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ねばついた記憶
 
もむもむとマルノームは口を動かし、
口の中に残った獲物達の味を反芻している…。
これまで何匹もいろんなポケモン達を食べてきた彼だったが、
今日食べた三匹達はその中でもかなり美味しい奴らだった。

”ぐぎゅるるる……。”

気持ち良さそうに喉を鳴らしながらも、
マルノームはくいっと軽く首を回して崖下の方を覗く。

荒れ果てた岩場を見つめる彼の目は、
心なしかどこか寂しそうな目をしていた。


かつて…といってもどのくらい前のことだっただろうか……。
この森にまだ彼の仲間が住み着いていたころ、
この森にはたくさんの美味しい獲物が迷い込んで来ていた。

彼らが何でこの森に来ていたのかはよく分からなかったが、
訪れた獲物達は我先にとこの森に生えているきのみをとっていき、
そうかと思うと自分達マルノームに怯えながら森中を走りまわり、
そして結局彼らの中の誰かのお腹に収まってしまうのである。
おまけに獲物達が残していったきのみは、
拾った場所とは違うところで芽を出し、
また彼らのもとへと哀れな獲物達をおびき寄せてくれていたのである。

そうやって彼らマルノーム達は、
長い間この森と一緒に暮らしていたのであった。

だが、そんな彼らの生活もだんだんと限界を迎えてしまった…。

ここ最近、この森を訪れる獲物達もめっきりと居なくなってしまい、
一匹、また一匹と彼の仲間達もこの森を去っていってしまったのである。
それでも彼も含めた何匹かは、
森に生い茂っていたきのみで飢えをしのいでいたものの、
彼らマルノームの食欲を満たすには、
この森のきのみだけでは到底足りなかったのである…。
あっというまにきのみは無くなってしまい、
そしてそれに釣られてやってくる獲物達もいなくなってしまったのであった…。

もうこの森に残っているマルノームは彼一匹…。
それ以外の仲間達は、みんな獲物を求めて森を出ていってしまった。
でも、彼はこの森から離れたくなかった。
…例えきのみが無くなっていても、
彼が大切に植えたきのみの木がたくさん埋まっているこの森を、
彼には捨てることは出来なかったのである…。


”………?”

ふとぼんやりとしていたマルノームは、
足元にごろんと転がっている探険バッグに目を向けた。
確か呑み込んだやつらの誰かが持っていたやつである…。
彼はそれを見てにんまりと朗らかな笑みを浮かべる。

食べてきた獲物達の持っていたこの不思議な入れ物は、
彼にとってのささやかなコレクションとなっていた。
集めることに特に何があるというわけでもないが、
どうせ食べても味も無く硬いだけで、
彼にとっては食べる以外に使い道のないものなのである。
なので彼は自分の体のとくせいを活かし、
気にいった落ちているバッグを見つけるたびに、
ペタペタと体にくっつけてきたのであった。

目の前に落ちている物も、
今までみたこと無いような色をしているし、
おまけに丸くて小さな飾りのような物もついていて、
コレクションとしては最高な物のように思えた。
彼は短い手をぐぐっと伸ばし、
落ちている探険バッグもくっつけてしまおうと触れようとする。
……と。

”バヂッ…バヂヂヂッ!!”
”…!!?”

突然お腹に走った激痛に、思わずのけぞるようにびくんと反応する。
ぶすぶすと黒い煙のような物が彼の口から湧き出してきて、
マルノームはげほげほと咳いこみ始めた。
だがお腹に走る痛みは全く引く様子がなさそうである…。

”……! ………!!”

あまりの痛みに彼はごろごろと地面を転がったり、
お腹を木に打ちけて沈めようとする。
だがまるでお腹の中で何かがくらいついているかのようで、
ぎりぎりとお腹が何かに締めあげられ、
冷や汗がだらだらと絶え間なく流れてくる…。

”ぎゅぅ……!! ぎゅぅぅぅぅ……!!”

普段無表情なマルノームという種族には似つかわしくないほど顔をしかめ、
絶え間なく流れる汗のせいで彼のとくせいである【ねんちゃく】も弱まり、
ボトボトとくっついていたカバンの数々が落ちていっていた。

”ボゴォッ…ボゴッボゴォォ!!”
”……ぶぎゅぅぅぅ……!!”

彼の大きく膨らんだお腹にぼこぼこと腕のような塊が突き出され、
耐えきれずマルノームの口からぼたぼたと唾液が垂れ落ちる。
そして、苦悶の声が彼の口から洩れてきた方思うと、

”ぐぐぐぐっ!”とお腹の膨らみが口元へとこみ上げていき、
マルノームの頬がぼこぼこと球状に膨れ上がってゆく…。

”…げぶっ……うぐぐぐぐぅぅ………ごぼぉぉっ!!”
”ズリュリュ……ズルゥゥ……ベシャ、ベシャァッ!!”

しばらくはこらえるように口元に何かをためていたマルノームだったが、
ついにこらえきれず口の中の者たちを次々と吐き出した。
最初にリザード、そして続くようにルカリオと、
大量のマルノームの体液に包まれながら口の中から吐き出されてきた。
二匹とも完全に気を失っているらしく、
倒れ伏したままピクッとも動かなかった…。

”…ぐぶぅぅ……えっぐ……ぐえっほ、えっほ!!”
「……うぐぅっ、くっ…!」

二匹を吐きだしたマルノームだったが、
さらに小さな塊がお腹から口元へと急速にせり上がってゆくと、
飛びだすようにその口の中からライボルトが這い出てきた。

彼よりも先に吐き出された二匹と同じように、
体中からボタボタとマルノームの体液が垂れ落ちていた。
青く短い彼の毛並みを汚らしくべとつかせているが、
ライボルトはそれすらも気にしないかのように、
”バヂヂッ”と火花を飛ばしながら【スパーク】放っている…。

「…よぅ。」
”………!?”
「今度は出てきてやったぜ、
 …それにしても、よくもやってくれたもんだな……!!」

しっかりと地面に生える草むらを踏みしめ、
マルノームの赤い目をギロッと睨みつけている。
彼よりもずっと小さく弱々しい奴のはずなのに、
その眼つきの鋭さに彼は思わずビクッと体を震わせる。

「今すぐにでもお前を叩きのめしてやりたいぜ…、
 前にやられたお返しも含めてな…!」

ライボルトの【スパーク】が彼が喋るたびにはぜ、
空気の焦げるような臭いが周囲を包んでいく。
まるで抑え込んだ怒りが漏れ出して形となっているようだった…。
ぐっとライボルトは足を踏みしめ、マルノームの方に身を乗り出そうとする。
その威圧感のある姿に、相手の方は「ひぃ…」と怯えたように、
じりじりと後退をし始める。

なぜ自分が逃げようとしているのか彼にも分からない。
今までだってこんな風に反撃してくる奴は数いれど、
そのたびに再び返り討ちにして呑み込んできてやったのだ。
でも今のこいつだけは敵にしない方がいいと、彼の本能が告げていた…。

「逃げるって言うのか…?
 まるで前の時とは逆だな、前は俺の方が逃げ惑ってたはずだからな…。」

静かににぃっと笑みを浮かべながらも、
ライボルトは低い声でマルノームを脅すように語りかける。
その瞬間に”バヂィッ”とマルノームのそばで【スパーク】がはぜ、
痛みと驚きでマルノームの全身がぶわっと逆立った。

”……!!!”
「逃げるって言うなら別に止めねえよ、
 俺もこっちの奴らをまずなんとかしてえからな…。
 お前にばっかりかまってるわけにはいかねえんだ。」

そう言いながらライボルトは自分の後ろで倒れている二匹に目を向ける。
ルカリオもリザードもこの状況の中ですぅすぅと寝息を立てているが、
表情の方は疲れ切ったようにぐったりとしており、
リザードの尻尾の火も弱々しく燃えていた。
できるだけ早くに休ませてやった方がいいだろう…。

二匹の様子をうかがいながら、
ライボルトは後ろを守るかのように立ち位置を微妙にずらしていた。
マルノームに対し怒りをぶつけながらも、
無意識で後ろの二匹を守るように立っていたことに、
彼は心の中で静かに笑みをこぼしていた。

いつの間にか決めていた自分の立ち位置…。

常に仲間たちの前に出て、
後ろにいる者をかばおうとしてしまう彼の癖みたいなこの立ち位置。
今まではそういう性格なんだろうと割り切っていたが、…違う。
たぶん、以前もこうやっていたんだろう。
記憶を失う前の大切な『友達』を守っていたころは…。

すぅっとライボルトは息を吸い込むと、
ぐっと息を止めてマルノームの方に顔を上げる。
異質な物でも見るかのように向けられた敵の視線が彼と合い、
その視線越しからでも敵の戦意がくじけかけているのが見てとれた…。
ライボルトはその様子ににっと笑みを見せると、
マルノームに向かって吠えるように口を開いた。

「どうした、逃げるなら逃げてもいいって言っただろう!
 それとももう一度俺を食ってみたいか、
 それならその大口開けてかかってこいよ!!!」

突き刺すような吠え声が森中に響き渡り、
マルノームはぎょっとした表情でライボルトの方を見つめた。
その声に合わせるようにライボルトの体から電撃が流れ出し、
マルノームのそばに生えていた木にぶちあたり、
そのあまりの熱量で、一瞬で炭へと変えてしまった。

「だが次に俺たちを食ったら痛えじゃすまさねえ…、
 消し炭にしてやるからそう思っときな…!!」
”………!!!?”

