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忘れられない思い出
 
「……ぶっはぁ!」

”バッシャーン”と水しぶきを跳ねさせながら、
リザードが水の中に付けていた顔を上げる。
ぽたぽたと肌を伝って落ちていく綺麗な水を、
ぷるぷると大きく横に振って水気をはらった。

「ふひゃぁー、気持ちー♪」
「……ねぇ、ちょっと…。」

「ん?」とくるっと横の方へと振り向いたリザードだったが、
彼の払った水しぶきが顔やら体やらに飛び散っているルカリオの姿を見て、
ぎしっとこわばったように表情が固まった。

ライボルトなんかだとすぐに怒鳴りつけてくるはずだが、
それとは対照的に笑顔でいるルカリオの顔がなんか怖い…、
目が笑っていないというのはこういうことを言うのだろう。

「……何か先に言うことは。」
「…ご、ごめんなさい。」
「分かればよろしい。」

素直に謝ったリザードに、
ルカリオはうんうんと頷きながら、顔に付いたぐいっと水しぶきをぬぐう。
かかってきた時は少し不快だったが、
色々なことがあって興奮していた体には、その冷たさが心地よかった。
二匹が仰ぐように空を見上げると、
すでに夕焼け色に赤く染まった空が丸く開けた木々の間から見えていた。

彼らが今いるのはどのくらい森の奥なのだろうか…。
彼らが気がついたときにいたのは、
透き通るくらいに青く澄んだ大きな湖の岸辺だった。
周囲を生い茂った木々で囲まれ、涼しげな風が時折彼らの頬を撫でていく。

湖の真ん中にはうっすらと霧に覆われた小さな浮き島が見え、
小山のようにそびえた岩と少しの草や木が生えているだけのようで、
野生のポケモンが住み着いている様子は見られなかった。

とはいえその浮島や澄んで綺麗な水のおかげか、
どこか神秘的な雰囲気がこの湖には漂っていた。

「でも帰る前に体のドロドロを落とせてよかったよ、
 毛がカピカピにならなくてよかったぁ…。」
「乾くとあらうの大変だもんね、
 この前のベトベトンの時も洗う時大変だったし…。」
「…おい。」
「あの時は酷かったよ、
 こびりついてる上に臭いまで凄いんだもん、鼻が曲がるかと思った…。」
「寮のお風呂当番の人しかめっ面してたよね、
 まああの汚れと臭いじゃ仕方ないかもしれないけどね…♪」
「…おい!」
「…ん?」
 
不機嫌そうな声が聞こえてくる方に二匹が振り向くと、
ぶすっとした表情のライボルトが岸辺に座りこんでいた。
体のあちこちにバンソウコウを貼り付け、
顔にも包帯をぐるぐると巻きつけてまるでミイラのようになっていた。

二匹が気がついた時、ライボルトが傷だらけの状態でそばに倒れていたのだ。
それを見て慌てて二匹でライボルトを介抱し、
手持ちの薬や近くに生えていた薬草で治療したのである。
…若干雑な治療の仕方だったが、
それでも冒険先の少ない治療道具の中では的確にできている方であろう。

「いい加減帰ろうぜ、こっちは傷だらけでボロボロなんだからよ。」
「大丈夫…? 治療はしたけどほとんど応急処置だし、
 もう少し休んでた方がいいんじゃないかなぁ…。」

不満そうに言うライボルトに対し、ルカリオが心配した様子で話しかけてくる。
なにせ隙を突かれて飲み込まれてしまった二匹とは違い、
ライボルトはマルノームの攻撃を受けたり木に打ちつけられたりと、
かなり激しいバトルを繰り広げた後なのである。
ルカリオ達はほとんどダメージは無かっただろうが、
ぐったりと気絶していたライボルトの体力の消耗は相当なものだっただろう。

「これくらい平気だ…とと…。」
「おっと危ない…!
 ほら、やっぱりふらふらじゃん。 やっぱりもう少し休んでなよ。」
「平気だっつぅの…。」

彼が立ちあがろうとしたところで足ががくんと崩れ落ち、
急いでルカリオがそれを支える。
バトルの傷だけならまだしも、
その直後に気絶した二匹を背負って移動してきたのだ。
平気そうに言ってはいるが、
当然体力は消耗しきっており、動くのもきつそうだった。

だがどれだけ傷だらけになっていようと、
ライボルトは仲間達が怪我をしていないことにほっと胸をなで下ろしていた。
気絶している間も二匹は呼吸こそしていたが、
目を固く閉じてぐったりとしたままだったので、
とにかく急いで休めるところを探そうと必死に運んできたのである。
 
そんな彼が川をたどってきて見つけたのがこの湖だった。
静かに波音ひとつなくたたずむ綺麗な湖で、
眺めているだけでどこか懐かしい気持ちになる不思議な湖で、
彼はこの風景をどこかで見た様な気がしたのである…。
もしかしたらこの場所も彼の記憶と何か関係があるのかもしれないが、
やはり霞がかかったように詳しいことまでは思い出せなかった…。

とはいえ二匹を休ませるにはちょうどいいということで、
彼はここで仲間たちを休ませようと背中から降ろしたのである。
…もっともその直後に彼自身も気を失うように倒れてしまったのだが。

そんなことを彼がつらつらと思いふけっていると、
ルカリオはライボルトのそばに近寄り、”ぽふっ”と額の所に手を当てる。
傷が熱を持っていないかどうかの確認だったが、
どうやらその心配もなさそうでライボルトの熱がじんわりと掌越しに伝わってきた。
 
「今のところ熱は大丈夫そうかな…?」
「あたりまえだろ、ねんざや切り傷なんかでそこまで悪化するかよ。」
「…もぉ、そんなに簡単に言わないでよ。」

「ふんっ」と軽く鼻を鳴らして言うライボルトに対して、
リザードが頬を膨らませて抗議するように呟く。
さっきまで楽しそうにしていた彼の表情とは一変して、
少し悲しそうな顔でライボルトの方を見ていた。

「僕らは先に飲まれちゃってたから怪我もほとんど無かったけど、
 その代わりライボルトがこんなに怪我しちゃったんだもん…。
 心配すんのは当たり前でしょ…。」
「あのなぁ、俺だけ怪我すんのは別に今日が初めてじゃないだろうが…。」
「…そうだね、でもだからこそ心配なんだよ。」

呆れたように言う彼に対して、
ルカリオも寂しそうに微笑みながら彼に巻かれた包帯に軽く触れる。

「ライボルトはいつだって僕らの前に出てくれるんだもん。
 そのおかげで僕達も安心してダンジョンを進めるし、
 だからとっても君のことは頼りにしてる………けどさ。」
「………。」
「けどさ、だからこそ君のことが一番心配なんだよ。」

ライボルトはじっとルカリオとリザードの目を見つめる。
伏せた様なその目を見ていると、
なんとなくだが二匹の気持ちが分かる気がしていた。

仲間を守りたいという気持ちと、仲間を傷つけたくないという気持ち。

ライボルトが仲間を守ろうとするほど彼は傷ついていく。
それを後ろで見ているだけしかできなかった仲間達は、
一体どんな思いで彼の背中を見てきたのだろうか…。
悔しい…? それとも寂しいのだろうか…。

「…悔しいか。」

二匹に聞こえないくらい小さな声で、ライボルトはぽつりと呟く。
こんな悲しそうな目をライボルトはどこかで見たことある気がしていた…。
マルノームに飲まれてしまったときに見えた過去の映像…、

その中で見たあの『友達』も、
こんな目で自分の背中を見つめていたのだろうか。
じっと前に出れない自分を悔やみ続けながら…。
彼は自嘲するようにふふっと笑みを浮かべると、
ルカリオとリザードに向かってニッと歯を見せて笑った。

「そう心配すんな。」
「…え。」
「俺だって後ろでお前達が見ててくれるから前に出れるんだ、
 お前らなら安心して後ろを任せられるからな。」
「………。」
「だから、お前らの前は俺に任せておけ。
 その代わり、後ろはお前らに全部任せるからな。」
「……うん。」

最初は面食らったようにしていたルカリオだったが、
いつもの笑顔に戻りながらこくんと頷いた。
そのままの顔で彼は後ろにいるリザードにも声をかける。

「だってさリザード、
 これからはライボルトの後ろをしっかり守らないとね♪」
「うん、分かった!」
「しっかり守っとけよ、今度勝手に前でたら承知しないからな。」
「そっちこそ、かっこいいこと言っといて無茶して倒れないでよね!」

べーっと舌を突き出しながらリザードも言っているが、
どうやら彼も笑顔が戻ったようだった。
その賑やかな様子を眺めながら、
ルカリオは探険バッグから水筒を取り出してリザードの方に駆けていく。

