岩だったらしく、
まるで洞窟の入り口をふさぐかのように置かれたその岩は、
今は静かに入口の横にたたずんでいる。

いったい何で岩が洞窟をふさいでいたのか、
そしてそれをいとも簡単に開けてしまったこいつがなんなのか…。
今は誰にもわからない。
ただ洞窟から抜け出したそのポケモンは…。

『………にぃ。』

と静かに笑みを浮かべていた。
目だけは無表情のまま笑っていない、奇妙で不気味な笑みだった…。

※  ※  ※

「ふわぁっ…、あ~眠いなぁ~…。」

大きな口を開けてあくびをしながら、
一匹のポケモンが眠そうに眼をこすりながらを歩いていた。
普段はキリッとした黒いふちのある目元はとろんと眠そうに閉じていて、
対照的に面長い大きな顎をこれまた大きなあくびで開ききっている…。
彼は薄い砂色と黒の落ち着いた体色に包まれた、
ワルビルとよばれる種族のポケモンだった。
凶暴そうな見た目と顔つきをしている種族なのだが、
寝ぼけ眼で歩いている彼からは、これっぽっちもそんな気配はしなかった。

「あ~…今日もいい天気になりそうだぜ。」

目を覚まさせるようにふるふると軽く顔を振りながら、
ぐぐぐっと腕をあげて背伸びをしている。
彼の言うとおり空は気持ちのいい青空で、
そよぐ風に乗ってどこかからパンの焼けるいい匂いが通りに漂うと、
彼はかぎわけるようにひくひくと鼻を鳴らしている。
首に巻いていた白いスカーフもひらひらと風にそよぎ、
とても気持ち良さそうにたなびいていた。

朝…というにはもう少し日が昇ったぐらいの時間帯で、
普段なら旅人で込み合っているこの通りも、
今はまだ住人たちがまばらに歩いているぐらいで閑散としていた。
そのなんともいえない開放感が、より一層彼の気分を良くさせてくれていた。

「ん~うまそうな匂い♪
 そういや朝飯もまだ食ってなかったんだよな、
 どうせ用事もねえしどっかの店で朝飯でも食って………ん?」

…ふと、彼は急に道の真ん中で立ち止まる。
首をかしげて腕を組むと、不思議そうにぽりぽりとひたいをかいた。

「…あれ、そういや俺なんで街に出てきたんだっけ…?
 朝の散歩…なんてする柄じゃねえし……んん?」

どうやら自分で街を歩いていた目的を忘れてしまったらしく、
冷や汗をたらりと流しながら焦ったように頭をかきむしっている。
太い尻尾をふりふりと振りながら、
何をしようとしていたかを思いだそうと考え込んでいるが、
どうやら成果は出そうにもなく困ったように肩を落とした。

「やべっ、本格的にど忘れしちまったかも…!
 なんだったけかなぁ…なんか大事な用が。」
「あれ、ワルビルじゃない?」
「ん…?」

不意に誰かから声をかけられ 彼は声のした方を振りむく。
見ると一匹のポケモンが片手にいくつかの紙袋を抱え、
抱えていない方の腕を振りながらこちらへ向かって歩いてくるところだった。
一瞬誰だか分らなかったが、
近づいてくるにつれてそれが彼の知りあいのルカリオだと分かると、
ワルビルは嬉しそうに手を振って応える。

「お、ルカリオじゃん!おはよ♪」
「おはよう、ワルビルと会うのはずいぶん久しぶりだね。
 どうしたのそんなところで腕なんか組んで…?」
「あ~…そのなんだ…。
 なんか用事があって街まで出てきたと思うんだが、
 その…用事をうっかり忘れちまって…タハハ。」
「もぉ、忘れっぽいのはギルド卒業前から相変わらずなんだね。」
「ハハハ……それ前にライボルトの奴にも言われたよ…。」

力なく笑いかけながら言うワルビルに対し、
ルカリオは「やれやれ」と腰に手を当てていた。
通りの真ん中で昔からの知り合いのように話をしている二匹だが、
こう見えても二人とも『探検隊ギルド』を卒業した探検隊の一員であった。