その言葉がとどめだった。
ライボルトの脅すような声にマルノームはじりっと後退すると、
彼にくっついていた最後の鞄が剥がれ落ちる。
そして、それと同時に彼はなりふり構わずその場から逃走した。
コレクションも獲物も惜しがっている暇すらも無い、
ただただ恐怖ゆえに全力で体を揺らし、逃げ出していったのであった。

「……行ったか……、くっ……。」

彼らを脅かしたマルノームが去った後、
ライボルトはほとばしっていた電撃をすぅぅと収めていき、
彼自身もぐったりとした様子で肩を降ろした。
本当は体力なんてほとんど残ってはいなかった…。

もしもあのままバトルにでもなっていれば、
一分と立たずに彼はやられてしまっていただろう。
危ない賭けだったが、なんとか彼はこの賭けに勝ったらしかった…。

「へ…へへ……、流石に無茶をしすぎたかな……。
 …と、あいつらをなんとかしねえとな…。」

よろよろと危なげな足取りで、
ライボルトは倒れている仲間達の所まで歩いてゆく。
この二匹は彼が記憶を失っているということを知ったらどう思うだろうか、
馬鹿にして信じないか? それとも心配してくれるだろうか?

…どちらにせよ、ライボルトは二匹には黙っていようと決めていた。
言ったところで彼の記憶が戻るわけではないし、
変に気を使ってもらうのも居心地が悪いだろうと思ったからである…。

それに少しは思い出せたとはいえ、
まだまだ彼の記憶のほとんどが霞みにかかったままなのである…。
今二匹に相談したところで、困惑させてしまうだけであろう…。

マルノームの唾液のように粘つき、
絡みついてくるような気味の悪い感触の多い記憶だったが、
しばらくは、自分一人で見つめ直していくしか手はなさそうだった…。

「…さて、どっかでこいつらを休ませねえとな…。
 どうやら近くに水場があるみてえだし、そこまで運ぶとするか……。」

ライボルトはクンクンと鼻を鳴らしながら、
そばを流れていく小川の方へと目を向けている。
水の色もきれいで澄んでいそうだし、
水量から見ても近くに池か何かの水源があるとみて間違いなさそうだった…。

「よっと、運び心地は悪いが我慢しろよ…。」

ライボルトは”かぷっ”とルカリオの胴をくわえると、
ひょいと自分の背中に押し上げる。
リザードの方も尻尾を口でくわえてずるずると引きずって行った。

「…たく、無駄に重いなこいつら……。 ………ん、こいつは…。」

川をたどっていこうと歩き始めたライボルトだったが、
不意に何かを見つけポトリとリザードを口から落とす。
見ると、古く小さめな四足ポケモン用のカバンがそばに転がっていた。
恐らく、先ほどまでマルノームの体にくっついていた物のひとつだったのだろう。
その古ぼけた鞄にライボルトは無性に惹かれるものを感じていたのである…。

「………。」

ライボルトはそっとカバンの方まで近づいてゆくと、
カバンのベルト部分をくわえ、ルカリオの上にひょいっと乗っける。
”とすっ”という軽い衝撃に、ルカリオが少し顔をしかめたが、
すぐにまたすぅすぅと寝息を立て始めた。

「…今更荷物が増えようと変わんねえからな…。
 それに…もしかしたらこいつは……。」

そう呟くとライボルトは落ちたままのリザードの尻尾を再びくわえ直し、
川をたどって森の奥へと歩いて行った…。
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記憶の中の自分と誰か
 

『記憶喪失』

専門的なことまでは分からないが、
昔のことや特定の記憶に関して忘れてしまうことだということくらいは、
なんとなくだが知っていた…。

普通記憶というのは少しづつ忘れてしまうものだ。
生まれたばかりのころや、
小さな時の思い出を少しづつ忘れていってしまうのは仕方のないことだろう…。

だが、彼にはその記憶が抜け落ちていた…。
少しづつではなく、ごっそりと……。


”ずるぅ……、ずりゅずりゅぅぅ……”

蠕動するように口内の筋肉が蠢き、
ライボルトの黄色と水色の体が、湿った喉の奥へと呑み込まれていった。
マルノームの肉厚な口が彼の胴体の辺りでしめつけ、
どろりと垂れる生温かい唾液が彼の体をぬるぬると湿らせていく…。

「うぁっく…、この……。 」

前足を踏ん張るように舌に押し付け、
呑み込まれまいと抵抗するライボルトだったが、
ぬらぬらと滑る舌べろにはいくら踏ん張っても効かないようだった…。
奮闘するライボルトだったが、
善戦空しくじゅるるるっと喉の奥へと頭を押し込まれてしまう…。

「ぐぅ……、うっぷ……。 うぇっほ…!! ……えっほ!!」

【スモッグ】によって麻痺していた鼻だったが、
マルノームのヘドロの臭いのような口臭が彼の嗅覚を刺し、
酷い臭いで呑まれる前以上にボロボロと涙が零れていた。

「くそぉっ……なんだって言うんだ……。 俺は…俺の記憶は……。」

気絶しそうな程臭う悪臭の中で必死に意識を保ちながら
彼の頭の中でひとつのことがぐるぐると反響するように渦巻いている。

『記憶がない』

記憶が無いというのは、そのこと自体かなり大問題だろう…。
だが、それよりも気になっているのは、
『なぜ今までその事に気がつかなかったのか』ということだった…。
記憶を失っていること自体分からないなんてことあるのだろうか…?

「俺…どこまでの記憶が……ぐぇっ…!?」

”ぶにゅっ!”とマルノームの喉が彼の顔を挟む様に押しつぶし、
圧迫してくる肉の感触が彼の思考を無理やり途絶えさせる。

完全に呑み込まれつつある彼の体は、
すでに後ろ足の膝の部分までが口の中に包み込まれてしまっていた。
先ほどよりも、着実に胃袋の底へと落ちていっているようである…。

「ぐむぅぅ……ぶはぁっ、くそぉ…!!
 このままじゃ…記憶云々どこじゃねえな…。」

前足で喉の肉をぐいっと押し広げ、なんとか呼吸できるスペースを確保する。
今はまだこうして耐えることができるようだったが、
ずるずると呑み込まれていっている以上、
悠長に構えていられる時間はもうほとんど残っていないようである…。

いぶくろポケモンと称されるマルノームの腹だ。
彼が呑み込まれる直前までは、
まだルカリオもリザードも溶かされずに収まっていたようだったが、
こいつが本気になれば彼らなどあっという間にどろどろに溶かされ、
欠片も残さず栄養にされてしまうだろう…。

「くそっ、栄養なんかにされてたまるかよ…!
 ……なっ…ぐぅぅ…!? ……うぁぁぁぁぁ!!」

必死に踏ん張るライボルトだったが、
ついに”ぱくんっ”と足の先までマルノームに頬張られてしまうと、
くぐもった悲鳴がマルノームの腹から響きわたった。

唾液と肉壁に揉みほぐされるように”じゅるじゅる”と呑み込まれていき、
外から見ても分かるぐらいにぷくっと膨れ、
ライボルトの小柄な体は緩やかに下へ下へと落ちて行く。