「さ、迎えの運び屋さん達が来るまでもうそんなに時間も無いし、
 帰り道の飲み水でも補給しておこうよ♪」
「了解!
 ここのお水美味しいよね、ちょっと多めに持って帰っちゃおうッと♪」

思い思いの場所で水を組んでいる二匹の背中を見つめながら、
ライボルトはぽすっと伏せのような態勢で体を休める。
そしておもむろに置いてあった古ぼけたカバンを前足で引き寄せてくると、
ごそごそとカバンの中を漁るように前足を動かす。

「……こいつは。」

何かが前足に触れ、ざらざらとカバンの中の物を地面に転がす。
カバンの中からは何か乾燥しきったきのみの塊のような物がいくつかと、
しわくちゃになった紙のような物が出てきた。
ライボルトは取り出した物を地面に置くと、眺めながらぽつりと呟いく。

「……これは、俺…。」
 
そこにあったのは古ぼけた写真だった。
縁はすりきれボロボロになり、
ところどころ滲んだり大きく破れてしまっていたが、
その写真に写っているポケモンの姿を見て彼の表情が真剣な物に変わった。

その写真の中の何匹かのポケモン達の中には、
他でもない彼自身が映っていたのである。

「もしかしてこれは…、記憶を失う前の…俺。」

どうやら記念写真か何かだったらしく、
どこかの村で彼ともう二匹のポケモン達が、
それぞれ笑みを見せて映っている集合写真だった。
そして、その内の片方のポケモンには見おぼえがある…。

「この灰色のポケモンが持っているカバンがこのカバン…、
 そしてこの灰色の奴はあの時見えた記憶の中にもいた…。」

写真の彼のすぐ近くで、
小さな一匹のポケモンを挟んで立っている四足のポケモン。
マルノームの腹の中で見た幻にいた、彼と一緒にいた灰色のポケモンだった。
あの時は顔が靄で隠れてしまっていたが、
今の彼にはありありとその顔が思い出せていた。
灰と黒のしなやかな毛並みをした彼の『友達』の顔が…。

「……ようやく思い出せたんだな…。 俺の…俺の大切な仲間の顔…。」

ぐっと奥歯を噛みしめて、ライボルトはぽつりと呟いた。


かつてライボルトと灰色のポケモンは、二匹でこの森の入口まで来た。
 
彼らはこの森の近くにあった村で暮らしており、
その村で育ったライボルトと、
同じ村に住んでいたポケモンは村一番の親友同士だった。
どこへ行くにも二匹で行動し、
時には村から離れた遠くの場所へも遊びに行くくらい、
気心の知れた仲間だったのである。

だが、彼らがこの森を訪れたことでその幸せも終わってしまう。

山ほどのきのみが生えていると噂されていたこの森。
だがそれと同時に不気味なうわさも絶えなかったこの森には、
村の者の者達は誰一人として足を踏み入れなかった。
 
そんな噂のある森に、ライボルトは興味を持ってしまったのである。
忠告してくれた仲間の言葉もそこそこに、
ただただ冒険に憧れるあまり、彼は一匹でこの森へと入り込んだのだ。

…そして、彼はそこで地獄を見ることになった。

細かいところまでは覚えてはいないが、
月明かりに光る森の中を死に物狂いで逃げ惑い、
四肢が熱を持って痛みを訴えても、決して止まることなく走り続けた。
彼を追いかけていたのは、この森に住み着くマルノーム達だった。

森に迷い込んだ哀れな獲物を執拗に追い詰め、
とうとう彼は逃げ場のない湖のほとりに誘い込まれてしまった。
そしてついには彼は一匹のマルノームに捕まると、
”ぐぉん”と開けた紫色の口内の中に、全身を落としこまれてしまったのである。

粘つくように全身を包み込む唾液とその生臭さ、
そして不気味に温かい口内の温度が今も彼の記憶には刻み込まれていた。
先ほど経験してしまった物とまったく同じことを、
過去の彼自身も体験していたのである。

へばりきってがくがくと痙攣しかできなかった口で、
最後に仲間達の名前を呟き、
彼はごくりとマルノーム達に呑み込まれてしまったはずであった…。

………そう、
彼の記憶の中では確かにそこでマルノーム達に食べられて終わっているのである。
ならば彼はなぜ今こうしてここに生きているのだろうか、
そしてなぜあの時の記憶を失っていたのだろうか…。
それが今の彼にとっての最大の疑問であった…。

ただ覚えているのは、
波も立てずに水面をたたえていた美しい湖と、湖面に映る丸い月…。
そして……。


「……あの時、確か湖に何か映っていたような…。」

ふと記憶の中で引っ掛かることを思い出し、
ライボルトはすぅっと湖面の方へと目を向けた。

ルカリオ達が水を組んでいる岸辺よりももっと中心の方、
水面に映った月のそばに何か浮かんでいたような気がしたのである。
黄色く小さな妖精のような…何かが…。
当然今彼の見つめる水面には何も映ってはいないし、
それを眺めていても、彼の記憶には何もかすめはしなかった…。

…だが、もう無理に過去を振り返らなくてもいいのだろう。
思い出さなくてはいけない、大切なことだけは思い出せたのだから。

「グラエナ…、お前は今どこにいるんだろうな…。」

ふぅっと小さく息を吐きながら、彼は寂しそうに空を見上げていた。

夕焼けの空は静かに日が暮れていき、
遠くの空ではチカチカと小さな星の光が浮かんでは消えていたのだった…。
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ねばついた記憶
 
もむもむとマルノームは口を動かし、
口の中に残った獲物達の味を反芻している…。
これまで何匹もいろんなポケモン達を食べてきた彼だったが、
今日食べた三匹達はその中でもかなり美味しい奴らだった。

”ぐぎゅるるる……。”

気持ち良さそうに喉を鳴らしながらも、
マルノームはくいっと軽く首を回して崖下の方を覗く。

荒れ果てた岩場を見つめる彼の目は、
心なしかどこか寂しそうな目をしていた。


かつて…といってもどのくらい前のことだっただろうか……。
この森にまだ彼の仲間が住み着いていたころ、
この森にはたくさんの美味しい獲物が迷い込んで来ていた。

彼らが何でこの森に来ていたのかはよく分からなかったが、
訪れた獲物達は我先にとこの森に生えているきのみをとっていき、
そうかと思うと自分達マルノームに怯えながら森中を走りまわり、
そして結局彼らの中の誰かのお腹に収まってしまうのである。
おまけに獲物達が残していったきのみは、
拾った場所とは違うところで芽を出し、
また彼らのもとへと哀れな獲物達をおびき寄せてくれていたのである。

そうやって彼らマルノーム達は、
長い間この森と一緒に暮らしていたのであった。

だが、そんな彼らの生活もだんだんと限界を迎えてしまった…。

ここ最近、この森を訪れる獲物達もめっきりと居なくなってしまい、
一匹、また一匹と彼の仲間達もこの森を去っていってしまったのである。
それでも彼も含めた何匹かは、
森に生い茂っていたきのみで飢えをしのいでいたものの、
彼らマルノームの食欲を満たすには、
この森のきのみだけでは到底足りなかったのである…。
あっというまにきのみは無くなってしまい、
そしてそれに釣られてやってくる獲物達もいなくなってしまったのであった…。

もうこの森に残っているマルノームは彼一匹…。
それ以外の仲間達は、みんな獲物を求めて森を出ていってしまった。
でも、彼はこの森から離れたくなかった。
…例えきのみが無くなっていても、
彼が大切に植えたきのみの木がたくさん埋まっているこの森を、
彼には捨てることは出来なかったのである…。


”………?”

ふとぼんやりとしていたマルノームは、
足元にごろんと転がっている探険バッグに目を向けた。
確か呑み込んだやつらの誰かが持っていたやつである…。
彼はそれを見てにんまりと朗らかな笑みを浮かべる。

食べてきた獲物達の持っていたこの不思議な入れ物は、
彼にとってのささやかなコレクションとなっていた。
集めることに特に何があるというわけでもないが、
どうせ食べても味も無く硬いだけで、
彼にとっては食べる以外に使い道のないものなのである。
なので彼は自分の体のとくせいを活かし、
気にいった落ちているバッグを見つけるたびに、
ペタペタと体にくっつけてきたのであった。

目の前に落ちている物も、
今までみたこと無いような色をしているし、
おまけに丸くて小さな飾りのような物もついていて、
コレクションとしては最高な物のように思えた。
彼は短い手をぐぐっと伸ばし、
落ちている探険バッグもくっつけてしまおうと触れようとする。
……と。

”バヂッ…バヂヂヂッ!!”
”…!!?”