彼らの住む街のちょうど外れの方に、
見上げるほど大きい大木が青々とした葉を茂らせて立っている。
その木こそが彼らの様な冒険者を管理している『ギルド』の本部であり、
その中の探検隊に所属している彼らは見習いのころからの付き合いであった。
お互い一緒のチームではないが、同じギルドの修業時代をともにした者同志、
卒業した後も会えばこうした他愛のない話ができる間柄だった。

ワルビルは首のスカーフをくりくりと手でいじりながら、
荷物を持ち直しているルカリオに話しかける。

「そっちはいいよなぁ面倒事とかなさそうでさぁ。」
「そんなに面倒かなぁ、ワルビルのチーム。
 他の二人ともしっかりとしてると思うけど?」
「そんなことねえって、うちの片方は面倒事は全部俺に押し付けるし、
 もう片方は片方で何考えてんのか分かんねえし…。
 気苦労が多いと忘れっぽくなるもんなんだよなぁ。」
「ほぉ……気苦労ねぇ?」

ふとルカリオのものではない誰かの声に、
ワルビルはビクッと体を震わせてそぉっと後ろを振り返る…。
背後を見ると明らかに不機嫌そうな顔のゴウカザルが一匹、
通りの真ん中に立ち腕を組みながらこちらを見つめていた。

「うぇ…、ゴ…ゴウカザル……。」
「なにが気苦労だ…。
 いつまでたっても戻ってこないと思ったら、
 こんなところでのんきに立ち話とはな。」
「イデ、イデデ……!!鼻を押すな鼻をっ!!?」

ゴウカザルはスタスタと歩いてワルビルの前に立つと、
ずいっと突き出した指で彼の鼻を力強くぐいぐいと押し付ける。
つねられたりするよりも痛くてワルビルはバタバタと暴れると、
ぴょんととびすさって鼻をさすった。

「いつつつ……何すんだよ!
 出会いがしらにこんなことされるいわれは無いぞ!」
「…何をするんだじゃないだろう。
 任せた依頼、終了したんだろうな…?」
「へ…?」
「一週間前にチームメンバーで別々に受けた単独依頼、
 張り切って出かけて行ったお前だけが一週間音信不通!
 で、終わってるのか、終わってないのか…!」
「え…えっと……!」

鼻息荒くまくしたてるゴウカザルに、
ワルビルの方はしどろもどろに胸の前で指をちょんちょんといじっている。
必死に依頼のことを思い出そうとしているのだが、
街に来た理由さえ忘れていた彼だ、
これっぽっちも依頼の内容を思い出すことができなかった。

「えっと…………ごめん、忘れてました……。」
「はぁ…、そんな事だろうと思ったよ…。」

しょぼんと顔を伏せるワルビルの消え入るような声を聞きながら、
ゴウカザルは手のひらを顔に当てて疲れ切ったように肩を落とした。
このゴウカザルはワルビルと同じ探検隊の仲間である。

れいせいで冗談の通じない性格なところがあるが、
とても頼れるチームメンバーの一人である。
とはいえ今はむすっと指の間からワルビルの方を見つめながら、
とんとんと気難しそうに足で地面をたたいていた。

「あいかわらずみたいだね、ゴウカザルのところは…♪」
「まったくだ…。
 一匹はこうしてなかなかに頼りにならんし、
 もう一方は普段から何を考えているのかさっぱり分からん。
 正直お前たちのチームがうらやましいよ、ルカリオ。」
「だ、誰が何考えてるか分からないだコラ!」
「逆だ逆、お前の方が頼りにならんのだ…。」

鼻息を荒くして地団駄を踏んでいるワルビルと、
手を当てたままため息をついているゴウカザルを眺めながら、
ルカリオはクスクスと口に手を当てて笑っている。
こうしてお互いに喧嘩ばかりしている二匹なのだが、
これはこれで意外と相性のいい二人組みなのである。

…もっとも、
普段ならもう一匹の仲間がそろそろ止めに入るところなのだが…。

「こんのぉ、言わせておけb…ぶふっ!?」

腕を振り上げてゴウカザルに飛びかかろうとしたワルビルの前に、
突如巨大な壁の様なものが立ちはだかり、
よける間もなく彼はその壁に激突する。
その壁のもさっとした感触に不思議そうに目をパチパチとさせていると、
彼の体がひょいっと背中からつまみあげられて宙に浮いた。