「むぁぁ…うぐぅぅ……。 ぐぁ……むぅぅ………!」

呑み込まれてからそれほど時間は立っていないが、
一体どれくらいの間喉の奥へと落下していたのだろうか…。
止めることもできずに落ちていた体が、
しばらくすると落ちる速度がゆったりとしてきたように感じられた。
彼の体がマルノームの胃袋に近づいてきたのである。

「う…ぐぅ……うん? ……なんだ……明かり?」

真っ暗な食道の中でどろどろの唾液がこびりついている目を開き、
穴の奥を見つめるライボルトの視線に、
チロチロと小さく光る明かりのような物を見つけた。

赤とオレンジが混じったようなその小さな明かりの色が、
真っ暗な胃袋の入口をほのかに照らし出し、
不気味な体色の肉の壁が”ぐにょぐにょ”蠢いているのが見てとれた…。

「こいつは……、リザードの尻尾……。」

”ずりゅりゅ…”と明かりの近くまで押し込められ、
ライボルトは目を凝らしてその明かりの方を見てみる…。
そこには見覚えのある炎の灯った赤い尻尾が、
まるで肉の壁の中に吸い込まれてしまったかのように、
先端の方だけが肉の壁の中からひょろっと伸びていた。

「なんでこんな中から……うぉ…!」

ライボルトがそっと前足で尻尾を触ろうとすると、
”ぎゅむむむ…”と小さな音を立てて、尻尾が壁の中に吸い込まれていき、
やがて”スポッ”と完全に吸い込まれてしまい、また暗闇へと戻ってしまった…。
どうやら、この肉壁の向こうがマルノームの『胃袋』らしい…。

「く……、どうやらここまでみてえだな……。」

顔の唾液をぬぐい取りながら、ライボルトはぐったりとした様子で呟く。
この向こうが胃袋だとすれば、
もう彼らは消化を待つだけの『食物』でしかない…。
力の続く限り抵抗してやりたいが、
たび重なるバトルの疲労やショックによって、
もうライボルトの心の方が付いていけなくなっていた…。

ライボルトの瞳に諦めの色が浮かび始め、
彼の意識もすぅ…っと暗い闇の中へと消えそうになる…。

「わりぃな、二人とも…。
 お前らの顔……もう見ることできなくなるかもな……。」
『見ることできなくなるとか……そんなこと言うなよ……!』
「……!」

意識が消える直前、目を閉じて彼はぽつりと呟いた…。
その瞬間、彼の頭の中に誰かの声が響いてきた。
彼のものでも、仲間達の声でもない。
若い青年のような声だった…。

「今の声は……。」
『食料不足なのは俺だって分かってる…、
 けどこの森だけは入るのはやめほうがいい…。』
「………!?」

再びさっきの声が頭の中に響いてくる…。
目を閉じたまま戸惑うライボルトの視界には、
まるで走馬灯のようにぼんやりとどこかの風景が見えてきた…。


見覚えのある森の入口、恐らく彼らのいるこの森と同じ森だった…。
そこの入口と同じ場所に彼と、そしてもう一匹のポケモンが佇んでいた。
幻の中の彼の体が自然にすぅっと森の方へと近づいていくと、
後ろにいたもう一匹が必死の形相でそれを止めようとしていた。

『本当に…この森に入る気なのか…!
 この森の良くない噂ぐらい、お前だって知ってるだろ…!』
「知ってるさ、でも噂は噂。
 本当に誰も帰ってこなかったなんて証明されてなんかなかっただろ?」

幻の中の彼の口がひとりでにすらすらと言葉を返す。
その光景を知っているような…、その状況を覚えているような…。
だが一緒にいるはずのポケモンの顔は、
まるで霞みにかかったように黒い靄に覆われて思い出すことができなかった…。
もう一匹のポケモンの方が顔をしかめて言葉を続ける。

『でも…噂だったとしても、この森に食料があるかどうかなんて…。』
「お前だって俺と同じようなポケモンなら分かってるはずだろ、
 この冷害だってのに、この森からはきのみの果汁みたいな甘い匂いがする。
 間違いなくこの森には食料があるんだよ…!」

そう言いながら、幻の中の彼はスタスタと森の奥へと歩いていき、
森の外と中の境目を踏み越えて進んでいく。
もう一匹の方は追いかけようとするが、
境目の所で迷うように立ち止り、進むのをためらてしまっている…。

「安心しろよ、必ず村に戻ってやるから。
 んで、俺がどっさりと取ってきたきのみをお前の家でたらふく食べようぜ!」
『で…でもよ…。』
「チビすけが家で待ってるんだろ?
 心配ならお前は先に家に戻って待っててくれよ。」
『………。』
「大丈夫だ、ちゃんと帰って来てやるからさ!」

そう笑みを見せながら言いきると、
彼はダッと駆けだしていき森の奥まで走っていってしまった。
そしてその幻のような景色が霧に覆われるように見えなくなっていって……。


「………いてっ、あつ…あつつ……!!」

急に”ずるん”と彼の体が肉の締め付けから解放され、
べちゃりと胃袋の中に落下する。
彼の腹の下にリザードの尻尾があるらしく、
火の熱でやけどしそうになりながら彼は必死に体勢を変え、
なんとかリザードの尻尾を隅に押しやった。

「いつつつ……、
 たくこの野郎…、こんな狭いとこいつの尻尾も十分危なっかしいぜ…。」

痛そうにお腹に手を当てながらも、
胃袋の中を見回しライボルトは微かに安心したような笑みを浮かべていた。

リザードの尻尾の明かりに照らされた狭い胃袋の中には、
リザードも、そして先に呑み込まれていたルカリオも収められており、
二匹ともすぅすぅと微かに呼吸をしながら気絶していた。
なんとか消化活動が始める前には再開できた様である…。

「とはいえ…時間の問題だな…。」

彼がそう呟いたとたん、胃の中が蠢くようにぐにゅぐにゅと動きだし、
”こぽこぽ”と音を立てながら、
胃の底や壁からさらさらとした粘液のような液体が染み出してくる…
マルノームの消化活動が始まってしまったらしい…。

「……やっと少しだけ、思い出せたな…。」

ライボルトは胃液を浴びせかけられながらもそう囁く、
”しゅうしゅう”と焼けるような音が胃の中に響き、
ツンと酸っぱい匂いが辺りに漂い充満していく…。

「…俺は、やっぱり前にもこの森に来たことがある…。
 そして……この森に住み着いていたマルノームに……食われた…。」

独白のように囁き続け、ライボルトはわなわなと体を震わせる。
そしてぎりぃっと食いしばらせるように歯を噛みあわせると、
そこからまるで火花のように電撃が”ピシシッ”とほとばしった。

「こいつらに食われて…、なんで俺が生きてるのかは分からねえが…。
 二度も食われてやるなんて気に食わねえ…。
 ましてや、こいつらまで…仲間まで一緒に溶かされてたまるか…!」

ギロっと胃袋の上を睨みつけてライボルトは唸る、
絶えず染み出し続ける胃液がぽたぽたと彼の顔にも落ちてくるが、
それすらもお構いなしに彼は吠えた。
自分の攻撃力を高める【とおぼえ】という彼の技であった。

「ちっと痺れるかもしれねえが我慢しろよ…、
 こいつにだけは一発お見舞いしてやらねえと気が済まねえ!!」

”バチッ、バチチチ!!”と空気すら焦げそうになるほどの電撃がほとばしり、
マルノームの胃袋を刺激するように漏電していく。
マルノームの方も胃袋の異常に気がついたのか、
”どぷっ!”とさらに胃液を出し、彼らをいっぺんに溶かしてしまおうとする…。
だが、ライボルトはこの時を待っていたのだった…。
『液体』が胃袋全体を包むこの時を…。

「ウガァァァァァアァ!!!」

そう叫ぶと同時に彼はざぶりと胃液の中に顔を突っ込むと、
ぶにっとした胃壁に勢いよくガブッと噛みつき、
ありったけの電撃を牙から放出させた。

【かみなりのキバ】が胃袋全体に衝撃を与えたと同時に、
彼ら三匹の入っていた胃袋が隙間なく”ムギュゥゥッ”と縮みあがり、
ブルンッと大きく震えたのであった…。

忘れていた記憶


「ちくしょう……! あいつらどこに行ったんだ……!」

茂みの中を無理やりかき分け、時にその枝葉で体に切り傷をつけながらも、
ライボルトは必死の形相でリザード達の後を追いかけたいた。

あの時の【スモッグ】によって嗅覚が完全に麻痺し、
リザードに食べさせられたタネの力によって視力を封じられた今、
ライボルトは残った聴覚だけで二匹を追っていたのである。
だが、その足取りはよたよたとかなり危なかしげであった…。