突然お腹に走った激痛に、思わずのけぞるようにびくんと反応する。
ぶすぶすと黒い煙のような物が彼の口から湧き出してきて、
マルノームはげほげほと咳いこみ始めた。
だがお腹に走る痛みは全く引く様子がなさそうである…。

”……! ………!!”

あまりの痛みに彼はごろごろと地面を転がったり、
お腹を木に打ちけて沈めようとする。
だがまるでお腹の中で何かがくらいついているかのようで、
ぎりぎりとお腹が何かに締めあげられ、
冷や汗がだらだらと絶え間なく流れてくる…。

”ぎゅぅ……!! ぎゅぅぅぅぅ……!!”

普段無表情なマルノームという種族には似つかわしくないほど顔をしかめ、
絶え間なく流れる汗のせいで彼のとくせいである【ねんちゃく】も弱まり、
ボトボトとくっついていたカバンの数々が落ちていっていた。

”ボゴォッ…ボゴッボゴォォ!!”
”……ぶぎゅぅぅぅ……!!”

彼の大きく膨らんだお腹にぼこぼこと腕のような塊が突き出され、
耐えきれずマルノームの口からぼたぼたと唾液が垂れ落ちる。
そして、苦悶の声が彼の口から洩れてきた方思うと、

”ぐぐぐぐっ!”とお腹の膨らみが口元へとこみ上げていき、
マルノームの頬がぼこぼこと球状に膨れ上がってゆく…。

”…げぶっ……うぐぐぐぐぅぅ………ごぼぉぉっ!!”
”ズリュリュ……ズルゥゥ……ベシャ、ベシャァッ!!”

しばらくはこらえるように口元に何かをためていたマルノームだったが、
ついにこらえきれず口の中の者たちを次々と吐き出した。
最初にリザード、そして続くようにルカリオと、
大量のマルノームの体液に包まれながら口の中から吐き出されてきた。
二匹とも完全に気を失っているらしく、
倒れ伏したままピクッとも動かなかった…。

”…ぐぶぅぅ……えっぐ……ぐえっほ、えっほ!!”
「……うぐぅっ、くっ…!」

二匹を吐きだしたマルノームだったが、
さらに小さな塊がお腹から口元へと急速にせり上がってゆくと、
飛びだすようにその口の中からライボルトが這い出てきた。

彼よりも先に吐き出された二匹と同じように、
体中からボタボタとマルノームの体液が垂れ落ちていた。
青く短い彼の毛並みを汚らしくべとつかせているが、
ライボルトはそれすらも気にしないかのように、
”バヂヂッ”と火花を飛ばしながら【スパーク】放っている…。

「…よぅ。」
”………!?”
「今度は出てきてやったぜ、
 …それにしても、よくもやってくれたもんだな……!!」

しっかりと地面に生える草むらを踏みしめ、
マルノームの赤い目をギロッと睨みつけている。
彼よりもずっと小さく弱々しい奴のはずなのに、
その眼つきの鋭さに彼は思わずビクッと体を震わせる。

「今すぐにでもお前を叩きのめしてやりたいぜ…、
 前にやられたお返しも含めてな…!」

ライボルトの【スパーク】が彼が喋るたびにはぜ、
空気の焦げるような臭いが周囲を包んでいく。
まるで抑え込んだ怒りが漏れ出して形となっているようだった…。
ぐっとライボルトは足を踏みしめ、マルノームの方に身を乗り出そうとする。
その威圧感のある姿に、相手の方は「ひぃ…」と怯えたように、
じりじりと後退をし始める。

なぜ自分が逃げようとしているのか彼にも分からない。
今までだってこんな風に反撃してくる奴は数いれど、
そのたびに再び返り討ちにして呑み込んできてやったのだ。
でも今のこいつだけは敵にしない方がいいと、彼の本能が告げていた…。

「逃げるって言うのか…?
 まるで前の時とは逆だな、前は俺の方が逃げ惑ってたはずだからな…。」

静かににぃっと笑みを浮かべながらも、
ライボルトは低い声でマルノームを脅すように語りかける。
その瞬間に”バヂィッ”とマルノームのそばで【スパーク】がはぜ、
痛みと驚きでマルノームの全身がぶわっと逆立った。

”……!!!”
「逃げるって言うなら別に止めねえよ、
 俺もこっちの奴らをまずなんとかしてえからな…。
 お前にばっかりかまってるわけにはいかねえんだ。」

そう言いながらライボルトは自分の後ろで倒れている二匹に目を向ける。
ルカリオもリザードもこの状況の中ですぅすぅと寝息を立てているが、
表情の方は疲れ切ったようにぐったりとしており、
リザードの尻尾の火も弱々しく燃えていた。
できるだけ早くに休ませてやった方がいいだろう…。

二匹の様子をうかがいながら、
ライボルトは後ろを守るかのように立ち位置を微妙にずらしていた。
マルノームに対し怒りをぶつけながらも、
無意識で後ろの二匹を守るように立っていたことに、
彼は心の中で静かに笑みをこぼしていた。

いつの間にか決めていた自分の立ち位置…。

常に仲間たちの前に出て、
後ろにいる者をかばおうとしてしまう彼の癖みたいなこの立ち位置。
今まではそういう性格なんだろうと割り切っていたが、…違う。
たぶん、以前もこうやっていたんだろう。
記憶を失う前の大切な『友達』を守っていたころは…。

すぅっとライボルトは息を吸い込むと、
ぐっと息を止めてマルノームの方に顔を上げる。
異質な物でも見るかのように向けられた敵の視線が彼と合い、
その視線越しからでも敵の戦意がくじけかけているのが見てとれた…。
ライボルトはその様子ににっと笑みを見せると、
マルノームに向かって吠えるように口を開いた。

「どうした、逃げるなら逃げてもいいって言っただろう!
 それとももう一度俺を食ってみたいか、
 それならその大口開けてかかってこいよ!!!」

突き刺すような吠え声が森中に響き渡り、
マルノームはぎょっとした表情でライボルトの方を見つめた。
その声に合わせるようにライボルトの体から電撃が流れ出し、
マルノームのそばに生えていた木にぶちあたり、
そのあまりの熱量で、一瞬で炭へと変えてしまった。

「だが次に俺たちを食ったら痛えじゃすまさねえ…、
 消し炭にしてやるからそう思っときな…!!」
”………!!!?”

その言葉がとどめだった。
ライボルトの脅すような声にマルノームはじりっと後退すると、
彼にくっついていた最後の鞄が剥がれ落ちる。
そして、それと同時に彼はなりふり構わずその場から逃走した。
コレクションも獲物も惜しがっている暇すらも無い、
ただただ恐怖ゆえに全力で体を揺らし、逃げ出していったのであった。

「……行ったか……、くっ……。」

彼らを脅かしたマルノームが去った後、
ライボルトはほとばしっていた電撃をすぅぅと収めていき、
彼自身もぐったりとした様子で肩を降ろした。
本当は体力なんてほとんど残ってはいなかった…。

もしもあのままバトルにでもなっていれば、
一分と立たずに彼はやられてしまっていただろう。
危ない賭けだったが、なんとか彼はこの賭けに勝ったらしかった…。

「へ…へへ……、流石に無茶をしすぎたかな……。
 …と、あいつらをなんとかしねえとな…。」

よろよろと危なげな足取りで、
ライボルトは倒れている仲間達の所まで歩いてゆく。
この二匹は彼が記憶を失っているということを知ったらどう思うだろうか、
馬鹿にして信じないか? それとも心配してくれるだろうか?