そこにはリングマと呼ばれる種族の大熊の姿をしたポケモンが、
口を真一文字に引き結んだ無表情に近い顔でワルビルを見上げ、
四肢をばたつかせてもがいているワルビルを片手で軽々と持ち上げていた。
ぎゃーぎゃーと騒いでいるワルビルの声に反応したのか、
通りを歩いていたポケモン達は立ち止まり、
近くの建物の窓から顔を出して何事かと彼らを見つめていた。

「ぬわったぁっ!? お、おろせよリングマ!」
「………。(フルフル」
「わかった、分かったって! 俺が悪かった、謝るから降ろせっての!!」
「…………。(コクッ」

流石に周りの通行人の視線が恥ずかしくなったのか、
ワルビルも顔を赤らめながらリングマに懇願している。
しばらくはじーっと聞き流していたリングマだったが、
ゴウカザルが降ろしてやれとでも言うように腕を振ると、
一度だけ頷いてワルビルを地面へと降ろした。

「はぁ…はぁ…、あ~しんどかったぁ…。
 な、ルカリオ。俺が気苦労してるって分かるだろ?」
「どちらかというと、
 ゴウカザルが苦労しているっていうのは伝わったかな…♪」
「ったく、お前がもうちっとしっかりしてくれてりゃ、
 俺もこんなに毎日毎日声を荒げなくて済むんだがな。」
「ちぇ~…。」

ふてくされたように座り込んでいるワルビルをよそに、
ゴウカザルは持っていたカバンをごそごそと探ると、
何枚かの束に丸められた書類の様な紙束を取り出した。
見るとどうやら自分たちの受けた依頼書をまとめたものらしく、
ゴウカザルはなぞるように指を走らせながら、
目的の依頼書を探している。

「…あったぞ、これがこいつに任せておいた依頼だな。
 っと、内容は『ダンジョンの調査』依頼か。
 期限は……無期限、助かった…。」

どうやらワルビルの受けた依頼を確認しているようだが、
少なくとも期限が過ぎてはいなかったようで、
ゴウカザルは安心したように長く息を吐いた。
彼は簡単に依頼内容を目に通すと、
しゅるるっと書類を筒状に丸めてカバンの中に戻した。

「仕方ない、この依頼を片づけに行くぞ。」
「え、お前らもついてきてくれんのか?」
「またお前だけに行かせて忘れられても面倒だろう。
 それに大した内容の依頼じゃないからな、さっさと行って片づける。」
「…お、おう!」
「………。(コクン」

ゴウカザルの掛け声に二匹はそれぞれ頷いて応えると、
彼らはくるっとルカリオの方に振り向いた。

「じゃあちょっとこいつの尻拭いをしてくるよ。」
「うん、行ってらっしゃい。
 ワルビル、今度は一週間も時間かけちゃだめだよ。」
「わ…分かってらい!
 そっちこそ、リザードとライボルトによろしく言っといてくれよ!」
「うん、ちゃんと伝えておく!それじゃあ気をつけてね。」
「おう、行ってくるな♪」
「………。(手を振っている」

そう言いながら彼らは街の外に出る門の方へと駆けて行った。
騒がしい一団が去ってしまい、
ルカリオは少し寂しさを感じながら彼らの後姿を眺めている。
遠目からでも分かるくらいに賑やかに騒ぎながら、
三匹は門の所で外に出る手続きをしているようだった。

「それにしても相変わらずだったなぁ、あの三人…♪
 ワルビルの忘れんぼ具合は前よりも凄くなってたけど…、
 ま、元気そうでよかった。」

そうくすりと小さく笑みを浮かべながら呟くと、
抱えていた紙袋を抱え直して彼も街の雑踏へと消えて行った。
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展示するのも恥ずかしい物しか置いていませんが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
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更新日 2014年  1月17日
  少ないけどとりあえず新規イラストに変更
  一枚オリキャライラストなので苦手な方注意

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