「くそ、あの馬鹿…。
 一匹であの化け物を倒すのが無理なことぐらい分かってただろう…!」

ぎりりっと歯を食いしばり、ライボルトは悔しそうに顔を歪めていた。

彼と…そして恐らく後ろで見ていたリザードも薄々と感づいていた事がある。
それはあのマルノームの力量、
敵の実力は彼らシルバーランクのポケモン達よりも少し…、
…いやはるかに上回っていたのである。

そうしたことは探険隊の世界ではよくあることだった。
この広い世界、地域によって野生のポケモン達の力量は様々だし、
たとえ同じレベルだったとしても、その身につけた『経験の差』というのは、
街で暮らしているポケモン達より飛びぬけて上のものが多い。
いわば強くなろうと努力したものとしていないもののレベルの差だろうか…。

そうした意味で捉えても、
あのマルノームの実力は彼らよりも頭一個分飛びぬけていた…。
少ししか戦っていなかったが、それぐらいの実力は計れていた。

だが、チームで戦ったのなら話は別である。
もしも彼ら三匹が集って、あのポケモンと戦えていたのなら、
恐らくそうたいして苦労する相手でははなかっただろう。
…だからこそ、あのマルノームは彼らを各個撃破しにかかっていたのである。

目の前で仲間が傷つくのだけは耐えられない、
生来の性格だろうか、ライボルトはそれだけは信条として今まで戦ってきた。
仲間たちと一緒に暮らして、一緒に戦って、一緒に笑って…。
そのささやかな生活を守るためだったら、
彼はどんなものだって投げ出す覚悟だったのである…。

だからこそ、リザードを巻きこまないために一匹で挑んだというのに…!

ライボルトがそれに気がついたのは、
リザードが囮になるべく彼のそばを離れ、
たやすく倒せたであろう自分が見逃されたあの瞬間だった。

マルノームの狙いがリザード一匹に絞られてしまった以上、
目が見えないからといって立ち止まっているわけにはいかなかった…。

「くっ…! とにかく、一刻も早く合流して…!」
「ぅぁぁぁぁ……!!」
「…っ!?」

ふいに聞こえてきた悲鳴に、ライボルトはぴくっと反応すると、
落ち葉を舞わせて急停止する。
即座に荒れていた呼吸すら止めて、残った聴覚に全神経を集中させる…。

視力と鼻が利かなくなっているのが幸いしたのか、
何か生物が蠢く音から、
僅かな空気のそよぐ音まで今なら捕えることができそうだった。

「………。」
「ぅぁぅ……ぅぁぁぁ……!!」
「見つけた…!!」

聞き覚えのある声を捉えると、
ライボルトは弾かれたように声の聞こえる方に駆けだした。

走りながら少しづつ目を開けてみると、
先ほどまでは闇に染まり切っていた彼の視界が、
少しづつだが色が戻りかけ、木々の輪郭も映し出されてきていた。
どうやらタネの効果が切れてきたようである…。

「どこだ…、どこに居やがる…!」

ライボルトは焦ったように首を動かしながら、
風を切るように森の中を駆けていた。
最初は悲鳴だったリザードの声も、
だんだんとくぐもった呻き声のようなものに変わってきている…。

最悪の展開への予想が次々とわき上がってくるが、
必死にそれらを否定し走り続けた。

「…無事でいろよ、リザード…!!」

”ガサガサ…!! ガサガサ…!!”
「ぶはっ、森を抜けた…! …うぉっと!?」

深い茂みの奥へと抜けると急に視界が開け、
澄み切った青空と場違いにのんびりと漂う雲が見えていた。
走ってきて火照っていた彼の頬を涼しげな風がびゅうっと横切り、
いくつかの葉っぱを舞わせて崖の向こうへと吹いていった。

彼の足もとではとても深く大きな崖が口を開き、
荒れた岩場の広がる谷底には、小さな川のような流れが走っていた。

よく見ると彼の走ってきた森の中からも小川がいくつも伸びており、
ちろちろと流れながら谷底へと小さな滝となって降り注いでいた。
自然の作りだしたその光景は、見入ってしまうような雄大さがあった。
…だが、今のライボルトはのんきに見入っている場合では無い。

「はぁ……、はぁ……。 リ…リザード…! どこにいる!!」

疲れきり、ぜぇぜぇとガラガラにかすれたライボルトの声が、
辺り一面のスペースにへと響き渡った。
崖下の空間に彼の声がやまびこのように反響し、
こだまのようになってうすれ消えていく。

だが、その呼びかけに答える声は一向に聞こえてこなかった…。

「はぁ…、はぁ…。 くそ、一体どこに…!」
”ガササササ……!!”
「…っ!?」

不意に少し離れた茂みの葉がざわめくようにゆれ、
ライボルトはぴくっと警戒するように体勢を低くする。

視力こそ戻ってきたものの、鼻はまだ効かないままだし、
なにより体力だってかなり削れている今の状況…。
不意打ちなんて喰らえばその場で終わってしまうほど、
今の彼の状況は危うかった…。

「誰だ…。 リザードか…!」

警戒を解くことなく、ライボルトは茂みに向かって声をかける。
その声が聞こえたかどうかは分からないが、
茂みはだんだんと大きく揺れ、
”ガサガサ…ガサガサ…”と不気味に音を響かせている…。

そしてそれは姿を現した…。

「くっ……、な……う…あ………!?」

その相手の姿に思わずライボルトは息を飲む…。
茂みから現れたのは、リザードではなくマルノームだったのである…。

しかもその口からは、見覚えのある足と尻尾がだらりと垂れ下がり、
力なくゆらゆらと揺れていた…。

「リザード!!」

ライボルトの吠える声に反応したのか、
マルノームはじろっと目線だけで彼の方を見ると…。
”にまぁ…♪”と笑みを浮かべ、
”ちゅるるるん…!”とリザードの尻尾と足を口の中へと吸い込み始めた。

「グゥッ…、やめろぉぉ!!」

その光景に焦燥を浮かべ、ライボルトは決死の勢いで【とっしん】する。
一度ならず二度までも彼の目の前で仲間が喰われようとしているのだ、
そんな姿をこれ以上見せつけられるのはごめんだった…。

”ズムゥッ!!”と彼の【とっしん】がマルノームの腹に命中し、
その質量分、ぐにぃっと腹をへこませていくが…。

「ぬぐぐぐっ……、ぐぁぁああ…!!」

”ブヨンッ!”と腹の肉に押し戻される形で、
全力のライボルトの【とっしん】は簡単にはじき返されてしまった。

…全身が胃袋であり、ゴムのように伸縮するマルノームの体だ。
並大抵の物理技では歯が立たないようだった…。
マルノームはそれを知ってか知らずかさらに”にぃっ”と笑みを広げると、
とうとうリザードの全身を口の中へと押し込め、ついには…。

”ゴックン…!”…とその小柄な体を呑み込んでしまった…。
リザードの体がずりゅずりゅと粘着質な音を響かせ、
ゆっくりとマルノームの腹へと落ちていき、
ルカリオの膨らみと同化するように丸みを帯びた部分へと一体化してゆく…。

10秒もしないうちにその膨らみは真ん丸のお腹へと収納され、
まるでリザードなんて最初から居なかったかのように、
マルノームのでっぷりとしたお腹が静かに揺れていた…。

「グッ……くっそぉぉぉ…!!」

ふらふらとする足腰を無理やり立たせながら、
ライボルトは悔しそうに顔を歪め、マルノームの腹を見つめていた。

こんな展開にならないように、必死にここまでやってきたはずだった。
だが無残にも仲間たちは次々と彼の目の前から消されていき、
とうとう彼が最後の一匹として残ってしまったのである…。

どこで失敗したのか…。 どこで間違えたのか…。
悔やんでも悔やみきれず、彼は絶叫するように叫んだ。

…そんな中、マルノームはひげのような触覚で優しく腹を一撫ですると、
”すぅぅぅぅぅぅっ”っと大きく息を吸い込み、
二匹分で膨れた腹をさらに膨らませ、
まるで風船のように体をパンパンにしていった…。

「……! な…何をする気なんだよ…!」

立つのも精いっぱいな様子で、ライボルトはその怪しげな敵の姿を見つめる。
すでに体力は限界に近かったのに、
【とっしん】なんて自爆にも近い技を繰り出してしまったのだ。
今の彼にはもうほとんど力は残ってはいなかった…。

”ぷくぅぅぅぅぅ……!!”