…どちらにせよ、ライボルトは二匹には黙っていようと決めていた。
言ったところで彼の記憶が戻るわけではないし、
変に気を使ってもらうのも居心地が悪いだろうと思ったからである…。

それに少しは思い出せたとはいえ、
まだまだ彼の記憶のほとんどが霞みにかかったままなのである…。
今二匹に相談したところで、困惑させてしまうだけであろう…。

マルノームの唾液のように粘つき、
絡みついてくるような気味の悪い感触の多い記憶だったが、
しばらくは、自分一人で見つめ直していくしか手はなさそうだった…。

「…さて、どっかでこいつらを休ませねえとな…。
 どうやら近くに水場があるみてえだし、そこまで運ぶとするか……。」

ライボルトはクンクンと鼻を鳴らしながら、
そばを流れていく小川の方へと目を向けている。
水の色もきれいで澄んでいそうだし、
水量から見ても近くに池か何かの水源があるとみて間違いなさそうだった…。

「よっと、運び心地は悪いが我慢しろよ…。」

ライボルトは”かぷっ”とルカリオの胴をくわえると、
ひょいと自分の背中に押し上げる。
リザードの方も尻尾を口でくわえてずるずると引きずって行った。

「…たく、無駄に重いなこいつら……。 ………ん、こいつは…。」

川をたどっていこうと歩き始めたライボルトだったが、
不意に何かを見つけポトリとリザードを口から落とす。
見ると、古く小さめな四足ポケモン用のカバンがそばに転がっていた。
恐らく、先ほどまでマルノームの体にくっついていた物のひとつだったのだろう。
その古ぼけた鞄にライボルトは無性に惹かれるものを感じていたのである…。

「………。」

ライボルトはそっとカバンの方まで近づいてゆくと、
カバンのベルト部分をくわえ、ルカリオの上にひょいっと乗っける。
”とすっ”という軽い衝撃に、ルカリオが少し顔をしかめたが、
すぐにまたすぅすぅと寝息を立て始めた。

「…今更荷物が増えようと変わんねえからな…。
 それに…もしかしたらこいつは……。」

そう呟くとライボルトは落ちたままのリザードの尻尾を再びくわえ直し、
川をたどって森の奥へと歩いて行った…。
記憶の中の自分と誰か
 

『記憶喪失』

専門的なことまでは分からないが、
昔のことや特定の記憶に関して忘れてしまうことだということくらいは、
なんとなくだが知っていた…。

普通記憶というのは少しづつ忘れてしまうものだ。
生まれたばかりのころや、
小さな時の思い出を少しづつ忘れていってしまうのは仕方のないことだろう…。

だが、彼にはその記憶が抜け落ちていた…。
少しづつではなく、ごっそりと……。


”ずるぅ……、ずりゅずりゅぅぅ……”

蠕動するように口内の筋肉が蠢き、
ライボルトの黄色と水色の体が、湿った喉の奥へと呑み込まれていった。
マルノームの肉厚な口が彼の胴体の辺りでしめつけ、
どろりと垂れる生温かい唾液が彼の体をぬるぬると湿らせていく…。

「うぁっく…、この……。 」

前足を踏ん張るように舌に押し付け、
呑み込まれまいと抵抗するライボルトだったが、
ぬらぬらと滑る舌べろにはいくら踏ん張っても効かないようだった…。
奮闘するライボルトだったが、
善戦空しくじゅるるるっと喉の奥へと頭を押し込まれてしまう…。

「ぐぅ……、うっぷ……。 うぇっほ…!! ……えっほ!!」

【スモッグ】によって麻痺していた鼻だったが、
マルノームのヘドロの臭いのような口臭が彼の嗅覚を刺し、
酷い臭いで呑まれる前以上にボロボロと涙が零れていた。

「くそぉっ……なんだって言うんだ……。 俺は…俺の記憶は……。」

気絶しそうな程臭う悪臭の中で必死に意識を保ちながら
彼の頭の中でひとつのことがぐるぐると反響するように渦巻いている。

『記憶がない』

記憶が無いというのは、そのこと自体かなり大問題だろう…。
だが、それよりも気になっているのは、
『なぜ今までその事に気がつかなかったのか』ということだった…。
記憶を失っていること自体分からないなんてことあるのだろうか…?

「俺…どこまでの記憶が……ぐぇっ…!?」

”ぶにゅっ!”とマルノームの喉が彼の顔を挟む様に押しつぶし、
圧迫してくる肉の感触が彼の思考を無理やり途絶えさせる。

完全に呑み込まれつつある彼の体は、
すでに後ろ足の膝の部分までが口の中に包み込まれてしまっていた。
先ほどよりも、着実に胃袋の底へと落ちていっているようである…。

「ぐむぅぅ……ぶはぁっ、くそぉ…!!
 このままじゃ…記憶云々どこじゃねえな…。」

前足で喉の肉をぐいっと押し広げ、なんとか呼吸できるスペースを確保する。
今はまだこうして耐えることができるようだったが、
ずるずると呑み込まれていっている以上、
悠長に構えていられる時間はもうほとんど残っていないようである…。

いぶくろポケモンと称されるマルノームの腹だ。
彼が呑み込まれる直前までは、
まだルカリオもリザードも溶かされずに収まっていたようだったが、
こいつが本気になれば彼らなどあっという間にどろどろに溶かされ、
欠片も残さず栄養にされてしまうだろう…。

「くそっ、栄養なんかにされてたまるかよ…!
 ……なっ…ぐぅぅ…!? ……うぁぁぁぁぁ!!」

必死に踏ん張るライボルトだったが、
ついに”ぱくんっ”と足の先までマルノームに頬張られてしまうと、
くぐもった悲鳴がマルノームの腹から響きわたった。

唾液と肉壁に揉みほぐされるように”じゅるじゅる”と呑み込まれていき、
外から見ても分かるぐらいにぷくっと膨れ、
ライボルトの小柄な体は緩やかに下へ下へと落ちて行く。

「むぁぁ…うぐぅぅ……。 ぐぁ……むぅぅ………!」

呑み込まれてからそれほど時間は立っていないが、
一体どれくらいの間喉の奥へと落下していたのだろうか…。
止めることもできずに落ちていた体が、
しばらくすると落ちる速度がゆったりとしてきたように感じられた。
彼の体がマルノームの胃袋に近づいてきたのである。

「う…ぐぅ……うん? ……なんだ……明かり?」

真っ暗な食道の中でどろどろの唾液がこびりついている目を開き、
穴の奥を見つめるライボルトの視線に、
チロチロと小さく光る明かりのような物を見つけた。

赤とオレンジが混じったようなその小さな明かりの色が、
真っ暗な胃袋の入口をほのかに照らし出し、
不気味な体色の肉の壁が”ぐにょぐにょ”蠢いているのが見てとれた…。

「こいつは……、リザードの尻尾……。」

”ずりゅりゅ…”と明かりの近くまで押し込められ、
ライボルトは目を凝らしてその明かりの方を見てみる…。
そこには見覚えのある炎の灯った赤い尻尾が、
まるで肉の壁の中に吸い込まれてしまったかのように、
先端の方だけが肉の壁の中からひょろっと伸びていた。

「なんでこんな中から……うぉ…!」

ライボルトがそっと前足で尻尾を触ろうとすると、
”ぎゅむむむ…”と小さな音を立てて、尻尾が壁の中に吸い込まれていき、
やがて”スポッ”と完全に吸い込まれてしまい、また暗闇へと戻ってしまった…。
どうやら、この肉壁の向こうがマルノームの『胃袋』らしい…。

「く……、どうやらここまでみてえだな……。」

顔の唾液をぬぐい取りながら、ライボルトはぐったりとした様子で呟く。
この向こうが胃袋だとすれば、
もう彼らは消化を待つだけの『食物』でしかない…。
力の続く限り抵抗してやりたいが、
たび重なるバトルの疲労やショックによって、
もうライボルトの心の方が付いていけなくなっていた…。

ライボルトの瞳に諦めの色が浮かび始め、
彼の意識もすぅ…っと暗い闇の中へと消えそうになる…。

「わりぃな、二人とも…。
 お前らの顔……もう見ることできなくなるかもな……。」
『見ることできなくなるとか……そんなこと言うなよ……!』
「……!」

意識が消える直前、目を閉じて彼はぽつりと呟いた…。
その瞬間、彼の頭の中に誰かの声が響いてきた。
彼のものでも、仲間達の声でもない。
若い青年のような声だった…。

「今の声は……。」
『食料不足なのは俺だって分かってる…、
 けどこの森だけは入るのはやめほうがいい…。』
「………!?」

再びさっきの声が頭の中に響いてくる…。
目を閉じたまま戸惑うライボルトの視界には、
まるで走馬灯のようにぼんやりとどこかの風景が見えてきた…。


見覚えのある森の入口、恐らく彼らのいるこの森と同じ森だった…。
そこの入口と同じ場所に彼と、そしてもう一匹のポケモンが佇んでいた。
幻の中の彼の体が自然にすぅっと森の方へと近づいていくと、
後ろにいたもう一匹が必死の形相でそれを止めようとしていた。

『本当に…この森に入る気なのか…!
 この森の良くない噂ぐらい、お前だって知ってるだろ…!』
「知ってるさ、でも噂は噂。
 本当に誰も帰ってこなかったなんて証明されてなんかなかっただろ?」

幻の中の彼の口がひとりでにすらすらと言葉を返す。
その光景を知っているような…、その状況を覚えているような…。
だが一緒にいるはずのポケモンの顔は、
まるで霞みにかかったように黒い靄に覆われて思い出すことができなかった…。
もう一匹のポケモンの方が顔をしかめて言葉を続ける。

『でも…噂だったとしても、この森に食料があるかどうかなんて…。』
「お前だって俺と同じようなポケモンなら分かってるはずだろ、
 この冷害だってのに、この森からはきのみの果汁みたいな甘い匂いがする。
 間違いなくこの森には食料があるんだよ…!」