そうしている間にも、マルノームの体はどんどんと膨れ続け、
最初の身長の2倍くらいには膨らんでいただろうか…、
十分ため込んだのかその動きがぴたっと停止した…。

そして、次の瞬間。

”ブッハァァァァァァァァ!!!!”
「な…、グガハァァアッ!?」

一気に空気を吐きだすかと思ったマルノームの口からは、
信じられないほど高濃度なエネルギーの塊がまるで大砲の用に打ちださた!

逃げることさえできなかったライボルトを真正面から吹き飛ばし、
彼の体は風に吹かれる小枝のように宙へと打ち出されると、
背後にあった森の大木にしこたま打ち付けられてしまう…。

全身を貫くようなその衝撃に、
”ゴボォッ”と空気の塊を肺からこみあげ吐き出すと、
ずるずると木の幹をつたうように地面へと落ちた…。

マルノームの必殺技、
【たくわえる】と【はきだす】のコンボが彼を襲ったのである。
力を充填させ貯めた分だけ破壊力を増すこの技は、
力を貯めた分、攻撃の手が遅くなってしまう駆け引きの必要な技だが、
マルノームは動けないライボルトを見越してか、
たっぷりと時間をかけたうえでこの攻撃を放ったのである…。

ぐったりとライボルトは横たわり、微かに呻く声が聞こえるが、
すでに戦闘不能といっても過言では無かった…。

「がふっ……、ぐぅぁ……がぅぅっ…!」

余りの衝撃に全身に走り続ける激痛さえ麻痺してきて、
ライボルトはクラクラとして定まらない意識を集中させながら、
マルノームの方へと視線を向ける…。
そんな動けなくなった彼を悠然と眺めながら、
マルノームはべろりと舌なめずりをし、
ゆっくりと体を引きずり近づいて来ていたのである…。

「う……ぐぁ…ぁぁ…。 ……くっ…そぉぉ………。」

マルノームが最後の一匹である彼を呑み込もうと近づいてくる中、
ライボルトは必死に四肢に力を込めて逃げようとするが、
がくがくと震えるばかりで一向に力が入らなかった…。

「ぐぅっ…、そう何度も…食われてたまるか…!
 ……え…。」

自分の叫んだことに対して、ライボルトはぽかんとした顔に変わる…。
今自分は何を言ったのだろうか、前にもこのポケモンに食べられている…?

先ほどまでは虚ろな目をしていた彼だったが、
その目に戸惑うような光がぼにゃりと宿っていく…。

こんな光景を前にも見たことがあるような…、
こんな状態に以前も陥った事のあるような…。

「俺は……、俺は……。こいつに…前にも…?
 そんなはずは…だって俺がこの森に来るのは初めてで……。」

ライボルトはピクリとも四肢を動かせないままで、
ぎりりっと口の端を噛みしめる…。

この森に入ってから……、いや今朝あの不気味な悪夢を見てから…。
今までずっと続いていた胸の中のもやもやとした不快な感触が、
ざわざわとこみ上げてくるような感覚へと変わっていく。

自分が何を考えているのかうまく纏まらなかった…。
だいたい自分は昔からこういうややこしいことを考えるのが苦手なのだ…、
そう昔っから………昔…?

ふいに、ライボルトの表情がぽかんとしたものに変わり、
ふっと気が抜けたかのように今までのもやもやが晴れていくのを感じた…。
分かったのだ、自分が何に気付いていなかったのか…。
この森に来てから続いていた、あの奇妙な感覚の数々の意味が…。

「は…ははは…。 そうか…そうだったのか……。」

目の前に捕食者のおきな口が迫ってきながら、
ライボルトは力なく笑いだす…。
先ほどまでの覇気がどこへ行ったのか、
まるで魂の抜けた人形のように彼は笑い続けていた…。

「…普通は考えないもんな…こんなこと…。」

呟き続ける彼の前で、マルノームがぐにゃあっと口を開き、
大きな舌べろに彼の鼻先を乗せ、もごもごと引き寄せにかかっていた。
どろっと生温かい唾液が鼻の上に垂れてきて、彼の顔を濡らしてゆく…。

暗く深い喉の奥を見つめながら、彼の目もとからぽろりと涙が零れる…。

「自分に……、『昔の記憶』が無いなんてな……。」

そう呟くのを最後に、”バクリッ!!”とマルノームの口の中へと収まると、
彼の体は真っ暗な闇の中へと包み込まれていった…。

暗闇の底へ
 
”ずにゅぅう……ぐりゅぐりゅぅぅ……”

「うわ……うわぁぁぁ……。」

カチカチと歯を鳴らすリザードの口から、かすれて怯えた声が聞こえてくる。
彼の目の前でぐにゅぐにゅとルカリオの体がマルノームの腹へと沈んでいき、
大きなお腹の膨らみとルカリオが同化していった…。

「ひ…ひぃぃ……!」
「バカ! ぼさっと突っ立ってる場合か!!」

そんなリザードの隣から、弾丸のような速さでライボルトが飛び出した。
その体からパチパチと静電気が走ったかと思うと、
閃光のように眩しい光が包みこみ、マルノームに向けて勢いよく突進していく。
電気ポケモンの技、【スパーク】だった。

「俺達の仲間を返しやがれっ!!」
 
マルノームの背後に回り込むとライボルトは宙に飛びあがり、
その背中に向けて攻撃を仕掛けようとする…が。

”グルンッ!”
「な…!? チィッ……!」

その攻撃を見越してか、マルノームは素早く後ろを振り向くと、
膨らんだお腹を見せつけるように突き出す。
その動きを見てライボルトはほとんど反射的に技を解除し、
後方へと飛び退った。

彼の得意な技のタイプはでんきである。
どくタイプである相手には有利も不利も無いタイプだが、
敵の全身にダメージを与える電撃の技では、
体内にいるルカリオにまでダメージを与えることになってしまう…。
そうなると、でんきの技を直接ぶつけるにはいかなかった。

「クソ…、こいつ…、
 俺達が腹の中の獲物と仲間同士ってことに気付いてやがるな…!」

野生ポケモンとはいえ、その知能はポケモンによってまちまちだ。
頭のいい野生ポケモンだと、手だれた冒険者でさえも苦戦することもあり、
あまつさえ、返り討ちにあってしまうことだってあるのだ…。

彼やリザードに比べて用心深いルカリオのことだ、
きのみを探しているときだってほとんど痕跡は残してこなかったはずである。
それをこいつはいとも簡単にたどって来て、
さらに自分たちと腹の中の獲物との関係にまで気が付いているのである。
どうやらかなり頭が回るポケモンのようだった。

「なら、こいつでどうだ…!!」

ライボルトは後ろ足に力を込めると、マルノームに向けて飛びかかり、
その鋭い牙で【かみつく】を繰り出した!
いくら知能があると言っても、種族としての特徴までは変えられない。
緩慢な動きしかできないマルノームに対し、
彼はスピードの速さが売りなポケモンである。
素早い動きからの攻撃なら、彼の方が一枚も二枚も上手なのであった。

”ビュンッ………ベリィィッ!!”
”………!!”
「…く!」

ライボルトの牙が命中するかしないか、
そのすんでの所でマルノームは身を引いてなんとか攻撃を避けた…!
その牙は体にくっついていたカバンをひとつ無理やりに引きはがすが、
当然敵にダメージは入っていなかった…。

「ぺっ…! チッ、うまいことかわしやがったな…!
 ……ん、これは…。」

ドサッとくわえていたカバンを地面に落とし、
ライボルトは敵を見据え警戒するように睨みつける…が、
ふと、その視線が奪い取ったカバンの方へと向けられた。

茶色く小さな革製のカバンで、
旅人や冒険者のものなら誰でも使っていそうな簡単なカバンであった。
どうやらマルノームのとくせいである【ねんちゃく】でくっついていたらしく、
くっついていた方の面は、粘液のような物でべっとりと濡れている…。
だが、彼の気になったのはそこではなかった…。

「この紙…。」
 
ライボルトの目に入った物…。
それはカバンの口に差し込まれるように丸めて入っていた二枚の紙だった。
少し厚めの羊皮紙のようなその紙は、彼も何度か見たことのあり、
探険隊や救助隊への依頼書として使われる紙であった。
だが僅かに見える中身や、そこに書かれた依頼者の名前にも覚えがある…。

「こいつは…俺達の受けた依頼の依頼人が持ってるはずのもの…!
 …しかももう一枚はこの前の依頼の依頼書……。 どういうことだ…?」

そこにあるのは、彼らが最近受けたふたつの依頼の依頼書だった。
この依頼書は探険隊員用の掲示板に張り出されるものとは違い、
依頼を出した側、つまり依頼主が保管しているはずのものであった。
つまりそこから出される答えは…。

「入口で話していたとおりか…、
 確かに依頼人は怪物探しにこの森に入っていたようだな…。
 おまけに、前の仕事と同じ依頼人だったとはな…!
 どうりで連絡がとれねえはずだぜ…!!」

ギッと睨みつける目を細め、ライボルトは敵に向けて牙をむく。
マルノームは一向にひるむ様子すらなかったが、
流石に攻撃を受けたためか、彼に向けて警戒するように身構えている。

「依頼人もお前の『餌』にされたってことか、
 お前が怪物とはな…、無差別にポケモンを食いやがって…!」

どうも彼らの依頼人はこのマルノームにやられてしまったらしい…。
依頼人がいつやられてしまったのかは分からないが、
今のマルノームのお腹にはルカリオ一匹しか入っていなさそうである…。
おそらく…もう…。

ライボルトはぎりりっと音を立てて牙を噛みしめる。
直接会ったことは無い依頼人とはいえ、
目の前にいるマルノームがその命を奪ったのだ…。
そして、その運命を今度は彼の大切な仲間が受けるかもしれない…。
そう考えた瞬間、彼はなりふり構わぬように飛びかかっていた。

「ルカリオまで溶かさせてたまるかよ!!」

ライボルトは先ほどと同じように牙をギラっと光らせ、
マルノームの頭めがけて突進する。
…だが、その焦りが彼にとっての命取りとなってしまった…。

”ブハァッァァァッ…!!”
「…な、ぐがぁぁっ…!?」

マルノームの口から霧状の煙が吐きつけられ、
その煙を吸い込んだライボルトは、
喉が焼けるような痛みを感じ苦悶の声を上げる…!
異臭のような臭いが彼の鼻を曲げるように漂い、
彼の視界がぐらぐらと揺れ霞がかかってゆく…。
 
「がふっ…! こ…これは……ゲホッゲッホ…!?」

むせかえりながらライボルトはなんとか地面へと着地するが、
その足取りはおぼつかなく、ふらふらと今にも崩れ落ちんばかりによろめく。
マルノームの必殺技【スモッグ】をくらったのだ…。
直接の威力こそほとんど無い技であるものの、
一息吸い込めばたちまち猛毒に侵されてしまう恐ろしい攻撃である。
まともに吸い込んでしまったライボルトも、
【スモッグ】のどくに侵されてしまったのである…。
さらに強い腐臭が彼の鼻をマヒさせ、匂いが完全に分からなくなっていた…。

「ぐ…ぐぅぅっ…! く…くっそぉぉ…!!」
「だめだよライボルト、そんな体でこれ以上戦うなんて!!」

ふらつく彼の体を、慌てて飛び出したリザードが支える。
今まで呆然と立ちつくしていたリザードだったが、
目の前で苦しむ仲間の姿を見て正気に返ったらしい…。

「うる…せえ…、お前こそ離れてろ…!」
「何言ってんのさ!! 一人で無茶なんかしないでよ…!!」

ぜぇぜぇっと荒く呼吸をしながら喋るライボルトに対し、
リザードは悲痛そうな顔をしながらも声を荒げる。
いつもは後ろで前で戦う二匹のサポートをしていたリザードだ、
ライボルトが敵のどくに酷く侵されていることくらい見ただけで分かっていた。
だが、たとえ仲間がどく状態だと分かっていても、
それを治療するための道具がなければ彼にはどうすることもできないのである…。

「とにかく下がって! これ以上は体の方が持たないよ…!」
「…平気だ…この程度……ぐっ…。」

リザードが必死に止めに入るが、ライボルトは強がるように前に出ようとする。
どのみち目の前に敵がいるのだ、
たとえ下がったところで満足に休むことはできないだろう。

「………。」
「お前は…後ろから援護しろ…!
 早く…ルカリオを吐き出させ……むぐっ!」

ふらふらしながらリザードから離れようとしたライボルトだったが、
突然ムギュウっとその口に何かを押し込まれる。
ナッツのような味のそれが咀嚼する間もなく喉の奥に滑り落ち、
そのままごくりと飲み込んでしまった。

一瞬、一体誰がとも思ったが、
マルノームからは離れているのだからそばにいたリザードしかいなかった。
せき込みながらライボルトは怒鳴りつけるように声を上げる。

「げぇっほ、えほっ!! な…なにしやがるんだ…!!」
「………。」
「いきなり口に突っ込みやがって、
 喉に詰まらせたりしたらどうするつ…もり…!」

喋りながら彼は、自分の視覚に異常が起こって来ていることに気がついた。
さきほどまでそばにいた赤いリザードの姿や、
周りの緑の森の景色がまるで夜闇にでも消えるかのように、
まっ黒に塗りつぶされだんだんと見えなくなってくるのである…。
まだうっすらと見えるリザードの顔が、
悲しそうな目で彼のことを見つめていた…。

「てめぇ…なに食わせやがった…!」
「ごめん、めつぶしのタネ…。
 これでしばらくライボルトは目が見えなくなっちゃうはずだよ…。」
「な……!?」

『めつぶしのタネ』
それはダンジョンでも比較的に容易に手に入るタネの一種だった。
基本的には襲ってきたポケモンに投げつけて食べさせることで、
その視覚を一時的に暗転…つまり盲目にする力があるのである。
効果の時間はそれほど長くはないが、
完全に視覚を閉ざされるため、道で強敵に出会ったらこれを使い、
その隙に逃亡を図るというのが冒険者たちの常套手段であった。

鼻も利かなく、視覚さえ封じられたライボルトは、
方向すら分からないまま、まださっきの場所にいるであろうリザードに吠える。

「なにしやがるんだ!
 今の状況分かってるのかよ、なんでわざわざピンチにして…!」
「…だって、こうでもしないとそのまま戦う気だったでしょ。」
「……当たり前だろう。」

目をぎゅっとつむり、ライボルトは怒声を浴びせるが、
だが、リザードの声は不思議と落ち付たもので、
まるで何かを決心したような声色だった…。

「…僕があいつをなんとかする…。」
「…な!?」
「必ずあいつを引き離すから…! ライボルトは休んでて…!!」
「お…おい!!」

リザードはそう呟くと、探険バッグの中をごそごそと漁る。
その物音を残った聴覚だけで聞きながら、
ライボルトは戸惑うように声を上げている…。
ギラッと先端の光る『てつのトゲ』を取り出すと、
決心したような顔つきでマルノームの方を見た。
敵は二匹目指してずるずるとゆっくりと移動を始めようとしていた…。

「さぁ、こっちだ!」

ビュンと、一本のてつのトゲをマルノームに向けて放つ。
トゲは敵の腹にぼよんと辺り、
少しは痛かったのか、くりくりとした目をうっとおしそうに彼へと向ける。
リザードはとにかくライボルトのそばから離れようと、
マルノームの方へと走り、その横を駆け抜けるように背後の森へと駆ける。
敵もそのリザードの姿に興味が移ったのか、
それとも弱った獲物なら逃げる心配ないと思ったのかは知らないが、
ずりずりと彼を追うように移動し始めた。


速度を出しすぎないようにリザードは走り続けていた。
冷や汗が後から後から流れてくる程怖かった、
たまらなく今の状況が怖かった…。 でも、止まるわけにはいかない…。
彼が諦めてしまったら、
ライボルトも、ルカリオだって救うことができないのだ…。
だからこそ止まるわけにはいかなかった。

「助けなきゃ…、二人とも…絶対助けなきゃ…!」

気持ちを奮い立たせるように歯を食いしばり、
リザードはついて来ているのかと、チラッと後ろの方を見る。
見るとマルノームの方は何やら大きく息を吸い込んでおり、
敵が呼吸するたびにそのお腹が大きく風船のように膨らんでいた。
その異様な姿に、ひぃっと小さく悲鳴を上げる…。