そう言いながら、幻の中の彼はスタスタと森の奥へと歩いていき、
森の外と中の境目を踏み越えて進んでいく。
もう一匹の方は追いかけようとするが、
境目の所で迷うように立ち止り、進むのをためらてしまっている…。

「安心しろよ、必ず村に戻ってやるから。
 んで、俺がどっさりと取ってきたきのみをお前の家でたらふく食べようぜ!」
『で…でもよ…。』
「チビすけが家で待ってるんだろ?
 心配ならお前は先に家に戻って待っててくれよ。」
『………。』
「大丈夫だ、ちゃんと帰って来てやるからさ!」

そう笑みを見せながら言いきると、
彼はダッと駆けだしていき森の奥まで走っていってしまった。
そしてその幻のような景色が霧に覆われるように見えなくなっていって……。


「………いてっ、あつ…あつつ……!!」

急に”ずるん”と彼の体が肉の締め付けから解放され、
べちゃりと胃袋の中に落下する。
彼の腹の下にリザードの尻尾があるらしく、
火の熱でやけどしそうになりながら彼は必死に体勢を変え、
なんとかリザードの尻尾を隅に押しやった。

「いつつつ……、
 たくこの野郎…、こんな狭いとこいつの尻尾も十分危なっかしいぜ…。」

痛そうにお腹に手を当てながらも、
胃袋の中を見回しライボルトは微かに安心したような笑みを浮かべていた。

リザードの尻尾の明かりに照らされた狭い胃袋の中には、
リザードも、そして先に呑み込まれていたルカリオも収められており、
二匹ともすぅすぅと微かに呼吸をしながら気絶していた。
なんとか消化活動が始める前には再開できた様である…。

「とはいえ…時間の問題だな…。」

彼がそう呟いたとたん、胃の中が蠢くようにぐにゅぐにゅと動きだし、
”こぽこぽ”と音を立てながら、
胃の底や壁からさらさらとした粘液のような液体が染み出してくる…
マルノームの消化活動が始まってしまったらしい…。

「……やっと少しだけ、思い出せたな…。」

ライボルトは胃液を浴びせかけられながらもそう囁く、
”しゅうしゅう”と焼けるような音が胃の中に響き、
ツンと酸っぱい匂いが辺りに漂い充満していく…。

「…俺は、やっぱり前にもこの森に来たことがある…。
 そして……この森に住み着いていたマルノームに……食われた…。」

独白のように囁き続け、ライボルトはわなわなと体を震わせる。
そしてぎりぃっと食いしばらせるように歯を噛みあわせると、
そこからまるで火花のように電撃が”ピシシッ”とほとばしった。

「こいつらに食われて…、なんで俺が生きてるのかは分からねえが…。
 二度も食われてやるなんて気に食わねえ…。
 ましてや、こいつらまで…仲間まで一緒に溶かされてたまるか…!」

ギロっと胃袋の上を睨みつけてライボルトは唸る、
絶えず染み出し続ける胃液がぽたぽたと彼の顔にも落ちてくるが、
それすらもお構いなしに彼は吠えた。
自分の攻撃力を高める【とおぼえ】という彼の技であった。

「ちっと痺れるかもしれねえが我慢しろよ…、
 こいつにだけは一発お見舞いしてやらねえと気が済まねえ!!」

”バチッ、バチチチ!!”と空気すら焦げそうになるほどの電撃がほとばしり、
マルノームの胃袋を刺激するように漏電していく。
マルノームの方も胃袋の異常に気がついたのか、
”どぷっ!”とさらに胃液を出し、彼らをいっぺんに溶かしてしまおうとする…。
だが、ライボルトはこの時を待っていたのだった…。
『液体』が胃袋全体を包むこの時を…。

「ウガァァァァァアァ!!!」

そう叫ぶと同時に彼はざぶりと胃液の中に顔を突っ込むと、
ぶにっとした胃壁に勢いよくガブッと噛みつき、
ありったけの電撃を牙から放出させた。

【かみなりのキバ】が胃袋全体に衝撃を与えたと同時に、
彼ら三匹の入っていた胃袋が隙間なく”ムギュゥゥッ”と縮みあがり、
ブルンッと大きく震えたのであった…。

忘れていた記憶


「ちくしょう……! あいつらどこに行ったんだ……!」

茂みの中を無理やりかき分け、時にその枝葉で体に切り傷をつけながらも、
ライボルトは必死の形相でリザード達の後を追いかけたいた。

あの時の【スモッグ】によって嗅覚が完全に麻痺し、
リザードに食べさせられたタネの力によって視力を封じられた今、
ライボルトは残った聴覚だけで二匹を追っていたのである。
だが、その足取りはよたよたとかなり危なかしげであった…。

「くそ、あの馬鹿…。
 一匹であの化け物を倒すのが無理なことぐらい分かってただろう…!」

ぎりりっと歯を食いしばり、ライボルトは悔しそうに顔を歪めていた。

彼と…そして恐らく後ろで見ていたリザードも薄々と感づいていた事がある。
それはあのマルノームの力量、
敵の実力は彼らシルバーランクのポケモン達よりも少し…、
…いやはるかに上回っていたのである。

そうしたことは探険隊の世界ではよくあることだった。
この広い世界、地域によって野生のポケモン達の力量は様々だし、
たとえ同じレベルだったとしても、その身につけた『経験の差』というのは、
街で暮らしているポケモン達より飛びぬけて上のものが多い。
いわば強くなろうと努力したものとしていないもののレベルの差だろうか…。

そうした意味で捉えても、
あのマルノームの実力は彼らよりも頭一個分飛びぬけていた…。
少ししか戦っていなかったが、それぐらいの実力は計れていた。

だが、チームで戦ったのなら話は別である。
もしも彼ら三匹が集って、あのポケモンと戦えていたのなら、
恐らくそうたいして苦労する相手でははなかっただろう。
…だからこそ、あのマルノームは彼らを各個撃破しにかかっていたのである。

目の前で仲間が傷つくのだけは耐えられない、
生来の性格だろうか、ライボルトはそれだけは信条として今まで戦ってきた。
仲間たちと一緒に暮らして、一緒に戦って、一緒に笑って…。
そのささやかな生活を守るためだったら、
彼はどんなものだって投げ出す覚悟だったのである…。

だからこそ、リザードを巻きこまないために一匹で挑んだというのに…!

ライボルトがそれに気がついたのは、
リザードが囮になるべく彼のそばを離れ、
たやすく倒せたであろう自分が見逃されたあの瞬間だった。

マルノームの狙いがリザード一匹に絞られてしまった以上、
目が見えないからといって立ち止まっているわけにはいかなかった…。

「くっ…! とにかく、一刻も早く合流して…!」
「ぅぁぁぁぁ……!!」
「…っ!?」

ふいに聞こえてきた悲鳴に、ライボルトはぴくっと反応すると、
落ち葉を舞わせて急停止する。
即座に荒れていた呼吸すら止めて、残った聴覚に全神経を集中させる…。

視力と鼻が利かなくなっているのが幸いしたのか、
何か生物が蠢く音から、
僅かな空気のそよぐ音まで今なら捕えることができそうだった。

「………。」
「ぅぁぅ……ぅぁぁぁ……!!」
「見つけた…!!」

聞き覚えのある声を捉えると、
ライボルトは弾かれたように声の聞こえる方に駆けだした。

走りながら少しづつ目を開けてみると、
先ほどまでは闇に染まり切っていた彼の視界が、
少しづつだが色が戻りかけ、木々の輪郭も映し出されてきていた。
どうやらタネの効果が切れてきたようである…。

「どこだ…、どこに居やがる…!」

ライボルトは焦ったように首を動かしながら、
風を切るように森の中を駆けていた。
最初は悲鳴だったリザードの声も、
だんだんとくぐもった呻き声のようなものに変わってきている…。

最悪の展開への予想が次々とわき上がってくるが、
必死にそれらを否定し走り続けた。

「…無事でいろよ、リザード…!!」

”ガサガサ…!! ガサガサ…!!”
「ぶはっ、森を抜けた…! …うぉっと!?」

深い茂みの奥へと抜けると急に視界が開け、
澄み切った青空と場違いにのんびりと漂う雲が見えていた。
走ってきて火照っていた彼の頬を涼しげな風がびゅうっと横切り、
いくつかの葉っぱを舞わせて崖の向こうへと吹いていった。

彼の足もとではとても深く大きな崖が口を開き、
荒れた岩場の広がる谷底には、小さな川のような流れが走っていた。

よく見ると彼の走ってきた森の中からも小川がいくつも伸びており、
ちろちろと流れながら谷底へと小さな滝となって降り注いでいた。
自然の作りだしたその光景は、見入ってしまうような雄大さがあった。
…だが、今のライボルトはのんきに見入っている場合では無い。