「なんなんだよ…あいつ…!!」

正直に言ってしまえば、あいつをライボルトから引き離したものの、
この後どうするかまでを彼はかんがえていなかった…。
ただあの場のままで居続けたら、ライボルトは間違いなく、
ひんしの状態でも敵に向かって突っ込んでいっただろう…。
そんなことをさせたら、
間違いなくまたリザードの目の前でまた仲間が呑みこまれてしまっただろう。
それだけは、絶対に嫌だった…。

リザードは足を速め、とにかくライボルトから離れようと先を急ぐ。
すると…。

「はぁはぁ…、…え、森が途切れてる…!」

見ると少し先の方の木々の間から眩しい太陽の光が漏れており、
それはその先に薄暗い森が続いていないことを示していた。

…もし森が終わっているというのなら、
その先の街道まで出れれば、誰か他に冒険者が歩いているかもしれない。
一匹では厳しい敵だが、二匹・三匹と手を貸してもらえるのならば、
ひょっとしたらあの怪物を撃退できるかもしれなかった…!
それにたとえ誰もいなくても、リザードの得意技はほのおである。
森の中ではうかつに使うわけにはいかない火の技だって、
燃え移るものが少ない広い街道だったら関係はなかった。
どちらにせよ、彼にとって都合のいいことばかりであった。

「くっ…! だったら急いでここから抜け出さないと…!」

このチャンスを逃すまいと、
リザードはさらに足を速め光の方へと走ってゆく。
体中がほてるように熱く、足もじんじんと痛んできたが、
それでもかまわずに走り続ける…!

1分もかからなかっただろうか…、
木々の間をくぐり抜け、眩しい光の向こう側へと飛び出す。
ブワァッと爽やかで涼しい風が彼の体を吹きつけ、
真っ青な青空から暖かい太陽の光が降り注いだ。

「やったぁ、出れた……! …うわぁっととととと…!?」

森の外へと抜けたリザードの表情は満面の笑みに包まれていたが、
その顔が一瞬にして驚愕の表情へと変わる。
森の向こうには広い街道が広がっている者と思っていた。
だが彼の目の前に広がるのは、どこまでも広がる青い空と、
そして、目のくらむような深さの高い崖だったのである…。

彼の足は崖の縁ギリギリで止まっており、もしあのまま走り続けていたら、
真っ逆さまに転げ落ちていたところだっただろう…。
崖の上は木々も開け、見通しのよい草原が少し広がっているだけで、
他には何も見当たらなかった…。

「そんな…、ここまで来て崖だなんて…。」

ごくっと生唾を飲み込みながら、リザードは注意しながらそっと崖の下を覗き見る。
だいたい10メートルぐらいの高さだろうか、
崖下の方は荒れた岩肌が広がり、生物はおろか草一本生えていない…。
少なくとも、降りて行けそうにないことは一目で分かった。

「…うぅぅ~…。 こっからどうしよう…。」

ぐったりと疲れたように膝をつき、ぽたぽたと垂れる汗をぐいっとぬぐう。
周りを見渡しても街道に続いデイそうな道はないし、
この場所は天然の袋小路のような場所らしかった…。
急いで逃げなくては、いつあのマルノームに出くわしてしまうか分からない…。

「とにかく…こっから早く離れないと…。」
”ガサッガサァッ……!”
「………っ!?」

立ちあがろうとした彼の背後から、茂みをかき分けるような音がした…。
後ろから漂う生き物の気配に、リザードの歯がカチカチと鳴る。
ずりっずりっと彼の方へと気配は近づいて来て、
彼の座っている草むらが丸い影に覆われるように包まれていった。
生温かい息が彼の頭上からそよぐようになびき、
ぽたっと彼の頭に液体のような物が落ちた…。

「う…うぁ……うぁぁぁ………!」

カタカタと体の震えが止まらず、
リザードはまるで錆びた歯車のようにゆっくりと上へと見上げてゆく。

「う…うわぁぁぁぁぁぁ!!」

見上げた彼の涙のにじむ視界には、
空一杯に広げられた毒々しい色の口内と舐め間かしく蠢く舌が広がり…、
そして………。

”グオォォンッ…ズムムゥゥゥッ…!!!”

ぬるぅっとした生ぬるい感触と、
肉に締め付けられる不気味な感触が彼の全身を包み込んだ。
たまらずあげる絶叫のような悲鳴が肉壁にかき消され、
彼の体はずぶずぶと口の中へと侵食されるように覆われてゆく。

そうして彼の体は、真っ暗な闇の中へと呑み込まれていった…。
呑まれた仲間
 
「……はぁ~、ルカリオ遅いなぁ~……。」

ぽけ~っと手の平を頬につけて座り込みながら、
リザードは退屈そうにしていた。
そばではライボルトが伏せのような姿勢で横になっており、
静かに不機嫌そうに目をつむっていた。

「…ねぇ~、やっぱりルカリオを探しに行った方が…。」
「俺たちの目的はきのみ探しじゃないんだ、
 これ以上時間を無駄にとるわけにはいかないんだ。
 おとなしく辺りの警戒でもして怪物とやらを探してろ。」
「うぅ…。」

おどおどとした声でリザードが話しかけるが、
あっさりとライボルトに一蹴され、ひるむように口をつぐんでしまう…。
ルカリオが一匹できのみ探しに行ってからすでに30分…。
その間はぐれたらいけないと下手に移動するわけにもいかず、
ずっとここで依頼の怪物を探していたのだが…。

「そんなこと言ったって…、
 姿も何も分かんないのにこれ以上探しようがないじゃん…。」

リザードの言い分はもっともである。
そもそもこういった動く標的、
すなわち生きている相手を探さなくてはいけない依頼は、
しらみつぶしに周囲を歩いているうちに出くわすものなのだ。
こうして一ヶ所に留まっていながらでは、
そんな標的に出くわすのはかなり難しいのである…。

おまけに今回の標的は、その姿形まで分からないのだ。
動けない上に正体まで不明とあっては、
見つけだすのは至難の技といってもいいだろう…。

「だったらせめてルカリオの様子を見に行った方がいいかもって、
 さっきから言ってるんじゃないかぁ…。」
「どこまで探しに行ったかも分からないのに、
 様子を見に行くも何もないだろう。」
「むー…。」

ふんと鼻を鳴らして言うライボルトに対し、
リザードは不満そうに口をへの字にする。
ライボルトの言うことも正論なのは分かっているが、
だからって仲間の安否にそんな言い方をしなくてもいいのではないかと、
リザードは頬を膨らませる。

別々に行動することはなにも初めてでは無いが、
あのまじめなルカリオが何十分も連絡をしてこない事が心配だった。
どっかで怪我でもしてなければいいのだが…。

「あ~あ、さっきルカリオが走って行ったときに、
 急いで後を追いかけてたらよかったなぁ…。」
「………。」
「ライボルト追いかけようとしないんだもん、
 おかげで僕までタイミング外して出そびれちゃったよ…。」

体育座りのように膝を抱えるようにすると、
リザードは落ちつかなそうに尻尾をふりふりと振りだす。
よっぽどルカリオのことが気がかりなようである。
いや、気がかりなのはルカリオだけではない…。

「…で、なんでライボルトはそんな顔してんのさ…。」
「………はぁ?」

急に関心を自分に向けられて、
ライボルトはいぶかしげな顔をしながら首を上げる。

「…そんな顔って……どんな顔だよ…。」
「仏頂面。」
「喧嘩売ってんのか。」

しれっと答えるリザードに対し、
ライボルトは明らかに不機嫌そうに喉を鳴らして牙を見せている。
だがいつもとは違いリザードの方はからかう様子も無く、
伏せた様な視線で彼の顔を覗き込む。

「そりゃあ、ライボルトは大体いつもそんな顔をしてるけどさ。
 でも今日は森に入る前からぼーっと考え込むような顔してるんだもん、
 心配するにきまってるでしょ…。」
「あのなぁ…。」

最初の部分がちょっと堪に触るが、
それでもリザードなりに気をかけていたようである。
だがその目ざとい指摘に対し、ライボルトは戸惑うような表情を見せる。
確かに気になることはあるにはあるのだが、
たとえ言ったところで信じてすらもらえないだろう…。
だったら話をそらしたほうが無難だろうと彼は考えていた。