「はぁ……、はぁ……。 リ…リザード…! どこにいる!!」

疲れきり、ぜぇぜぇとガラガラにかすれたライボルトの声が、
辺り一面のスペースにへと響き渡った。
崖下の空間に彼の声がやまびこのように反響し、
こだまのようになってうすれ消えていく。

だが、その呼びかけに答える声は一向に聞こえてこなかった…。

「はぁ…、はぁ…。 くそ、一体どこに…!」
”ガササササ……!!”
「…っ!?」

不意に少し離れた茂みの葉がざわめくようにゆれ、
ライボルトはぴくっと警戒するように体勢を低くする。

視力こそ戻ってきたものの、鼻はまだ効かないままだし、
なにより体力だってかなり削れている今の状況…。
不意打ちなんて喰らえばその場で終わってしまうほど、
今の彼の状況は危うかった…。

「誰だ…。 リザードか…!」

警戒を解くことなく、ライボルトは茂みに向かって声をかける。
その声が聞こえたかどうかは分からないが、
茂みはだんだんと大きく揺れ、
”ガサガサ…ガサガサ…”と不気味に音を響かせている…。

そしてそれは姿を現した…。

「くっ……、な……う…あ………!?」

その相手の姿に思わずライボルトは息を飲む…。
茂みから現れたのは、リザードではなくマルノームだったのである…。

しかもその口からは、見覚えのある足と尻尾がだらりと垂れ下がり、
力なくゆらゆらと揺れていた…。

「リザード!!」

ライボルトの吠える声に反応したのか、
マルノームはじろっと目線だけで彼の方を見ると…。
”にまぁ…♪”と笑みを浮かべ、
”ちゅるるるん…!”とリザードの尻尾と足を口の中へと吸い込み始めた。

「グゥッ…、やめろぉぉ!!」

その光景に焦燥を浮かべ、ライボルトは決死の勢いで【とっしん】する。
一度ならず二度までも彼の目の前で仲間が喰われようとしているのだ、
そんな姿をこれ以上見せつけられるのはごめんだった…。

”ズムゥッ!!”と彼の【とっしん】がマルノームの腹に命中し、
その質量分、ぐにぃっと腹をへこませていくが…。

「ぬぐぐぐっ……、ぐぁぁああ…!!」

”ブヨンッ!”と腹の肉に押し戻される形で、
全力のライボルトの【とっしん】は簡単にはじき返されてしまった。

…全身が胃袋であり、ゴムのように伸縮するマルノームの体だ。
並大抵の物理技では歯が立たないようだった…。
マルノームはそれを知ってか知らずかさらに”にぃっ”と笑みを広げると、
とうとうリザードの全身を口の中へと押し込め、ついには…。

”ゴックン…!”…とその小柄な体を呑み込んでしまった…。
リザードの体がずりゅずりゅと粘着質な音を響かせ、
ゆっくりとマルノームの腹へと落ちていき、
ルカリオの膨らみと同化するように丸みを帯びた部分へと一体化してゆく…。

10秒もしないうちにその膨らみは真ん丸のお腹へと収納され、
まるでリザードなんて最初から居なかったかのように、
マルノームのでっぷりとしたお腹が静かに揺れていた…。

「グッ……くっそぉぉぉ…!!」

ふらふらとする足腰を無理やり立たせながら、
ライボルトは悔しそうに顔を歪め、マルノームの腹を見つめていた。

こんな展開にならないように、必死にここまでやってきたはずだった。
だが無残にも仲間たちは次々と彼の目の前から消されていき、
とうとう彼が最後の一匹として残ってしまったのである…。

どこで失敗したのか…。 どこで間違えたのか…。
悔やんでも悔やみきれず、彼は絶叫するように叫んだ。

…そんな中、マルノームはひげのような触覚で優しく腹を一撫ですると、
”すぅぅぅぅぅぅっ”っと大きく息を吸い込み、
二匹分で膨れた腹をさらに膨らませ、
まるで風船のように体をパンパンにしていった…。

「……! な…何をする気なんだよ…!」

立つのも精いっぱいな様子で、ライボルトはその怪しげな敵の姿を見つめる。
すでに体力は限界に近かったのに、
【とっしん】なんて自爆にも近い技を繰り出してしまったのだ。
今の彼にはもうほとんど力は残ってはいなかった…。

”ぷくぅぅぅぅぅ……!!”

そうしている間にも、マルノームの体はどんどんと膨れ続け、
最初の身長の2倍くらいには膨らんでいただろうか…、
十分ため込んだのかその動きがぴたっと停止した…。

そして、次の瞬間。

”ブッハァァァァァァァァ!!!!”
「な…、グガハァァアッ!?」

一気に空気を吐きだすかと思ったマルノームの口からは、
信じられないほど高濃度なエネルギーの塊がまるで大砲の用に打ちださた!

逃げることさえできなかったライボルトを真正面から吹き飛ばし、
彼の体は風に吹かれる小枝のように宙へと打ち出されると、
背後にあった森の大木にしこたま打ち付けられてしまう…。

全身を貫くようなその衝撃に、
”ゴボォッ”と空気の塊を肺からこみあげ吐き出すと、
ずるずると木の幹をつたうように地面へと落ちた…。

マルノームの必殺技、
【たくわえる】と【はきだす】のコンボが彼を襲ったのである。
力を充填させ貯めた分だけ破壊力を増すこの技は、
力を貯めた分、攻撃の手が遅くなってしまう駆け引きの必要な技だが、
マルノームは動けないライボルトを見越してか、
たっぷりと時間をかけたうえでこの攻撃を放ったのである…。

ぐったりとライボルトは横たわり、微かに呻く声が聞こえるが、
すでに戦闘不能といっても過言では無かった…。

「がふっ……、ぐぅぁ……がぅぅっ…!」

余りの衝撃に全身に走り続ける激痛さえ麻痺してきて、
ライボルトはクラクラとして定まらない意識を集中させながら、
マルノームの方へと視線を向ける…。
そんな動けなくなった彼を悠然と眺めながら、
マルノームはべろりと舌なめずりをし、
ゆっくりと体を引きずり近づいて来ていたのである…。

「う……ぐぁ…ぁぁ…。 ……くっ…そぉぉ………。」

マルノームが最後の一匹である彼を呑み込もうと近づいてくる中、
ライボルトは必死に四肢に力を込めて逃げようとするが、
がくがくと震えるばかりで一向に力が入らなかった…。

「ぐぅっ…、そう何度も…食われてたまるか…!
 ……え…。」

自分の叫んだことに対して、ライボルトはぽかんとした顔に変わる…。
今自分は何を言ったのだろうか、前にもこのポケモンに食べられている…?

先ほどまでは虚ろな目をしていた彼だったが、
その目に戸惑うような光がぼにゃりと宿っていく…。

こんな光景を前にも見たことがあるような…、
こんな状態に以前も陥った事のあるような…。

「俺は……、俺は……。こいつに…前にも…?
 そんなはずは…だって俺がこの森に来るのは初めてで……。」

ライボルトはピクリとも四肢を動かせないままで、
ぎりりっと口の端を噛みしめる…。

この森に入ってから……、いや今朝あの不気味な悪夢を見てから…。
今までずっと続いていた胸の中のもやもやとした不快な感触が、
ざわざわとこみ上げてくるような感覚へと変わっていく。

自分が何を考えているのかうまく纏まらなかった…。
だいたい自分は昔からこういうややこしいことを考えるのが苦手なのだ…、
そう昔っから………昔…?

ふいに、ライボルトの表情がぽかんとしたものに変わり、
ふっと気が抜けたかのように今までのもやもやが晴れていくのを感じた…。
分かったのだ、自分が何に気付いていなかったのか…。
この森に来てから続いていた、あの奇妙な感覚の数々の意味が…。

「は…ははは…。 そうか…そうだったのか……。」

目の前に捕食者のおきな口が迫ってきながら、
ライボルトは力なく笑いだす…。
先ほどまでの覇気がどこへ行ったのか、
まるで魂の抜けた人形のように彼は笑い続けていた…。

「…普通は考えないもんな…こんなこと…。」

呟き続ける彼の前で、マルノームがぐにゃあっと口を開き、
大きな舌べろに彼の鼻先を乗せ、もごもごと引き寄せにかかっていた。
どろっと生温かい唾液が鼻の上に垂れてきて、彼の顔を濡らしてゆく…。

暗く深い喉の奥を見つめながら、彼の目もとからぽろりと涙が零れる…。

「自分に……、『昔の記憶』が無いなんてな……。」

そう呟くのを最後に、”バクリッ!!”とマルノームの口の中へと収まると、
彼の体は真っ暗な闇の中へと包み込まれていった…。

暗闇の底へ
 
”ずにゅぅう……ぐりゅぐりゅぅぅ……”

「うわ……うわぁぁぁ……。」

カチカチと歯を鳴らすリザードの口から、かすれて怯えた声が聞こえてくる。
彼の目の前でぐにゅぐにゅとルカリオの体がマルノームの腹へと沈んでいき、
大きなお腹の膨らみとルカリオが同化していった…。

「ひ…ひぃぃ……!」
「バカ! ぼさっと突っ立ってる場合か!!」

そんなリザードの隣から、弾丸のような速さでライボルトが飛び出した。
その体からパチパチと静電気が走ったかと思うと、
閃光のように眩しい光が包みこみ、マルノームに向けて勢いよく突進していく。
電気ポケモンの技、【スパーク】だった。

「俺達の仲間を返しやがれっ!!」
 
マルノームの背後に回り込むとライボルトは宙に飛びあがり、
その背中に向けて攻撃を仕掛けようとする…が。

”グルンッ!”
「な…!? チィッ……!」

その攻撃を見越してか、マルノームは素早く後ろを振り向くと、
膨らんだお腹を見せつけるように突き出す。
その動きを見てライボルトはほとんど反射的に技を解除し、
後方へと飛び退った。

彼の得意な技のタイプはでんきである。
どくタイプである相手には有利も不利も無いタイプだが、
敵の全身にダメージを与える電撃の技では、
体内にいるルカリオにまでダメージを与えることになってしまう…。
そうなると、でんきの技を直接ぶつけるにはいかなかった。

「クソ…、こいつ…、
 俺達が腹の中の獲物と仲間同士ってことに気付いてやがるな…!」

野生ポケモンとはいえ、その知能はポケモンによってまちまちだ。
頭のいい野生ポケモンだと、手だれた冒険者でさえも苦戦することもあり、
あまつさえ、返り討ちにあってしまうことだってあるのだ…。

彼やリザードに比べて用心深いルカリオのことだ、
きのみを探しているときだってほとんど痕跡は残してこなかったはずである。
それをこいつはいとも簡単にたどって来て、
さらに自分たちと腹の中の獲物との関係にまで気が付いているのである。
どうやらかなり頭が回るポケモンのようだった。

「なら、こいつでどうだ…!!」

ライボルトは後ろ足に力を込めると、マルノームに向けて飛びかかり、
その鋭い牙で【かみつく】を繰り出した!
いくら知能があると言っても、種族としての特徴までは変えられない。
緩慢な動きしかできないマルノームに対し、
彼はスピードの速さが売りなポケモンである。
素早い動きからの攻撃なら、彼の方が一枚も二枚も上手なのであった。

”ビュンッ………ベリィィッ!!”
”………!!”
「…く!」

ライボルトの牙が命中するかしないか、
そのすんでの所でマルノームは身を引いてなんとか攻撃を避けた…!
その牙は体にくっついていたカバンをひとつ無理やりに引きはがすが、
当然敵にダメージは入っていなかった…。

「ぺっ…! チッ、うまいことかわしやがったな…!
 ……ん、これは…。」

ドサッとくわえていたカバンを地面に落とし、
ライボルトは敵を見据え警戒するように睨みつける…が、
ふと、その視線が奪い取ったカバンの方へと向けられた。

茶色く小さな革製のカバンで、
旅人や冒険者のものなら誰でも使っていそうな簡単なカバンであった。
どうやらマルノームのとくせいである【ねんちゃく】でくっついていたらしく、
くっついていた方の面は、粘液のような物でべっとりと濡れている…。
だが、彼の気になったのはそこではなかった…。

「この紙…。」
 
ライボルトの目に入った物…。
それはカバンの口に差し込まれるように丸めて入っていた二枚の紙だった。
少し厚めの羊皮紙のようなその紙は、彼も何度か見たことのあり、
探険隊や救助隊への依頼書として使われる紙であった。
だが僅かに見える中身や、そこに書かれた依頼者の名前にも覚えがある…。

「こいつは…俺達の受けた依頼の依頼人が持ってるはずのもの…!
 …しかももう一枚はこの前の依頼の依頼書……。 どういうことだ…?」

そこにあるのは、彼らが最近受けたふたつの依頼の依頼書だった。
この依頼書は探険隊員用の掲示板に張り出されるものとは違い、
依頼を出した側、つまり依頼主が保管しているはずのものであった。
つまりそこから出される答えは…。

「入口で話していたとおりか…、
 確かに依頼人は怪物探しにこの森に入っていたようだな…。
 おまけに、前の仕事と同じ依頼人だったとはな…!
 どうりで連絡がとれねえはずだぜ…!!」

ギッと睨みつける目を細め、ライボルトは敵に向けて牙をむく。
マルノームは一向にひるむ様子すらなかったが、
流石に攻撃を受けたためか、彼に向けて警戒するように身構えている。

「依頼人もお前の『餌』にされたってことか、
 お前が怪物とはな…、無差別にポケモンを食いやがって…!」

どうも彼らの依頼人はこのマルノームにやられてしまったらしい…。
依頼人がいつやられてしまったのかは分からないが、
今のマルノームのお腹にはルカリオ一匹しか入っていなさそうである…。
おそらく…もう…。

ライボルトはぎりりっと音を立てて牙を噛みしめる。
直接会ったことは無い依頼人とはいえ、
目の前にいるマルノームがその命を奪ったのだ…。
そして、その運命を今度は彼の大切な仲間が受けるかもしれない…。
そう考えた瞬間、彼はなりふり構わぬように飛びかかっていた。

「ルカリオまで溶かさせてたまるかよ!!」

ライボルトは先ほどと同じように牙をギラっと光らせ、
マルノームの頭めがけて突進する。
…だが、その焦りが彼にとっての命取りとなってしまった…。

”ブハァッァァァッ…!!”
「…な、ぐがぁぁっ…!?」

マルノームの口から霧状の煙が吐きつけられ、
その煙を吸い込んだライボルトは、
喉が焼けるような痛みを感じ苦悶の声を上げる…!
異臭のような臭いが彼の鼻を曲げるように漂い、
彼の視界がぐらぐらと揺れ霞がかかってゆく…。
 
「がふっ…! こ…これは……ゲホッゲッホ…!?」

むせかえりながらライボルトはなんとか地面へと着地するが、
その足取りはおぼつかなく、ふらふらと今にも崩れ落ちんばかりによろめく。
マルノームの必殺技【スモッグ】をくらったのだ…。
直接の威力こそほとんど無い技であるものの、
一息吸い込めばたちまち猛毒に侵されてしまう恐ろしい攻撃である。
まともに吸い込んでしまったライボルトも、
【スモッグ】のどくに侵されてしまったのである…。
さらに強い腐臭が彼の鼻をマヒさせ、匂いが完全に分からなくなっていた…。

「ぐ…ぐぅぅっ…! く…くっそぉぉ…!!」
「だめだよライボルト、そんな体でこれ以上戦うなんて!!」

ふらつく彼の体を、慌てて飛び出したリザードが支える。
今まで呆然と立ちつくしていたリザードだったが、
目の前で苦しむ仲間の姿を見て正気に返ったらしい…。

「うる…せえ…、お前こそ離れてろ…!」
「何言ってんのさ!! 一人で無茶なんかしないでよ…!!」

ぜぇぜぇっと荒く呼吸をしながら喋るライボルトに対し、
リザードは悲痛そうな顔をしながらも声を荒げる。
いつもは後ろで前で戦う二匹のサポートをしていたリザードだ、
ライボルトが敵のどくに酷く侵されていることくらい見ただけで分かっていた。
だが、たとえ仲間がどく状態だと分かっていても、
それを治療するための道具がなければ彼にはどうすることもできないのである…。

「とにかく下がって! これ以上は体の方が持たないよ…!」
「…平気だ…この程度……ぐっ…。」

リザードが必死に止めに入るが、ライボルトは強がるように前に出ようとする。
どのみち目の前に敵がいるのだ、
たとえ下がったところで満足に休むことはできないだろう。

「………。」
「お前は…後ろから援護しろ…!
 早く…ルカリオを吐き出させ……むぐっ!」

ふらふらしながらリザードから離れようとしたライボルトだったが、
突然ムギュウっとその口に何かを押し込まれる。
ナッツのような味のそれが咀嚼する間もなく喉の奥に滑り落ち、
そのままごくりと飲み込んでしまった。