「別に何でもない…。」
「…本当に?」
「ああ、ただ……。」
「…ん、ただ…?」

そこで彼は内心「しまった」っと舌打ちをうつ。
急な質問で慌てたせいか、
わざわざ余計な語尾を漏らしてしまったようである…。
「ただ」なんてつけたら気になるに決まっているじゃないか…。

「………。」
「な…なんだよ…。」
「ただなんなのさ、気になるじゃん。」

じぃーっと目を細めるようにしながら、
怪しむような顔つきでリザードは睨んでいる。
普段は小生意気なことしか言わない奴なのに、
今日は妙に目ざとく人の内心に踏み込んできているような気がする…。
こうなったらは、適当なことを言ってごまかすしかないだろう。

「ただ…。」
「うん、ただ…?」
「…ただ……今朝、変に嫌な夢を見たってだけだよ…。」

不意に今朝見た不愉快な夢のことを思い出し、
とっさにライボルトはその事を口に出す。
起きた時は冷や汗が止め度めなく流れるような不気味な感覚だったが、
時間がたった今になってみれば、
単に気味悪かったというくらいしか感想のない夢だ。
今更ながら、そんな夢を見て叫んでしまった自分が恨めしくなってきた…。

「……それだけ?」
「あ…ああ、それだけだよ。」
「もしかして…その…悪夢を見たってだけ?」
「あ…ああ。」

ライボルトは若干どもったような声になりながらもなんとか返事をする。
正直夢のこともあまり言いたくは無かったのだが、
さっきのことから関心をそらすためには仕方がなかった…。
ちらっと横目でリザードの顔を見ると、下を向いてじっと黙っている。
ライボルトも、押し黙られてしまっては反応に困ってしまう…。

「お…おい、どうしt…。」
「ぷくっ……くくくくっ……。」
「………あ?」

ふいにリザードの口から何かこらえるような声が微かに聞こえ、
プルプルと赤い体のその肩が震えている。
そして…。

「アッハッハッハッハッハハッ!!」
「…!?」

いきなり腹を抱えたようにして笑いだすリザードに、
ライボルトはポカンとしたような表情になる。
こんな反応をされるとは思ってもみなかったのだ。

「アハハハハッ、ず…ずっと不機嫌そうにしてると思ったら…!
 ゆ…夢って…!! そんな子供じゃないんだから…プフゥッ!!」

盛大に笑っているリザードを見ながら、
ライボルトはみるみる不機嫌そうな顔になってゆく…。
ごまかすためとはいえ、人の見た悪夢をこうまで笑いの種にされれば、
不機嫌にならない方がおかしいだろう。

「そんなに腹を抱えて笑うことかよ…!」
「だ…だってぇ、何かと思ったら夢だなんて…! ククククッ…!!」

未だ笑いの冷めないリザードを見ながら、
ライボルトは冷ややかな目で彼のいことを見つめていた。
そしてすくっと立ちあがると、
リザードの振られている尻尾を、思いっきり後ろ足で踏みつける。

”ズムゥ、ギュウゥゥッ!!”
「い…ったぁぁぁぁっぁぁ!!?」

さきほどまでの笑顔はどこへやら、
びょいんと尻尾を押さえながらリザードは飛び跳ね、
ぴょんぴょんと痛そうに辺りを飛び跳ねている。

「いつつつつ……なにすんのさぁっ!!」
「うるせえ!
 人を馬鹿にするのか励ますのかどっちかに決めてから喋りやがれ!!」

目じりに涙を浮かべながらこちらを睨むリザードに対し、
ライボルトは荒く鼻息を鳴らしながら、ふんとそっぽを向いてしまった。
先ほどよりも機嫌を悪くしてしまったようである。

「つぅぅぅ~……。 ……でもちょっと安心した…。」
「あ、何がだよ…。」

尻尾をさすったりふぅふぅと息を吐きかけながら、
それでもリザードが柔らかい口調でそう言うと、
ライボルトはそっけない口調で答える。

「だって具合が悪いとかじゃなかったんでしょ、
 だったら良かったじゃん…♪」
「………ふん。」
 
えへへへとのんびりとした調子で笑いながら言うリザードを見ながら、
ライボルトは少し表情を和らげる。
時々…というかいつもこんな調子でこいつは話してくるが、
この明るい調子が今の彼にとっては少しくすぐったく、
それでいてとてもありがたかった。

…さっき、
ルカリオが止められながらも森の奥へと走ってしまったあの時。
きゅうっと胸を締め付けるような感覚に彼は包まれたのだった。
まるで似た様な感じをどこかで経験したことがあるような…、
だが、思い出そうにもそんな経験したことなんてないはずである

「…一体何なんだろうな…。」
「ん、何?」
「いや、なんでもない。」
「…そう?」

ぽつりと呟く彼の小声に、
聞き取れなかったリザードが不思議そうな顔をしている。
こいつに相談したら、少しはこの不安も和らぐのだろうか…?

”ガサッ…、ガサガサッ…!!”
「ん。」
「え?」

ふいに彼らの正面の方にある茂みから音がし、
その音に二匹がピクリと反応する。

「…ひょっとして、ルカリオが戻ってきたのかな…!」

ぴょんと座っていたリザードが立ちあがると、
ゆっくりとした足取りで茂みの方へと歩いていく。
その間にも、ガサガサとこちらに近づくように音が大きくなっていく…。

「お~いルカリオ~、こっちこっt…!!」
「待て!!」

手を振りながら茂みに近づいていくリザードを、
不意にするどい声が静止する。
驚いてリザードが振り向くと、
ライボルトが牙をむいてこちらを睨みつけていた。

「な…なに? も…もしかして敵…!」
「違う…、確かに別の奴の匂いなんだが…。
 微かにルカリオの匂いも混じっているような…。」
「え…。」

ぐるるるると唸り声をあげながら茂みを睨むライボルトの声に、
リザードはごくっと生唾を飲み込む…。
ライボルトの鼻は仲間の中では一番効く…、
来ているのが野生のポケモンならそう言うはずだ。
それなのにルカリオの匂いがするって…?

「何が来てるって言うのさ…!」
「知るか、とにかく野生のやつなら追い払うだけだ…。」
「…例の怪物だったら?」
「だったら、好都合なだけだろ…!」

茂みの方に警戒しながら、ライボルトはにぃっと微かに笑みを見せる。
それに対し、リザードは若干緊張しているような様子だった。
そんな二匹とは別に、
ガサガサと茂みは大きく揺れ、何者かが少しづつ近づいてきている…。
そしてとうとう『それ』はのそりと二匹の前に現れた…!

「くっ…、……あ?」
「へ……、…あ……ああっ…!?」

そのポケモンを見て二匹は目を見開くように驚いていた。
 
のそりと大きな体躯を揺らして現れたそいつ。
全身を毒々しい紫色に染め上げ、ひょろっと伸びた黄色いひげが、
丸々と太ったその体の上の方でそよそよと風に揺れている。
そして赤くて小さなくりくりっとした目が、
無表情に見下ろすかのように二匹を見つめていた。
どくタイプのポケモン『マルノーム』の姿だったが、
紫色の体にはまるで張り付くように様々な鞄がくっついており、
その不気味さをより一層際立たせている…。

だが二匹が驚いたのはそのポケモンの姿に対してでは無かった…。

「ル…ルカリオ…!」

悲鳴に近いリザードの声が響く。
カチカチと歯を鳴らして指さす彼の視線の先、
マルノームの口に黒い足のような物と見慣れた青い尻尾が揺れている。
まぎれもない、彼らの仲間のルカリオのものであった…!

”しゅるん………ゴクンッ!!”
「あっ…!?」
「ぐぅっ…!!」

呆然と見つめている二匹の目の前で、
足と尻尾がしゅるるっと口の中に吸い込まれると、
鈍い音とともに喉を膨らませ彼らの前から姿を消してしまった。
…完全に呑み込まれてしまったのである。

獲物が落ちていく感触を楽しむ様に、
にんまりとした笑みを浮かべながら、
マルノームはべろりと太く青い舌を這わせるように口元を湿らせた。
今食べた獲物がとっても美味しく、
飲み込んでしまうのはもったいないくらいだった。

でももうこいつの方には用はないのだ、
彼の前にはもっと美味しそうなのが二匹も立っているのだから…。
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展示するのも恥ずかしい物しか置いていませんが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
(・ω・)

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色々と後悔する可能性大です。
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更新日 2014年  1月17日
  少ないけどとりあえず新規イラストに変更
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