一瞬、一体誰がとも思ったが、
マルノームからは離れているのだからそばにいたリザードしかいなかった。
せき込みながらライボルトは怒鳴りつけるように声を上げる。

「げぇっほ、えほっ!! な…なにしやがるんだ…!!」
「………。」
「いきなり口に突っ込みやがって、
 喉に詰まらせたりしたらどうするつ…もり…!」

喋りながら彼は、自分の視覚に異常が起こって来ていることに気がついた。
さきほどまでそばにいた赤いリザードの姿や、
周りの緑の森の景色がまるで夜闇にでも消えるかのように、
まっ黒に塗りつぶされだんだんと見えなくなってくるのである…。
まだうっすらと見えるリザードの顔が、
悲しそうな目で彼のことを見つめていた…。

「てめぇ…なに食わせやがった…!」
「ごめん、めつぶしのタネ…。
 これでしばらくライボルトは目が見えなくなっちゃうはずだよ…。」
「な……!?」

『めつぶしのタネ』
それはダンジョンでも比較的に容易に手に入るタネの一種だった。
基本的には襲ってきたポケモンに投げつけて食べさせることで、
その視覚を一時的に暗転…つまり盲目にする力があるのである。
効果の時間はそれほど長くはないが、
完全に視覚を閉ざされるため、道で強敵に出会ったらこれを使い、
その隙に逃亡を図るというのが冒険者たちの常套手段であった。

鼻も利かなく、視覚さえ封じられたライボルトは、
方向すら分からないまま、まださっきの場所にいるであろうリザードに吠える。

「なにしやがるんだ!
 今の状況分かってるのかよ、なんでわざわざピンチにして…!」
「…だって、こうでもしないとそのまま戦う気だったでしょ。」
「……当たり前だろう。」

目をぎゅっとつむり、ライボルトは怒声を浴びせるが、
だが、リザードの声は不思議と落ち付たもので、
まるで何かを決心したような声色だった…。

「…僕があいつをなんとかする…。」
「…な!?」
「必ずあいつを引き離すから…! ライボルトは休んでて…!!」
「お…おい!!」

リザードはそう呟くと、探険バッグの中をごそごそと漁る。
その物音を残った聴覚だけで聞きながら、
ライボルトは戸惑うように声を上げている…。
ギラッと先端の光る『てつのトゲ』を取り出すと、
決心したような顔つきでマルノームの方を見た。
敵は二匹目指してずるずるとゆっくりと移動を始めようとしていた…。

「さぁ、こっちだ!」

ビュンと、一本のてつのトゲをマルノームに向けて放つ。
トゲは敵の腹にぼよんと辺り、
少しは痛かったのか、くりくりとした目をうっとおしそうに彼へと向ける。
リザードはとにかくライボルトのそばから離れようと、
マルノームの方へと走り、その横を駆け抜けるように背後の森へと駆ける。
敵もそのリザードの姿に興味が移ったのか、
それとも弱った獲物なら逃げる心配ないと思ったのかは知らないが、
ずりずりと彼を追うように移動し始めた。


速度を出しすぎないようにリザードは走り続けていた。
冷や汗が後から後から流れてくる程怖かった、
たまらなく今の状況が怖かった…。 でも、止まるわけにはいかない…。
彼が諦めてしまったら、
ライボルトも、ルカリオだって救うことができないのだ…。
だからこそ止まるわけにはいかなかった。

「助けなきゃ…、二人とも…絶対助けなきゃ…!」

気持ちを奮い立たせるように歯を食いしばり、
リザードはついて来ているのかと、チラッと後ろの方を見る。
見るとマルノームの方は何やら大きく息を吸い込んでおり、
敵が呼吸するたびにそのお腹が大きく風船のように膨らんでいた。
その異様な姿に、ひぃっと小さく悲鳴を上げる…。

「なんなんだよ…あいつ…!!」

正直に言ってしまえば、あいつをライボルトから引き離したものの、
この後どうするかまでを彼はかんがえていなかった…。
ただあの場のままで居続けたら、ライボルトは間違いなく、
ひんしの状態でも敵に向かって突っ込んでいっただろう…。
そんなことをさせたら、
間違いなくまたリザードの目の前でまた仲間が呑みこまれてしまっただろう。
それだけは、絶対に嫌だった…。

リザードは足を速め、とにかくライボルトから離れようと先を急ぐ。
すると…。

「はぁはぁ…、…え、森が途切れてる…!」

見ると少し先の方の木々の間から眩しい太陽の光が漏れており、
それはその先に薄暗い森が続いていないことを示していた。

…もし森が終わっているというのなら、
その先の街道まで出れれば、誰か他に冒険者が歩いているかもしれない。
一匹では厳しい敵だが、二匹・三匹と手を貸してもらえるのならば、
ひょっとしたらあの怪物を撃退できるかもしれなかった…!
それにたとえ誰もいなくても、リザードの得意技はほのおである。
森の中ではうかつに使うわけにはいかない火の技だって、
燃え移るものが少ない広い街道だったら関係はなかった。
どちらにせよ、彼にとって都合のいいことばかりであった。

「くっ…! だったら急いでここから抜け出さないと…!」

このチャンスを逃すまいと、
リザードはさらに足を速め光の方へと走ってゆく。
体中がほてるように熱く、足もじんじんと痛んできたが、
それでもかまわずに走り続ける…!

1分もかからなかっただろうか…、
木々の間をくぐり抜け、眩しい光の向こう側へと飛び出す。
ブワァッと爽やかで涼しい風が彼の体を吹きつけ、
真っ青な青空から暖かい太陽の光が降り注いだ。

「やったぁ、出れた……! …うわぁっととととと…!?」

森の外へと抜けたリザードの表情は満面の笑みに包まれていたが、
その顔が一瞬にして驚愕の表情へと変わる。
森の向こうには広い街道が広がっている者と思っていた。
だが彼の目の前に広がるのは、どこまでも広がる青い空と、
そして、目のくらむような深さの高い崖だったのである…。

彼の足は崖の縁ギリギリで止まっており、もしあのまま走り続けていたら、
真っ逆さまに転げ落ちていたところだっただろう…。
崖の上は木々も開け、見通しのよい草原が少し広がっているだけで、
他には何も見当たらなかった…。

「そんな…、ここまで来て崖だなんて…。」

ごくっと生唾を飲み込みながら、リザードは注意しながらそっと崖の下を覗き見る。
だいたい10メートルぐらいの高さだろうか、
崖下の方は荒れた岩肌が広がり、生物はおろか草一本生えていない…。
少なくとも、降りて行けそうにないことは一目で分かった。

「…うぅぅ~…。 こっからどうしよう…。」

ぐったりと疲れたように膝をつき、ぽたぽたと垂れる汗をぐいっとぬぐう。
周りを見渡しても街道に続いデイそうな道はないし、
この場所は天然の袋小路のような場所らしかった…。
急いで逃げなくては、いつあのマルノームに出くわしてしまうか分からない…。

「とにかく…こっから早く離れないと…。」
”ガサッガサァッ……!”
「………っ!?」

立ちあがろうとした彼の背後から、茂みをかき分けるような音がした…。
後ろから漂う生き物の気配に、リザードの歯がカチカチと鳴る。
ずりっずりっと彼の方へと気配は近づいて来て、
彼の座っている草むらが丸い影に覆われるように包まれていった。
生温かい息が彼の頭上からそよぐようになびき、
ぽたっと彼の頭に液体のような物が落ちた…。

「う…うぁ……うぁぁぁ………!」

カタカタと体の震えが止まらず、
リザードはまるで錆びた歯車のようにゆっくりと上へと見上げてゆく。

「う…うわぁぁぁぁぁぁ!!」

見上げた彼の涙のにじむ視界には、
空一杯に広げられた毒々しい色の口内と舐め間かしく蠢く舌が広がり…、
そして………。

”グオォォンッ…ズムムゥゥゥッ…!!!”

ぬるぅっとした生ぬるい感触と、
肉に締め付けられる不気味な感触が彼の全身を包み込んだ。
たまらずあげる絶叫のような悲鳴が肉壁にかき消され、
彼の体はずぶずぶと口の中へと侵食されるように覆われてゆく。

そうして彼の体は、真っ暗な闇の中へと呑み込まれていった…。
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森クマ
性別:
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自己紹介:
展示するのも恥ずかしい物しか置いていませんが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
(・ω・)

諸注意:
初めてきてくれた方は、
カテゴリーの『はじめに』からの
『注意書き』の説明を見ていないと
色々と後悔する可能性大です。
(・ω・´)

イラスト・小説のリクエストは
平時は受け付けておりません。
リクエスト企画など立ち上げる際は、
記事にてアナウンスいたしますので、
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更新日 2014年  1月17日
  少ないけどとりあえず新規イラストに変更
  一枚オリキャライラストなので苦手な方注意

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